第13話『シロサギさん』
「――と、これがなるべく信頼できる史料に沿った、魔導の歴史の始まりだ。
だが、おとぎ話として脚色され続けてきた歴史であり、どこまでが真実なのかは分からない。
少なくとも、この話では、『何故現代にまで"魔女の因子"が残っているのか?』は説明されていないしな……。
実は魔女には子供がいて、魔女に成り代わったなどとも言われているが……」
「あるいは、竜の十二騎士の中に裏切り者がいて、魔女から"因子"を受け継いだ、なんて話もあるですね」
その声を上げたのは、ひとりの女生徒だった。
ボサボサの緑髪に、気だるげな猫背。座学なのに何故か白衣を着ている。
私が見たのはその背中だけだったけれど、ダウナー系のような印象を受けた。
「……うむ、そういう説もあるのは確かだ。
しかし、それは聖女様や竜の十二騎士への冒涜とされ、多くの学者は口にはしてこなかった。
いずれにせよ、それは1000年以上前ともされる、はるか昔のことだ。
もはや真実が明らかになることはあるまい」
ビリーマン教授は諦めるかのような口調でそう言った。
けれど、おそらくこの学園ではその歴史の真実まで解明しようとしているに違いない。
私が学園長に感じた印象は、妥協を許さないという感じだったからだ。
「では、復習はここまでだ。次は竜の十二騎士の末裔たちについてだが――」
講義はその後、小一時間ほど続いた。
私にとっては、知らないことばかりで、教授の話をノートに取るのが精一杯だった。
講義終了のチャイムが鳴るまでに、私は精神的にくたくたになってしまった。
「次の講義は『魔導科学』ね。
それじゃ、教室を移動しましょうか、ふたりとも」
「ああ、ハニーたち。
僕は少しビリーマン教授に聞きたいことがあるんだ。先に行っていていいよ」
ビリーマン教授はまだ教壇に残り、熱心な生徒たちの質問を受け付けているようだった。
私も聞きたいことはあるにはあるけど……、長蛇の列に並ぶほどの気力はない。
ジャンの言葉に甘えて、先に教室を出ることにした。
「それじゃそれじゃ、次の講義でね、ジャンくん」
「じゃあね、ジャン」
それだけ言い残し、私とペチュは廊下に出た。
次の教室はこの棟のすぐ上だ。迷うこともないだろう。
と、そのとき、背後から女の子に声をかけられた。
「ちょっと待つです。あんたら、噂の転入生ですね?」
振り返った先にいたのは、ボサボサの緑髪に白衣の少女。
目の周りには隈のような模様があり、何故か白衣を着ている。
それは、講義中に口を挟んだ少女と同一人物のようであった。
如何にも気だるげな様子だが、じっくり観察すると不潔な印象はなく、むしろさっぱりしてるように見えた。
「そうだけど、あなたは?」
「くっくっく、よくぞ聞いてくれたですね。
我こそは竜の十二騎士の末裔がひとり、シロサギ・コサメです!」
「こんにちは、シロサギさん。私はフロー、――え、何?」
私はシロサギと名乗る少女に自己紹介をするつもりだったが、突然ペチュに服の袖を引っ張られた。
しかも、何故かシロサギさんに警戒するような目を向けている。
向こうはペチュの顔を見ても無反応だけれど、まさか知り合い?
私たちが黙ってしまったのも気にせず、シロサギさんは話を続けた。
「おやおや、驚かないですか?
シロサギさんは竜の十二騎士の末裔ですよ?」
「……まあ、すでに知り合いにいるし。
白いタキシードに薔薇をさした変な人だけれど」
「ああ、ジャンのことです?
なんだか教授のところに行ってたですが」
シロサギさんもジャンとは知り合いなのかしら。
ジャンが十二騎士の末裔であることは最近まで隠されていたようだけど……。
まあ同じ末裔同士なら知っていてもおかしくはないかしら。
シロサギさんは続けて言った。
「同じ転入生として仲良くしてるふたりの女の子がいるとは聞いているです。
それはともかく、あなたたちも次は『魔導科学』の講義を受けるでしょう?
