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第19話 狼の森

「ケント様は優しいです。あんな恐ろしい暗殺者でも助けるとは」


 邪な理由で助けてしまったケントをニケは評価した。

 ニケはケントが女好きで見境もなしに自分を殺そうとした女を助けたとは思っていない。

 純粋に敵味方もなく助けた博愛精神を褒めたのであろう。


(いやいや、リィの奴が死にかけたのは、お前の反撃の結果だからね!)


 ケントは心の中で突っ込んだ。

 それにしてもニケの魔法の鎧には驚かされるばかりだ。

 ほとんどの物理攻撃は無効。そして魔法攻撃すら無効だ。

 

 そしてその後の反撃は『倍返し』。相手はほぼ一撃で仕留められる。

 ニケ自身が積極的に攻撃することはないが、ニケを殺そうと思って放たれた攻撃は、すべて放った本人に返される。


「時間を浪費した。すぐに出発しよう。何とか夜までに森を抜けるぞ」


 ケントはそう言って旅を再開した。

 しかし、初めての深い森。道もあったり、なかったりで迷ってしまった。

 夕暮れになり、このままでは危険な夜を森の中で過ごさねばならなくなった。


(まずい……)


 先ほどから狼の遠吠えが聞こえる。この森に足を踏み入れてから、狼どもは遠巻きに追跡してきた気配であった。

 そして今は明らかにぐるりと囲まれているようにさえ見える。


 ケントはまだ明るいうちに、進むのを止めて今晩のねぐらを探した。幸い、昔の遺跡があった。石の壁に3方向囲まれた場所をねぐらとした。 

 

 薪を拾い、焚火をした。火があれば狼は襲ってこないだろうとの判断だ。

 火は持ってきたカバンの中にあった火起こし道具で着けた。

 この世界の火起こし道具は、金属製のファイアースターターだ。マグネシウムと思われる金属棒と鉄の棒をこすって火花を起こす。


 あらかじめ、金属を削っておくとそれに引火して火が着く。軍隊で訓練を重ねた経験があるケントには楽な仕事だ。


 しかし、雨が降ればアウトである。ケントは雨が降らなくてよかったと思った。


(問題はこの火で狼の襲撃を防げるか……だ)


 薪はかなり用意したが、火付きがよいだけにすぐに燃え尽きてしまうかもしれない。

 それに人に慣れた狼なら、多少の火は恐れない。


 頼みの綱はニケだが、ニケの能力は鉄壁防御と反撃だ。

 狼に噛みつかれてもニケの鎧は問題ない。

 しかしケントは別だ。

 ニケを無視してケントに向かってきたら、間違いなく狼の餌になるだろう。


「わおーっ、おんおん……」


 遠吠えが近くでした。そして風に乗って獣の臭いが強くなってくる。徐々に包囲の輪を縮めている気配を感じる。


(ぐう~っ)


 ケントは空腹でお腹が鳴る。夜までには森を抜けて町へたどり着くはずであったから、食料はもってきてない。


「くそ……腹が減った。狼どもも同じ心境だろうな」


 空腹な狼はケントを美味しい肉だとしか思わないだろう。


「ケント様……来るようです」


 ニケが兜の面から目を凝らして狼を発見したようだ。

 ニケは山育ちで目もいい。そして夜目も効く。

 ケントにはまったく見えないが、ニケが指さしたところから大きな鼻がにょきっと焚火の明かりに浮き上がった。

 巨大な狼である。その背後にずらりと手下がいる。

 6頭の凶暴な狼。数はもっといるだろう。

 遺跡の壁を背にしたケントたちを包囲している。


 ケントは短銃を構えた。まずは1発。先頭の狼を仕留める。そうすれば、賢い狼は襲撃をあきらめるかもしれない。


(いや……賢いからあきらめないか)


 ケントの短銃の弾は限られている。薬包と鉛弾は全部で7発分しかない。狼はそれすら看破しているかもしれない。


「グルグルグル……」


 低いうなり声を上げて先頭の狼はケントとニケの5m先まで近づいてきた。


「ケント様、銃は撃たないでくださいね。ここはわたしが説得します」


 ニケは振り返ってケントにそう言った。そして手を広げて狼に1mほど近づく。


「説得するって、狼なんかに言葉など通用するものか」


 ケントはそう言ったがニケは答えない。

 そして黙って狼に対する。見ると兜の面が上に上がっている。顔は姿隠しの魔法と暗がりでよく見えないが、2つの目が赤く光っているように見える。


 それを見た先頭の狼が頭を垂れた。続いて後方にいた狼も伏せの姿勢を取る。


「分かったようですね。ここはわたしに免じて森を通してください」


 黙っていたニケはそうゆっくりと言葉を発した。暗がりの森にニケの声が消えていく。


 先頭の狼は2度、首を縦に振った。そして踵を返した。配下の狼たちも後に続く。


「ニケ……これはどうしたことだ?」

「あの狼はこの森に主のようです。見逃してもらうよう話しました」

「話すって、お前、ほとんど黙っていたじゃないか?」


 くすくすとニケは笑う。全身鎧だから全然可愛くない。


「心の中で念じれば狼さんに通じるものですよ」

(通じるか!)


 きっと全身魔法の鎧で身を包んだニケの異様な姿に恐れをなしたのだとケントは解釈した。

 いくらニケが山育ちでも狼と会話ができるファンタジーは信じない。

 

 信じないがニケのおかげで命拾いしたことは間違いがない。しかし、狡猾な狼のことだから、こちらが眠るのを待っている可能性もある。


 ケントは眠い目をこすりつつ、焚火の番をした。ニケは地面に座り、石の壁を背もたれにして寝てしまった。

 よくこんな状況で眠れるとは思ったが、魔法の鎧で完璧な防御があるニケは寝ても大丈夫だ。狼に襲われても食われはしない。


「くそ!」


 ケントは悪態をついて枝を火にくべる。まだ夜は浅い。5時間は眠気と戦わないといけない。


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