第2話 吉音の場合2
吉音は同じようにケントによって救われた。
吉音が12歳の時だ。吉音も市場で商人相手にものを売っていた。
吉音の場合は卵だった。毎朝、鶏が産む卵を集め、茹でたものを売り歩くのだ。
吉音は生まれた時から孤児院で暮らしていた。孤児院の院長の話によると、ある大雨に夜。孤児院の軒下に産着に包まれたまま寝かされていたという。
孤児院は貴族の寄付によって運営されていたが、寄付金が少ない割には戦争が原因で多くの孤児を育てていたので、毎月ぎりぎりの生活であった。
吉音たち孤児はいつもお腹を空かしていた。卵を売り歩くのは、そういう生活を少しでも改善しようとする試みの一つである。
しかし、1つ卵を売っても入るお金はわずかに銅貨1枚。その3分の2は農家の取り分。つまり、3個売ってやっと銅貨1枚の儲けなのである。
それでも毎日、少しでも現金収入があるのはありがたいので、孤児院は総出でゆで卵を売り歩いた。
吉音も6歳からずっと卵を売り歩いていた。卵を売る仕事をしているから、学校へ行くこともできない。文字や簡単な計算すらできない。
12歳になった吉音は同世代の町の子どもと比べ、自分が遅れていることに気づく。それはそのまま未来が暗いことにつながることも子供心に分かっていた。
分かっていたがどうしようのない、もう諦めしかない絶望感しかない。
そんな時に出会ったのがケント王子であった。
当時の王子は15歳。陸軍の幼年士官学校を卒業し、准尉に任官したばかり。
そんな王子がピカピカの軍服を着て市場の視察に来たのだ。
当時は町の衛兵部隊に所属していたので、警備の仕事の一環である。
「お前、それはなんだ?」
ケント王子は吉音が首から下げている箱の卵を見てそう尋ねた。
「ゆで卵ズラ」
当時の吉音は王族なんて知らない。
何だか立派な服を着た金持ちのボンボンだと思っていた。
「ゆで卵?」
目を丸くしてそうケント王子はオウム返しをした。さすが貴族のお坊ちゃまはゆで卵を知らないのかと吉音は思ったが、そうではなかった。
どうやらゆで卵自体は知っていたが、食したことはなかっただけであった。いや、食べたことすらもあるように吉音には思えた。
「ゆで卵なのにどうしてお前の卵にはいろんな色がついているのだ?」
王子はそう吉音に聞いた。吉音の卵は他の子どもたちと違い、赤や青、黄色の色で塗られており、非常にカラフルだったのだ。
「これは食紅で卵の殻に色を付けたズラ」
吉音はそう説明した。これは吉音の工夫である。
ゆで卵は他の子どもも売り歩いているし、店でも売っている。店で買うと2個で銅貨1枚という安売りの店もある。
普通に売っていては競争が激しくて売れない。そこで吉音は考えたのだ。食紅で着色して目立つようにしたのだ。
これだと小さな子供が親にせがみ買ってもらうこともあるし、色のついた卵は珍しいと思われて客がつきやすいのだ。
「なるほど。お前はなかなかかしこい」
ケント王子は感心してそう褒めた。
「その卵、全部買おう」
ケント王子はそう言って、事も無げに銀貨3枚を吉音に手渡した。
(ラッキーズラ)
吉音は単純にそう感じた。仕事が早く終われば、それだけ体を休めることができる。毎日、市場中を朝から夕方まで売り歩く生活だ。
1日終わるとクタクタで泥のように寝るしかないのだ。
次の日も、その次の日もケント王子は吉音の卵を全部買い取った。
そして1週間続いた時に、小さな黒板と白墨を手渡した。
「余った時間を使ってテストをする。1週間後にこの言葉を書けるようにしてこい」
そうケント王子は吉音に命じた。書いてこいと言った文字が書いてある紙も手渡された。そして1週間、卵を売らなくても済むように金貨を1枚手渡した。
一体、このお坊ちゃまは何をしたいのか、吉音は疑問に思ったが、毎日、ゆで卵を買ってくれる上得意様だ。いわれた通り、100個以上の単語とそれを使った文章を100個を1週間かけて覚えた。
1週間後、ケント王子は吉音のゆで卵を全て買い取るとテストをした。空いた時間に熱心に勉強していた吉音は全問正解した。
「よし、思った通りだ。お前はなかなか頭がいい。お前を孤児院から買おう。明日から俺のところから学校へ通うがいい」
そう言うと吉音をもらう代わりに孤児院に多額の寄付をしたのだ。おかげで吉音の後輩たちは学校へ通うことができるようになった。
吉音はケントの屋敷で午前中は学校で勉強。昼過ぎから使用人見習いとして雑用をした。
学校で言葉や文字、そして計算を学んだ吉音は14歳で、その頭の良さでケントの侍従に取り立てられた。
それから1年。ケントの傍らで仕事をしている。女癖が悪く、ゲスなところは多いが、自分を救ってくれた恩人である。
それに女性に対する扱いは最低ではあるが、それも何となく、過去に女性にひどい目にあった反動ではないかと吉音は思っている。
ケント王子はまだ18歳の若者であるから、ひどい目にあった経験というのはないはずであるが、なぜか行動原理が40過ぎのおっさんの境地のように吉音には思えた。
それに女にだらしないのだが、自分には全く手を出してこない。出されても困るのであるが、吉音に対しては一人の人間として接してくれるのだ。
「お前なんか女のうちには入らない」
そんなことを会話の掛け合いで話すケントであったが、たぶん本心ではないと吉音は感じていた。
彼は吉音の能力を真に買っており、自分の侍従として得難い人物であると信頼しているのだと分かった。
狐族である吉音には衝撃であった。王子と言う身分であるにも関わらず、分け隔てなく接してくれ、さらに信頼して自分の傍に置くことはありえないことだ。
最初の頃は狐族ということで差別されることもあったが、主人であるケントが平等に接しているのでやがて周りも吉音を差別することはなくなった。
だから吉音はケントのゲス行動にも渋々付き合う。やり捨てした女性に適当な別れの言葉を代わりに伝えたこともあった。
「全く主様には苦労させられる。けれど死んでもらっては困るズラ……。今頃は無事にノースサンドリアにたどり着いたズラか?」
ケントとはこのカリフで合流する予定だ。吉音とオトワはカリフに来たついでに、設立したNSD株式会社の経営状態をチェックすることを頼まれていたからだ。