教室の場所は分かるですか?」
「ありがとう、シロサギさん。
多分大丈夫だとは思うけれど、案内をお願いしても、――うわっ、なんなの、さっきから!?」
ペチュに腕ごと引っ張られた。
シロサギさんのことは放っておいて、早くふたりで行こうということだろうか。
彼女が一体何を嫌がっているのか分からない。いい人そうだけどな、シロサギさん。
「とは言え、次の講義が始まるまでにはまだ時間があるです。
その間にこのシロサギさんが『魔導科学』について少し説明してやるです。
あまり聞き覚えのない学問だと思いますが、これからは魔導科学の時代なのですよ!」
魔導科学……、それは科学に魔導を掛け合わせて発展させようという新時代の学問だという。
私たちが転入テストで見たホログラムの機械も、魔導科学の結晶のひとつだそうだ。
魔導と科学、それぞれ単体では成し得ない技術を確立すること。
それが魔導科学の意義であり、ワープ機能の付いた乗り物とか、気温を感知して自動で調整するストーブとかも理論上は実現可能らしい。
「それってつまり、世のため人のためになる学問ってことよね」
「しかし、まだ十分な研究がされていない。研究者の数も足りていない。
そんな学問です。時代は優秀な魔導科学者を求めてるのですよ!
そして、シロサギさんは、その魔導科学の歴史に名を刻んでやるです。
それがシロサギさんの、"今の"生きる意味です。
世界中に知らしめてやるです。シロサギ・コサメ、ここにありと!」
「………………っ!」
ペチュが私の背中に抱きついてくる。そのぬくもりから感じられる感情は不安、後悔、恐れ……?
シロサギさんがおかしなことを言ってるようには思えない。
だけど、その言葉にペチュは心を突き動かされている……?
「そう、頑張ってね」
それしか言えなかった。ペチュが一体何を気にしているのか分からなかったから。
私が下手に想いを言葉にすれば、ペチュを傷付けてしまうかもしれなかったから。
ペチュ、あなたは一体何を恐れているの……?
「くっくっく、まあ今のうちに覚えておくといいですよ。このシロサギ・コサメの名を!
……そうだ、名前と言えば、まだあなたたちの名前を聞いていなかったですね。
ジャンからも女の子だとしか聞いていないですから」
「ああ……、さっき名乗ろうとしたのだけど、私はフローリア・ローレンスよ。
呼ぶときはフローでいいわ」
「うん? もしかして『黒衣の魔女』ですか?
あのジモッティの?」
「そ、そうだけど……」
……そのあだ名、そんなに有名なのかしら。
ただ黒い服を着て、町のチンピラをとっちめてただけなのに。
「ふーん、まあフローの境遇には同情するです。
……で、そっちの背中に隠れているあんたは?」
「……私は、私は。っ………………!!」
ペチュは言葉を詰まらせていた。すごく緊張しているようだ。
事情は分からないけど、親切にしてくれる人に名乗りもしないなんて失礼だろう。
私は代わりにシロサギさんに、ペチュのことを紹介することにした。
「彼女は、ペチュニア・ヴィオラセラよ。ペチュと呼んであげて」
「…………は? あの『落ちこぼれ令嬢』の?」
「え、ええ……、だけど、そのあだ名で呼ぶのは――」
ドンッッッ!!!
急に大きな物音がした。
――それはシロサギさんが思いっ切り壁を殴りつけた音だった。
そして、彼女は舌打ちとともに吐き捨てた。
「ちっっっ!! 優しくして損したです!!
よりにもよって、『出来損ない令嬢』だったなんて!!」
先程までは楽しそうにしていた彼女の表情は、怒りと不快感を示すものに一変していた……。




