第7話 アイリスホテル別館
このアイリスホテル。
今はカリフのビジネスホテルグループを率いるアーリントン家が買い取り、経営をしているが、うまく行ってないようだ。
それもそのはずである。アーリントン家が経営するホテルは、リーズナブルだが快適な部屋を提供するというコンセプトで勢力を伸ばしてきた。
王都にも進出してそのホテルの数は50にも及ぶ。アイリスホテルを買い取ったのは、高級ホテル路線にも手を伸ばそうとした結果。
しかし、それは失敗しつつあるようだ。ウブロ家が没落し、その恩を受けた古くからの従業員も辞めたことでホスピタリティが落ちた。
加えてビジネスホテルの成功ノウハウはもっていたが、高級ホテルのノウハウがなかった。
立地条件が異なるのにビジネスホテルと同じ方法で経営したために、うまく行ってないのだ。
広い部屋を改装して2部屋、3部屋として料理の質を落とし、快適であるが高級ではないことで従来の客は離れ、さらにビジネスをするには海辺で都心とアクセスが悪い場所。
さらに少し高い値段設定でビジネス客からも敬遠された。
今、アーリントン家はアイリスホテルを売却しようとしているのだ。
いわゆる損切りだ。こういうことを思い切ってやれるのはある意味商才がある。
問題は売却先である。老朽化したホテルの建物を修繕し、経営を立て直すには莫大な資金が必要である。
「アーリントン家は売却すると言っても、経営権の全部を諦めていないようで、ホテルを立て直す協力者を探しているズラ」
「協力者ね……」
吉音の話を聞いて随分と都合のよい売却を考えているなとケントは思ったが、それも考えようによってはやむ得ないことでもあった。
経営が苦しいとはいっても、建物や土地は広大でそれなりの資金が必要である。これを丸ごち買い取る資金力がある者は早々いない。
そして買い取る側はホテルの立て直しに対するアイデアがないといけない。
ビジネスホテルとはいえ、その世界で大成功を収めたアーリントン家ですら苦戦した経営だ。かなりの経営手腕がなければ、行き詰まるのは目に見えている。。
「条件によってはNSD株式会社を利用して経営権を買い取ってもいい。だが、全部を買い取るほど資金はない。半分以上の権利と協力はするが大きく口を出さないという条件なら投資を検討できる」
ケントはそう考えていた。
「主様、自分の領地内にあるホテルならともかく、他国にあるホテルに投資するのはお門違いというものズラ」
吉音はそう当たり前のことを言った。誰が考えても自国の経済に利益をもたらさない投資は無駄というものだ。
「吉音、だからお前は目先の金に目がくらんで大儲けできないのだ」
ケントはそう吉音を評した。吉音としては不本意な評価である。目先の金にくらむのなら。ケントが追放されたときにとっくに見限っている。
「まずアヌビスの土地に建てるリゾート開発。これにアイリスホテルのノウハウが役立つ。アーリントン家とつながれるのも大きい。そして吉音。このカリフにあるということも利点なのだ」
「意味が分からないズラ」
「ふふふ……後で分かる。まずは買収にあたって協力者を手に入れないとな」
ケントは吉音が話した元ウブロ家の娘がやっているという宿屋に予約をいれるよう吉音に指示した。
その宿屋はカリフの港に面した小さな施設であった。
宿名は『アイリスホテル別館』である。
アイリスホテル別館と言っても資本関係は一切ない。これはウブロ家の本家を継いだレイラが元従業員と細々とやっている小さな宿屋なのだ。
部屋数はわずか5つ。
しかし、ケントは宿泊して驚いた。
非常に過ごしやすいのだ。
まず女将のレイラ。
30代後半だが笑顔の素敵な女主人で、自ら客を出迎え、案内する。部屋は小さいが清潔で快適。
料理も食材は安いものだが丁寧に調理されて美味しいのだ。
(こんな小さな宿屋だがサービスは高級ホテルと同じだ……)
小さな宿屋であるので従業員は少ないが、全員が客に対して完璧なサービスを行うことができる。
恐らく、レイラについてきた元アイリスホテルの古参の従業員なのであろう。宿代は街中の宿屋と変わらないから、リーズナブルだけど満足感は半端ない。
しかしこれでは採算は合わない。こういうのは高級ホテルでそれなりの料金を取るからできることなのだ。
客はみんなリピーター客みたいで繁盛している。ケントがやっと予約が取れたのも予約していた客に金を渡し、キャンセルさせてやっと取れたのだ。
リーズナブルな料金で心地よく過ごせれば、誰でもここにと泊まりたくなる。
繁盛していても利益にはならず、あまり儲かっていないのは、調度品の古さや壊れた箇所が自分で直した感じの状態から察しがついた。
恐らく従業員への給料を払うだけで精一杯なのであろう。
(だが、泊ってよかった。アイリスホテルの買収計画に役立つ……)
そうケントは考えながら朝ご飯を食べている。
吉音も昨日からの手厚いおもてなしに満足している様子だ。今は焼き立てのスコーンにかぶりついている。
「主様、あれを見るズラ」
口元にスコーンのくずを付けた吉音が宿屋の玄関の方に視線を向けた。食事場所は玄関ホールにつながったダイニングである。
小さな建物であるから、入って来た客の顔はよく見える。
そこには、よく知った顔がいた。
バーモントである。
昨日はこのおっさんと女装してデートをしたから妙な感じをケントは受けた。
思わずケントは顔を隠したが、今は男の顔である。顔を見られてもややこしいことにはならない。
バーモントに対応した女主人のレイラは、思わず手に持っていたお盆を地面に落とした。
「バ、バーモントさん……」
「レイラ様……」
(おいおい、予想していたが二人は……知り合い?)
聞き耳を立てるケント。
バーモントは頭を下げている。
二人に間に何があったのかは分からない。しかし、単なる元雇い主と使用人と言う関係ではなさそうである。
「お嬢さん、すみません。ホテルがこんなことになっていたとは知りませんでした」
バーモントはそう言って深々と頭を下げた。
「バーモントさんが謝ることではありません。すべては見抜けなったお父様と一族の罪です……。人間は家柄ではないのです。ウブロ家は裕福な時代を長く過ごし過ぎて、傲慢になっていたのだと思います……」
「社長は?」
「お父様もお母様も破産の責任を感じて自ら命を絶ちました。一族もバラバラになってわたしは辛うじて残ったこの別館で宿屋をやっています」
「……お嬢さん、わたしにできることがあれば……」
「ちょっといいですか?」




