事前準備(二)
全員が集まったあと、エステル、イェニー、カーヤには、三人の働きに不満はまったくないということを丁寧に伝えたうえで、専属の使用人を増やしたいと告げた。
「今年からは本格的に社交界に参加することになるわ。一人一人の負担が増えないよう、専属を増やすべきだと思うの」
「それに関しましては私も賛成です」
家政婦長であるバルバラはしっかりと頷いたあと、「ですが」と目元を和らげた。
「領地と王都で専属を分ける必要はないのではないでしょうか?」
「え……?」
バルバラがエステルたちへ視線を向けるのを見て、ルシアナも彼女たちへ目を向ける。何か言いたげな眼差しで自分を見つめるエステルに、ルシアナは一つ瞬きを返した。
エステルはそれに軽く頭を下げると、背筋を伸ばし、息を吸い込む。
「まず、私たちのことを気遣っていただいたこと、心より嬉しく存じます。バルバラ様もおっしゃられたように、ルシアナ様のためにも専属は増やすべきでしょう。ですが、どうか専属は分けずに……いえ、ルシアナ様が行かれるところには是非同行させてくださいませ」
深く腰を折ったエステルに続き、イェニーとカーヤも頭を下げる。
「私たちも同じ気持ちです! どうか専属として、私たちをどこにでもお連れください!」
「これからも変わらずお仕えさせてください! お願いします!」
「ま、まあ……頭を上げて」
(わたくしの伝え方が悪かったかしら……)
三人に誤解されないように伝えたつもりだったが、不十分だっただろうか、と若干不安になっていると、バルバラがふふっと肩を震わせた。
「申し訳ございません、微笑ましくて思わず。エステルさんは以前からお仕えしてから当然と言えば当然ですが、イェニー、カーヤの二人もとても奥様をお慕いしていて……奥様が使用人をどれほど大事にしているのかが伝わって参ります。もちろん、私たち城仕えの使用人も、この短い期間で奥様の虜でございますが」
少々茶目っ気を交えた口調が、先ほどのギュンターと重なる。
戸惑っていた自分を和ませようとしてくれたのだろう。その心遣いが、ルシアナは嬉しかった。また、ルシアナを褒められて誇らしそうにしているエステルたちの姿にも肩の力が抜ける。
(……烏滸がましいけれどバルバラが伝えてくれたように、エステルもイェニーもカーヤもわたくしのことを慕ってくれているから、あのようなことを言ったのよね。なんて幸せなことからしら)
「……ありがとう、バルバラ。エステルにイェニー、カーヤも」
四人で顔を見合わせ、微笑み合う。和やかな雰囲気に、ほっと息をついたのも束の間、バルバラは「恐れながら」と表情を引き締める。
「使用人についてですが、専属をすべて王都の者に任せると少なからず不満が出るかと存じます。ですが、城にはもともと女主人がおらず、奥様の意見を聞かずに侍女を雇い入れるわけにもいかなかったため、この城にはそもそも侍女がおりません。メイドを専属として仕えさせるは可能ですが……どのくらいの人数を新たに雇うおつもりだったのでしょうか?」
「専属ではない者も十分にいるから、侍女とメイド三人ずつにしようと思っていたわ」
「三人ずつですか……」
ふむ、と考え込んだバルバラに、イェニーとカーヤはどこか緊張したような表情を浮かべた。
専属をすべて王都の者に任せると不満が出る可能性がある。けれど、領地にはメイドしかおらず、このままでは雇うにも一人だけになってしまう。
(だから、彼女たちのうちどちらか……もしくは二人ともを専属から外すかもしれないと考えているのかしら?)
