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第16話『子猫ちゃんとペチュ』

「ペチュ、どこに行ったの……!」

 寮を出てしばらく探し回ったけれど、ペチュの姿はなかなか見つからなかった。

 学園の敷地は広い。広いうえに入り組んでいる。

 ああもう、なんでこんなに道が分かりにくいのよ!


 そう心の中で呟いてから、この学園は外部からの侵入者を防ぐために、要塞のような構造になっていることを思い出す。

 まったく厄介な学園に転入してきたものだわ!

「こっちの講義棟も鍵がかかってる……」

 念のため、建物もひとつひとつ確かめていくが、どこも施錠されているようだった。

 もちろんペチュが建物の中に取り残されている可能性もないわけじゃない。

 だけど、それなら内側から鍵を開けて出てくればいいだけのことだ。


 また、教員たちの研究室がある棟はぽつぽつと明かりがついているが、ペチュがいる可能性は低いと思う。

 私はそう思い、建物内部の捜索は後回しにしていた。

「ペチュ、ペチュ……!

 どこにいるの、返事をして……!」

 私はペチュの名を呼びかけながら、建物の角を勢いよく曲がる。

「おっと、ごめんよ!」

 と、そのとき誰かにぶつかってしまった。それは男の人の声だった。


 私は慌てて後退りながら謝った。

「わっ、ご、ごめんなさい! 前を見てなくて……。

 って、あなたは……」

「おやおや、ハニーじゃないか。こちらこそ失礼したね。

 怪我はないかい、ハニー?」


 ジャンだった。どうやら彼も横を向きながら歩いていたらしい。

 人のことは言えないけれど、こんな時間に一体何をしているのだろう。

「ええ、大丈夫よ。それより大変なのよ!」

「おや、ハニーもかい……?

 実はこっちも困ったことになってね。

 どこを探しても、僕のかわいい"子猫ちゃん"がいないんだよ……」

「こ、子猫ちゃん……? と、とにかく私もペチュを探していて……。

 ジャン、どこかでペチュを見かけなかった?」


 ジャンにしては珍しく本気で焦っている様子だったが、こっちはこっちで大変なのだ。

 まずは私の話を聞いてもらわないと……。


「つや肌ハニーかい? いや、見ていないな……。

 そもそもこんな暗がりに女の子がひとりでいたら、すぐに声をかけて連れ帰っているさ」

「そ、そりゃそうよね……」

 外は本当にもう暗い。ここまで学園内を探し回って、他には誰ともすれ違わなかったくらいだ。

 ああ、こんな暗闇に怖がりなペチュがひとりでいるはずがないのに……。

 どうしてどこにもいないのよ!?


「こんな時間に女の子がひとりでいたら大変だ。すぐに探そう。

 ……と言いたいところだが、こちらも"子猫ちゃん"を探しているところでね。

 そう、ちょうど君の髪のように黒い毛の子なんだよ」

「く、黒い毛って……。この学園にそんな子いたかしら。

 少なくとも私が転入してきてから今まで、そんな子見たことないわね」

「ああ、そりゃあそうさ。この学園の子ではないしね。

 彼女は普段は僕の寮の一室にいるんだよ」

「え……、そんなのってありなの?

 学園の子でもないのに寮に住んでるって……」


 それにそもそも男子寮には女子は立ち入り禁止のはずだ。

 "子猫ちゃん"と言うくらいだから、多分女の子なんだろうけど……。

「ああ、心配しなくていいよ。学園には事前に許可を取ってあるさ。

 片時も離れたくない僕の大事な"子猫ちゃん"を一緒に寮に入れてくれないかなって。

 快く了承してくれたさ!」

「はあ……、意外と緩いルールなのね……」

 でも、この話ぶりだと、"子猫ちゃん"と言うのはジャンの婚約者のことかしら。

 確か前にもジャンには婚約者がいるって話していたわね。

 婚約者ならいろいろと例外なのかもしれない。それは特別な事情だものね。


「でも、その"子猫ちゃん"がいないってことは、逃げられたってこと?」

 婚約者がいなくなったってことは、つまり振られたってことなんじゃないかしら。

 そんな言葉まで出かかったが、さすがにかわいそうなので自重することにした。

「そう、そうなんだよ! 僕の部屋の窓が開いていたからね。

 きっとそこから脱走したに違いないよ!」

「ま、窓から脱走した……? なんでわざわざ?」

 逃げるにしたって、普通に扉の内鍵を開けて出ていけばいいはずなのに……。


「そんなの僕が知りたいよ!

