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第2話 サバの缶詰

「ケント様、お久しぶりです」


 かなり疲れた顔でブラッドはやって来た。

 そのブラッドは今は漁業の立て直しに奔走中である。これまで一部の網元が支配していた風習を撤廃し、船や網を共同で使えるような仕組みを作った。


 これにより、漁民たちは不当な搾取から逃れ、働けば働くほど豊かになることとなった。国が主導する漁業組合である。


「漁業は徐々に回復して入るのですが、獲れる魚が偏っていて、かなり苦戦しているとのことです」

「偏っている?」


 ケントはブラッドに尋ねる。これまで魚料理はたくさん食べてきたが、アヌビス領で採れる魚については知識がなかった。


「サバルという名前の魚です。沿岸部では普通に食べられる魚ですが……」


 ブラッドは言葉を濁した。代わりにレイチェルが説明する。


「サバルは脂が乗った美味しい魚ですが、痛むのが早い魚なのです。すぐに腐るし寄生虫がいっぱいついている魚なのです」

(鯖みたいなものか……)


 サバルは鮮度が落ちるのが早く、他地域へ運んで売るには難しい魚だ。

 アヌビスやバステト族の領地内で消費するしかない。焼いたサバルは油が乗って美味しいと訪れる商人たちには好評であるが、ここでしか食べられない珍味の域を出ていない。


「サバと同じなら、それを金に換える方法は思いつかなくはない」


 ケントはそう言って獲れたばかりのサバルと料理人を呼ぶ。


「ケント様、この魚をどうするのですか?」


 ブラッドはケントがサバル料理を思いついたのだろうと思っていた。これは官房長官のレイチェルも同じである。

 いくら珍しい料理を思いついたところで、それを消費する方法がなくては意味がない。それ目当ての観光客が来たところで、そこからの収入は大した額にはならないだろう。


 ケントは運ばれてきたサバルを見る。やはり思ったとおり『サバ』である。地元の人間はこれを焼きサバにして食べたり、酢で〆て食べたりしているという。ますますサバである。


「この魚は生食できません。よく焼かないと寄生虫による食中毒を起こします」


 そう料理人が説明する。サバルにはアニキサスによく似た寄生虫が付いている。それはサバルが死ぬと、それまで潜んでいた内臓から身へと移動する。

 だから漁師は取ったらすぐに内臓を取るか、氷水に入れて鮮度を保つかだが、それもせいぜい2,3時間が限界であった。


 身もすぐに腐る。『サバルの生き腐れ』と言われているくらいだ。ますますサバと同じである。

「この身を輪切りにして、醤油で煮つけてくれ」

 

 そうケントは命じた。サバルの醤油煮である。

 異世界のこのリーグラードは主食が米だけあって、大豆から作った醤油が調味料として使われていた。転生前は日本人であったケントには、ほとんど日本と変わらない味に歓喜したものだ。


「サバルの醤油煮なんて珍しくもなんともないのですが」


 レイチェルはそう言った。ブラッドもきっとそう思っているだろう。


「煮た魚の一切れをこういった金属の器に入れるのだ」


 そう言ってケントは紙に絵を描く。それは円筒形の形である。その形の作り方も図解で示す。薄く延ばされた鉄の板を丸め、それに底をつけた代物だ。大きさは直径10センチくらいの器だ。


「見たことのない器ですね」


 レイチェルがそう言うのも無理はない。この異世界では器は陶器やガラス、木製と決まっていた。王侯貴族は銀製食器を使うがこのような器を鉄で作ることはしない。


「鉄を薄く延ばして成形するのはできなくはないですが、鉄ではすぐに腐食しませんか?」


 ブラッドはそう難点を指摘した。鉄は腐食しやすい。特に醤油で煮つけた魚のみと汁を入れればすぐに錆びる。


「スズでメッキするんだよ」


 ケントそう答えた。錫によるメッキ技術はこの異世界でも発達していた。この技術は古代から活用されていたくらいであるから、おかしなことではない。

 錫は融点が低く、低温で液化するから金属の表面をコーティングすることは難しくはない。


「これに煮た魚を入れて鉄の蓋をする。それでまた煮るんだ。骨まで食べれるくらいね」

「なるほど……これが完成すれば画期的な商品ができます」


 レイチェルもブラッドもケントの提案がすばらしい利益をもたらすと理解した。大量に獲れるが活用できない魚を金に換えることができる。


「これを缶詰という。利点は長期保存ができるということだ。持ち運びも便利である」


 ケントはそう説明した。レイチェルもブラッドも食いつく。


「ケント様、長期保存ができるのですか?」

「どれくらいできるのですか?」


 立て続けに質問する。


「蓋をして空気に触れないようにし、煮ることで煮沸消毒できる。たぶん、数年、少なくとも1年以上は大丈夫だ」


 そう答えた。この世界に缶詰はない。ケントのいた世界でも古代には缶詰はなかった。鉄は古代のヒッタイト人が武器として使っていたし、錫で鉄をメッキする技術は紀元前にすでにあったにもかかわらず、缶詰ができたのは19世紀になってからだ。


 最初はフランスのナポレオンが軍隊の食料を運ぶアイデアを募り、アペールという男が瓶詰めの方法を発明したことから始まる。

 食べ物が腐敗しないポイントは空気を追い出し、密閉して加熱殺菌することだ。

 ケントは転生前にアフリカで缶詰を作る工場を作る仕事に商社マンとして関わった経験がある。いま、その経験を生かしての提案なのだ。


「なるほど……食べ物は熱を加えれば腐らないから、この方法なら保存できる」


 ブラッドは目を輝かせてなにやら考えている。この缶詰を生産することができれば、大量にとれるサバルが金に変わる。


「缶詰の工夫もいろいろあるが、これを作る工場を作ればいろいろと問題が解決するだろう?」


 ケントはそう言ってブラッドの返事をまった。


「はい、ケント様。おっしゃるとおりです。すぐに研究班を立ち上げ、サバルの缶詰工場を作ります。これで漁業も立ち直ることができます」


 工場を作る費用は調達した100万ディナールで流用できる。ブラッドは缶詰のしくみを研究し、とれたサバルの調理から缶に詰めて売るところまでを計画する。

 長期保存ができるのなら、これは軍隊の保存食として売れる。重要な輸出品になることは間違いがない。


「さて、領地経営は順調に進んでいる。次はニケの方だな」


 3日後にあの騎兵小隊の隊長バーモントとの約束があるのだ。ケントが女装して成り済ましたケイトとしてデートするのだ。

 カリフの町では吉音とオトワが待っている。


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