思い返してみれば、彼女たちの熱い言葉に、ルシアナは何も言葉を返してない。そのうえ、シルバキエ公爵家の使用人をまとめる立場のバルバラにこのように考えて込まれては、不安になって当然だろう。
(誰に進言されようと、二人を専属から外すことはないわ)
領地と王都で専属使用人を分ける、という当初の考えはなきものとなったが、だからと言って、もともといる二人を排除するなど有り得ない。
エステルなら、今自分が考えていることがわかるだろう。そう思って視線を向ければ、彼女は柔らかく微笑み、頷いた。
(シュネーヴェに来てから二人と最も長い時間を過ごしたのはエステルよ。わたくしだって信頼はしているけれど、エステルがこうして認めている以上、迷う理由などないわ)
ルシアナは深く息を吐き出すと、バルバラの名を呼んだ。
「領地の使用人から、メイドを三人選ぶわ。本人たちの希望を訊いたうえで、領地を離れてもいいと言った者をまとめておいてくれないかしら?」
「かしこまりました」
ルシアナとバルバラのやりとりに、イェニーとカーヤは小さく息を呑む。けれど、自分を見つめる彼女たちの眼差しからは、強い信頼が見て取れた。
真っ直ぐ自分を慕ってくれる二人に、ルシアナは穏やかな笑みを向ける。
「イェニー、カーヤ。二人には侍女になってもらいたいわ」
一瞬の間を置いて、二人は大きく目を見開く。そんな二人ににこりと笑みを返すと、バルバラとエステルを見た。
「構わないでしょう?」
柔らかな口調に、柔らかな笑み。けれど、その眼差しは有無を言わさない圧のようなものがあり、これが問いかけではなく決定事項なのだと示していた。
シュネーヴェ王国ではあまりそのような素振りを見せて来なかったが、ルシアナはもともと多くの人々に傅かれる王女だった。嫁いで身分が変わったとはいえ、夫は現国王の甥で、王位継承権も保有している公爵だ。王族ではなくなったものの、人々の上に立つ高貴な身分であることに変わりはない。
上に立つ人間特有の、支配者のような雰囲気を纏わせるルシアナに、部屋の空気が一気に引き締まる。しかし、そんな雰囲気に呑まれることなく、長年ルシアナに仕えてきたエステルはもちろん、バルバラも素早く頭を下げた。
「かしこまりました。イェニー、カーヤについてはそのように手配し、早急に王都のほうにもその旨を連絡いたします」
「ええ。お願いね、バルバラ。それから、エステル。二人の教育はあなたに任せたいわ。二人があなたのような侍女になれるよう、支えてあげてちょうだい」
「承知いたしました。誠心誠意努めさせていただきます」
「バルバラも。頼み事ばかりで申し訳ないのだけれど、領地にいる間はあなたもエステルを手伝ってくれないかしら」
「元よりそのつもりでございます。むしろ、お声掛けいただけなかったどうしようかと心配しておりました」
「まあ」
ころころとおかしそうに笑えば、張り詰めていた空気が一気に霧散した。
(さっきのこともそうだけれど、バルバラとギュンターは空気を変えるのが本当に上手だわ。夫婦は似ると言うけれど、もともと似た二人だったのか、一緒にいるうちに似てきたのか、どちらかしら?)
今度ゆっくり聞く機会があるだろうか、と思いつつ、ルシアナは二人に顔を上げるよう伝える。
二人の姿勢が戻ったのを見て、いまだ呆然とした様子のイェニーとカーヤに目を向けた。
「これからも変わらずよろしくね、二人とも」
いつも通りの穏やかな笑みを向ければ、二人は慌てて頭を下げた。
「これからも誠心誠意お仕えいたします!」
「ご期待に沿えるよう今まで以上に努力いたします!」
「そんなに気負わないで。以前に比べて大変なことも出てくるでしょうけど、二人なら大丈夫だと信じているわ」
二人は声を揃えて「はい!」と返事をすると、明るい笑みを浮かべた。
二人の快活な表情は、これから先も明るい未来が待っていると示してくれているようだった。
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次回更新は3月15日(日)を予定しています。