 とにかく君も"子猫ちゃん"を探してくれ! 代わりに僕もつや肌ハニーの捜索を手伝うよ!」

「わ、分かったわ……。それじゃ一緒に探しましょう!」

 そうして私たちはふたりでペチュと"子猫ちゃん"を探し始めた。

 食堂やサークル棟(――というか、サークルあるのね)、正門前広場のあたりの捜索はまだだ。

 私たちはまず食堂に向かうことにした。


「ペチュ、いないわね……。ペチュー!

 私よ、フローリアよー! いるなら出てきてー!!」

「リンダー! ご飯の時間だぞ、リンダー!!」

 "子猫ちゃん"ってリンダって言うのね。食いしん坊な子なのかしら。

 まるでペットみたいな呼びかけだなんて言っちゃ駄目よね。


 こっちはサークル棟……。こんなところにはいないと思うけど……。

「うん? ジャンったら、排水管なんか覗き込んで、何をしているの?」

「何って、そりゃリンダを探してるに決まってるじゃないか!

 たまに詰まってることがあるんだよ、こういう細長いところに!」

「え」

 そ、その太さで詰まるのはさすがに無理があるんじゃ……。

 通ったとしても腕一本突っ込むのが精一杯のはずだ。

 私、ジャンの婚約者のことが何も分からなくなってきたわ……。


 正門前広場……。ローズマリー学園長の彫像は今日も私たちを見下ろしている。

「ペチュ……、まさか学園の外に出たなんてことは……」

 門は閉まってる。乗り越えるのは容易ではない。

 とは言え、日中なら出入り自由だし、その可能性は否定し切れない……。


「よっし、よっし……。あともうちょっとだ……」

「ところでジャンは何故木登りを?」

「リンダは高いところが好きだからさ!

 たまに木の上で寝ていることもあるんだ!!」

 おてんば過ぎるでしょ!!


 わ、分からない……。私はジャンの婚約者が、……ん?

 あれ……? これって、道……?

 そうだ、ずっと気付かなかったけど、こんなところに……。

「ねえ、ジャン、木々の隙間に、石の道があるように見えるのだけど……」

「上からじゃ木の枝が邪魔で見えないよ!」

「さっさと木から降りてきなさいよ!!」


 私たちは学園の中で探せるところは探し尽くしたはず……。

 そうだ、ペチュやリンダさんがいるとしたら、きっとこの先だ……。


「ふむ、確かに全く気付かなかったが、ここには道があるようだね」

「ええ、行くわよ、ジャン!」

 そうして私たちは石の道を歩き始めた。

 ただでさえ暗いのに、林のように木々に囲まれ視界は不明瞭だった。


 こういうときは――、

「『ライトニング』!」

 私は光の玉を浮かべてあたりを照らした。これは初級魔法のひとつだ。

「これなら転ぶ心配はなさそうだね!」

「油断は禁物よ、ジャン。

 ところどころツタや木の根が出ているわ」


 私たちは慎重に進み、そして林を抜けた。その先にいたのは――!

「にゃーん」

「ふみゃーお」

「ごろごろごろ……」

 見渡す限りの猫、猫、猫……。そして、その中心に何故かペチュ。

 え、猫の集会に混ざってる? ペチュは一匹の黒猫を見つめながら地面に座っていた。


「おお、ペチュくん! そしてリンダ!

 こんなところにいたのか。探していたんだよ!」

「わわっ、わわっ。フローちゃんにジャンくん!?」

 そしてジャンはペチュの目の前の黒猫を抱き抱え、「リンダ、リンダ」と呼びかけている。


 ……えーっと、いろいろおかしなところはあるのだけど、

「"子猫ちゃん"って本当に猫じゃないの!!」

「最初からそう言ってるだろ、ハニー!!」

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