第1話 吉音の場合1
「はあ~。主様は無事に帰れたかなズラ」
吉音はカリフの乗合馬車駅のベンチでため息をついていた。
西リーグラード王国の首都クロービスから一足先に出た吉音は、定期馬車でカリフへとたどり着いた。
手配されたのはケント王子とニケだけであったので、吉音はすんなりと国外へと逃れることができた。それを見越してオトワも吉音もケント王子と別れて行動したのだ。
吉音は主であるケントのことを本当に心配していた。何しろ、自分の雇い主である。
それにケントはリーグラード王になることはできなかったが、ノースサンドリアの領主ではある。貧しい土地ではあるが、吉音がもらっている給料くらいは出せる。
吉音にとって仕える主がどれくらい金持ちだろうかは関係ない。大領主だろうが小領主だろうが、侍従への給金に違いはさほどないからだ。
むしろ、ケントが落ちぶれた時に見捨てなかったことで、給金の30%アップを勝ち取ることができた。
それも主であるケントが無事であった場合だ。
「ヒマワリの種のお菓子、買ってもらえませんか。カリフ特産のプチヒマワリの種のお菓子です。お土産にどうですか?」
貧しい身なりの少女が小さな袋に入ったお菓子を売っている。プチヒマワリは背丈がくるぶしほどしかないこの地方の特産品だ。自然に一杯咲いているカリフの代表的な花だ。
この花の種をフライパンで炒って、砂糖液を絡めたお菓子が特産品としてある。ポリポリ食べるとそれなりに美味しいのであるが、ありふれたお菓子でカリフの住人は買わない。
買うのはこの駅馬車を利用する他地域の人間だ。この少女はそんな商人や旅人におみやげとして売っているのだ。
見た目は12歳くらいの少女だ。着古したワンピースにはつぎはぎがあり、いつ風呂に入ったか分からないくらい顔が汚れている。
もっている箱には袋に包まれたお菓子がきれいにならんでいるが、そんな小汚い少女から食べ物を買うという気にはならない。
多くの人にあっちへ行けと手で追い払われている。それでも少女はめげずに売り歩く。
「それを全部よこすズラ」
吉音はそう言ってリーグラード銀貨1枚を少女に握らせた。箱にあるお菓子全部分には十分な金額であった。
「あ、ありがとう……お姉ちゃん」
少女は吉音にそう言った。これで今日のノルマは達成である。しかし、吉音は知っている。今日は過酷な労働から解放されて休めても、明日も同じことが繰り返される。
子供は学校へ行って勉強をしなければ、一生浮かび上がれない。この少女もこのままでは、何も変わらないのである。
「お前、今の貧しい生活から逃れたいと思うズラ?」
そう吉音は唐突に少女に聞いた。少女はコクンと頷いた。
「学校へ行って勉強したい。お金を貯めて将来はお医者様になりたい……」
そう言って少女は真っすぐに吉音の目を見つめる。だが、その目からぽろりとお粒の涙が流れ落ちる。
少女は12歳だ。それが不可能であることを何となく感じている。自分ではどうしようもできない壁への諦めの涙だ。
「変えたい気持ちがあるのなら、ここへ来るズラ」
吉音はそう言って少女に紙切れを渡した。
そこにはノースサンドリアの山城の住所が示されていた。自分のところへ来れば、勉強させてやろうと言うのだ。




