第14話『理由と衝撃』
「なんだ、今の音?」
「喧嘩かしら……。先生を呼んできたほうが……」
突然の物音と大声に、廊下を歩く生徒たちが何事かと、こちらを気にしている様子だ。
だけど、シロサギさんはそんな風に注目されてもなお、怒りが収まらないようだった。
荒い呼吸のまま、ペチュを睨みつけて、ぷるぷると肩を震わせている。
「はーっ、はーっ……! あ゛ーっ、気分悪いです……!
もう勝手にするです! ひとりにして欲しいです。さよなら!」
そう言い残し、シロサギさんは早歩きでずんずんと廊下を進んでいく。
途中、ペチュと肩がぶつかりそうになっても、振り返りもしなかった。
私はその背中を引き止めるために叫んだ。
「待ちなさいよ、シロサギさん!
なんでそんなにペチュのことを嫌ってるの。理由を言いなさいよ!」
その私の台詞に反応して、シロサギさんの肩がピクリと動く。
「理由を言え……?」
シロサギさんの声は怒りで震えていたけれど、立ち止まってはくれた。
彼女の怒りはあくまでペチュだけに向けられているようだった。
でも、理由を問われて冷静ではいられなくなったのか、振り返ると私へも憎悪の瞳を向けた。
「わっかんねえのは、そっちのほうですよ……。
なんでローレンスの人間が、ヴィオラセラの出来損ないなんかと一緒にいるです……?」
「どういうこと? 確かにローレンス家とヴィオラセラ家は、覇を競ってはいるわ。
だけど、両家の仲が険悪だという認識はないけれど?」
「はーっ、側室の子はなんにも知らねえんですね!
なるほどなるほど、それなら納得です!
でもヴィオラセラ家のご令嬢様は知ってるはずじゃないですか!?
なんで何も言わずに、ローレンス家と一緒にいるです!?
おかしいじゃないですか!! だって、あんたの両親は――」
そこでシロサギさんに告げられた言葉は、この学園に来てから、――いや、私の人生の中でも最大の衝撃であった。
それは信じたくないと言うよりも、信じられない話だった。だって、私は一度もそんなこと想像したこともなかったのだから。
私が実の父に倉庫に閉じ込められたときよりも、辺境の学園に追放されたときよりも、衝撃的だったその言葉とは――!!
「ローレンス家が殺したんじゃないですか」
ころ……、した……? ころした? ……殺した?
殺すって何。殺すって何よ! 殺したって、命を奪ったってこと……?
「ど……、どういう意味よ、シロサギさん!」
「どういうも何も、言葉通りです。
公にはそいつの両親、――アントワーヌ子爵とその妻クロエは野盗に襲われたことになってるですが、」
「そのへんにしておきたまえ、スイートハニー。
黒髪ハニーには関係のないことだよ」
ジャンが来た。まるで窘めるように、シロサギさんの言葉を遮ったのだ。
そしてシロサギさんは悪戯がバレた子供のように、しゅんとなった。
しかし、それでも言いたい台詞を飲み込み切れず、口から少し漏らした。
「ジャン、あなただって……。
……いや、悪かったです。少し言い過ぎたです。それじゃ……」
先程までの勢いはどこへやら。
シロサギさんは向き直って、とぼとぼと廊下を歩き始めた。
「ジャン、今の話って」
「すまないね、黒髪ハニー。あとにしてもらえるかな。
僕は彼女を追いかけるよ」
「あ、うん……」
ジャンもまた、シロサギさんのあとを追って去っていった。
私は暗い表情で俯いてるペチュとともに、その背中を見送ることしかできなかった。
そして、そんな様子のペチュには、私は何も聞けなかった。聞けるはずもなかったのだ。
――夕方。結局、私は一日中訳も分からないまま、講義を受けることとなった。
ペチュは何を話しかけても黙ったままだし、ジャンはシロサギさんを宥めるのに精一杯の様子だったからだ。
そして本日最後の講義が終了する。一旦寮に帰ってもいいのだけど、私はこれからローズマリー学園長の待つ研究室に向かわなくてはいけない。
「ペチュ、あのね。私、ちょっと研究室に行かないといけないから……。
ひとりで寮に帰れる? 話をするのは落ち着いてからでいいからね……」
こくり。ペチュは黙ったままだったけど、頭を縦に振ってくれた。
本当は彼女をひとりきりにしたくはない。だけど、むしろ彼女は私が隣にいるせいで心が休まらないのだろう。
ローレンス家が彼女の両親を殺したという話が事実なら、その娘となんて一緒にいたくなんてないはずだ。
……そう、いたくないはずなのに、彼女はどうして私と友達になってくれたのだろう。
私はローレンス家の娘なのに、何故彼女に懐かれたんだ……?
考えても仕方がない。今は彼女の心の雪解けを待つしかない。
私はペチュに別れを告げて、ローズマリー学園長の待つ研究室に向かうことにした。
「よく来てくれましたね、フローリアさん。
……おや、どうかしましたか。暗い表情をしていますが」
「学園長……」
そうだ、もうひとりいるじゃないか。
ローレンス家とヴィオラセラ家の関係に詳しそうな人が。
"魔女"について研究している彼女は、当然その対となる"聖女"についても研究しているだろう。
ならば、ローレンス家とヴィオラセラ家の因縁についても知っているんじゃないか……?
「ペチュの両親について。学園長は何かご存じですか?」
「ペチュニア・ヴィオラセラさんのことですか?
あなた方はもうお友達になられているはず。十二騎士の末裔の子とも一緒に、食堂にいましたよね?
何かあったのですか?」
ここで言う十二騎士の末裔の子とは、ジャンのことだ。
やはり学園長は何もかも知っている……。
「……噂を聞きました。ローレンス家が、彼女の両親を殺したと。
私はそんなこと知らなかったし、信じられない。
だけど、ペチュもジャンも否定してくれないんです。
その噂が事実なら、私はこれからどんな顔をして、彼女と話せばいいのか……」
学園長は首を横に振りながらも応えてくれた。
「噂はあくまで噂です。証拠があるわけではありません。
そもそも彼女の両親は野盗に襲われて殺されたのです。
その犯行にローレンス家が関わっていたなど、自警団の一部が言っているだけのことで――」
その台詞に私は必死に食い下がった。
「その話! 詳しく聞かせてください!!」
「フローリアさん……。いいでしょう、あなたには知る権利があります。
私の口から話すべきことかは分かりませんが、知ってる限りのことをお話しましょう」
「お、お願いします!」
そうして彼女が語ってくれたのは、私が今まで知らなかったローレンス家の闇の部分であった。
そもそもローレンス家とヴィオラセラ家は、ジモッティで覇を競う貴族である。
ただ覇を競うと言っても、ローレンス家の当主ラッカセイと、ヴィオラセラ家の当主アントワーヌはともに爵位は子爵であり、対等な関係であった。
しかし、王国から両家に厳しく税を徴収するように命令が下ると、次第にその状況は変わっていった。
ローレンス家は貧しい者たちからも執拗に税を取り立てるようになり、領民は税の免除を訴えるヴィオラセラ家を支持するようになっていった。
尤もそれはどちらが正しいなどという話ではない。
ローレンス家からすれば王国の命令に従っているだけであり、責められる謂れはない。
一方で税に苦しむ領民を救おうとするヴィオラセラ家にもまた義はあった。
だが、この方策の違いはやがて両家の間に大きな溝を生むこととなったのだ。




