第1話 港の開発と侍女
ケントは久しぶりにノースサンドリアの領地に帰ってきた。
1か月ぶりである。1か月で見違えるようにいろんなことが変わっていた。
これは宰相に迎えたチュードル伯とその下で実質的に国を動かしているレイチェルの活躍による。
勢いがあることは人の流入で分かる。
ノースサンドリアへ職を求めて東西リーグラード王国から人がやって来ているのだ。
人口の増加は住む家の建築ラッシュに関わる。
さらに人口が増えるとそれ目当ての店もたくさんできる。
レイチェルは何もないノースサンドリアに無秩序にそれらが建築されないよう規制し、広い土地があまりない国の特性を生かした計画的な街づくりをした。
建物は基本的に高層化。店もショッピングモールのように集約した。道路整備に合わせて、物流が滞ることないように配慮もしていた。
「ケント王子、以前アイデアをいただいた缶詰についてです」
ケントが城に戻るのを待ちかねたようにブラッドが試作品をもってやってきた。缶詰の生産ができるようになったらしい。
「ブリキ缶です。今、このタイプの缶詰を生産できる工場をアヌビスの土地に作っています。労働者は150名。1か月後から稼働可能です」
ケントが見るとよく工夫がされている。
特に缶詰の場合、蓋の構造が問題となるがブラッドの計画だと上蓋と缶のふちを巻きこむように閉じる方式を取った。
沸騰させた鯖の醤油づけにかぶせて、機械をつかって密閉する。生産能力は月間で1万個。軌道に乗ればこの5倍は生産できるという。
「これで獲れたサバルの活用とアヌビス人の雇用。そしてNSDの収益に貢献する。鯖缶の売り先は?」
そうケントは聞いた。これについてもブラッドはすでに取引相手を決めており、カリフと西リーグラードの商会へ売るとのこと。
周辺国の商人の反応は上々で、生産力が上がれば買い取り先は容易に見つかりそうだ。
「それでケント様。実は海岸線で大きなプロジェクトを思いついたのですが」
そういうとブラッドは地図を広げだした。ここからは官房長官のレイチェルと宰相のチュードル伯も加わる。
「この沖合の小島に港を作ることを提案します」
そう言ってブラッドが示したのは、アヌビスの漁港から5キロほど離れた小島。アヌビスの海岸はほとんどが遠浅で大きな船は入ってこられない。この小島
リーグラードと交易をするには隣のカリフの港を使うのが常であるが、船が多すぎて係留できない状態であった。
「海上を移動すればカリフ港とは2,3時間で移動できます。カリフの港で荷下ろしができず、1週間も停泊する船がいることを考えれば、ここに港を作ることは意義があります」
「なるほど……」
ケントは考えた。カリフの物流の一部を回すことができる。これはいろんな意味でノースサンドリアに利益をもたらしそうだ。
ただ問題もある。沖合5キロの小島とノースサンドリアをつなぐルートが欲しい。それがなければただの停泊地だ。
「島とアヌビスの海岸を橋でつなぎます。そしてここに鉄道を作るのです」
そうレイチェルが説明した。アヌビスの海岸は島まで遠浅だ。橋の建設は難しくはない。そして今話題の蒸気機関で本土と結ぶ。
小島の港で降ろされた荷物は、鉄道を通ってアヌビス海岸に運ばれる。ここからカリフへ陸路を使えば、2日で運べる。
これは悪くない。カリフ沖で1週間以上停泊するよりも早く荷揚げができる。
各国の商人の船が代用で使う需要は大いにありそうだ。
「建設費の概算は?」
そうケントは尋ねた。さすがにこの前調達した100万ディナールでは賄えない。新たに株式を発行するか、ノースサンドリアの債権を発行して資金調達するしかない。
「これに関してもカリフや東西リーグラード、アルトリア等の商人や貴族から投資の話がきています。総額80万ディナールは集まりそうです」
「よし、その案件は進めよう」
朝から晩まで提案とそれに対する指示。そして進捗状況の報告の確認と目が回るほどの忙しさ。
しかしケントは、貧しい自分の領土が少しずつ豊かになっていることが実感できて嬉しくて仕方がない。久々にやる気に満ちて仕事をすることが、いかに生きていてよかったと思うことにつながるかを改めて知ったのだ。
「王子殿下、オ茶ヲオ持チシマシタ……」
顔の下半分を黒い布で覆った侍女が、デスクワークをしているケントにお茶を運んできた。
最初はみすぼらしかった山城も今は増築と改築をして、そこそこ立派なものになっている。華美でも荘厳でもないが、実用的な建物である。
そこで働く人間も多く、当然ながら使用人も新たに多く雇っている。この侍女もそのうちの一人である。
ケントは侍女の顔を何気に見て、その目がトパーズ色で覆われた髪の毛が銀髪であることに気付いた。
「お前、名前は?」
そう聞いた。なんだかどこかで会ったことがあるような気がしたからだ。
「リノ……デス……リーグラードノ言葉ハ、マダ上手ク話セマセン……」
片言で話す侍女。ますますケントは興味をもった。
目だけ見るとすごい美人だからではない。この人物は確かに会ったことがあると感じたからだ。
「主様、侍女に手を出すズラか?」
同じく執務室でケントの書類を整理している吉音がそう口をはさんだ。言葉にはまたかという呆れた感じがある。
「バカを言うな。俺が侍女に手を出す男と思ったか!」
ノースサンドリアへ来てからケントは実に健全な生活をしている。オトワに何度か手を出してはいたが、ひっぱたかれて以来、こちらの面では修行僧のような生活を送っているのだ。
それもニケの白馬の王子様が自分であることが分かってから、どうもほかの女に目がいかなくなった。
別にニケのことが好きなわけではないと自分に言い聞かせているが、ニケとの関係を清算しないと次にいけないと思い始めたのだ。
「リノ……だったけ、お前はどこの出身だ?」
ケントはそう聞いた。
女性が顔を異性に見せない部族はリーグラードにいないことはない。
宗教上の理由だ。
彼女もそういう少数部族の一人だと思ったからだ。




