第18話 暗殺団の頭目が意外とポンコツだった件
「ケント様……この人の顔……」
「リーグラード人じゃないな。銀髪で彫りの深い顔は西部のエルグランド王国に多い人種の特徴だ」
ケントはそう言ったが、あくまでもそういうケースが多いという話だ。
リーグラード王国にもいろんな人種がいるから、銀髪もいないわけじゃない。
「そうなのですか……なぜか見たことがあるような顔で……」
ニケの反応がおかしい。どう考えても、山岳地帯に住む蛮族のバステト族のお姫様であるニケがこんな魔導士の暗殺者など会ったことはないはずだ。
「うっ……うう……」
リィは変な呼吸をしだした。ケントはこれを喘ぎ呼吸だと判断した。
心臓の音も正常じゃない。ケントはすぐにリィを寝かせる。
「ケント様、この人をどうするのですか?」
ニケが心配そうにそう聞いてきた。どうやらこのまま見殺しにしたくないようだ。但し、こうなったのはニケの反撃の結果であるのだが。
ケントはリィが呼吸していないことを確認する。胸は上下していないし、口からも息する音は聞こえない。
もう一度、心臓に耳を当てる。心音が聞き取れない。
「こりゃ、心臓が痙攣を起こしているな……AEDが必要だ」
「AEDって何ですか?」
ニケはそう質問した。知らなくて当然だ。ケントの転生前の記憶なのだから。
「AEDは……まあ、電気ショックみたいなものだ。ああ、電気も分からないよな。こいつが使った雷の魔法を発生させる道具だ」
「それがあれば、この人は助かるのですか。ケント様、どうか助けてやってください」
ニケはそう期待するようにケントに手を合わせた。可愛い美少女のお願いポーズならよかったが、生憎、全身鎧のごつい姿だから、可愛くもない。
(仕方がない……いくら悪い奴でもこんな美少女を死なすのは忍びない)
ケントは転生前の記憶を思い起こした。毎年、職場で救急救命士を講師にやっていた心臓マッサージの練習だ。
ケントはリィのシャツを引きちぎる。胸が露わになるが、恥ずかしがっている時間はない。
すぐに胸の中央に右の手のひらをあてて、左手の指を絡ませる。そして上下に押す。ポンプを動かすようなイメージでひたすら押す。
60回押したら息を吹き込む。口を使っての人工呼吸だ。そしてまた心臓マッサージ。そして人工呼吸。
しかしリィの呼吸は戻らない。
(くそ……やはりAEDがないと)
AEDは心臓に電気ショックを与える。心臓が痙攣を起こしているときに電気で刺激を与え、正常な動きを取り戻すものだ。
「AEDの電気ショックみたいな衝撃を心臓に直接与えないとダメだ。一か八かだ、ニケ、お前の手のひらでこいつの心臓を打て」
そうケントは命令した。命令を受けてニケはリィの心臓に手をグーにして机に叩くように1つボンと叩いた。
反応がない。ケントはもう一度叫んだ。
「ニケ、もう一度叩け、今度はもっと力を入れて!」
「は、はい!」
ドーンと今度は思い切って右こぶしを振り下ろした。
これは効いた。まるで強烈な電撃と同じ衝撃だ。
「うぐっ……げ、げげ……」
「よし、もう少しだ」
ケントは人工呼吸を続ける。口から口へ空気を送り続けると、やがて呼吸を取り戻し、目をうっすらと明けたリィ。ニケと同じトパーズ色の美しい瞳である。
ニケがリィの素顔を見て微妙な反応をしたことが思い出された。きっと自分と同じような雰囲気の女なので驚いたのだろう。
今もニケはリィのトパーズ色の瞳を食い入るように見ている。
「コ、ココハ……ドコダ……ハ!?」
リィはシャツが破られ、自分の慎ましい胸が白昼の下に晒されているのを見た。そしてそれを興味深く見ているケントの嫌らしい顔も……。
そしてリィは自分が仮面を付けていないことにも気づく。両手で顔を触ってみる。ぷにゃりとした皮膚の感触が両手のひらに伝わる。
「マ、マ、マ、マ……」
現在の状況を受け入れられず、言葉にならないようだ。
「お前、命を助けてやったのだから、もう俺たちを襲うなよな」
そう言うケントの声も聞いてはいない。
「マサカ……ワレノ……顔ヲ見タノカ……」
変なことを聞く。それよりも暗殺が失敗した自分がどうなるか、気にして欲しいものだとケントは思った。
「ソ、ソレダケデハナイ……マサカ、我ノ……唇ヲ奪ッタノカ!」
「痛い、何をする!」
リィは両手でケントの顔を遠ざける。心臓がバクバクしている。
これは死への恐怖から来るものではない。なぜ、そうなったかリィには分からない。
「離レロ、コノ強姦魔!」
「失礼なことを言うな。お前の命を助けてやったのだぞ。命の恩人だろが!」
「ウルサイ、貴様ハ殺ス……絶対ニ殺ス……我ノ顔ヲ見タ者ハ、殺サネバナラナイ」
そう叫ぶとリィは破れたマントを頭から被り、割れたお面を拾い上げる。そして振り返りもせず、その場から逃げ出した。
いや、逃げ出したが足がもつれて転ぶ。お尻が持ち上がり、ローブがめくれ上がり下着が露わになった。
ケントはどう声をかけてよいか分からない。
黙って見てみるとリィは立ち上がってケントの方を見る。
「ミ、見タノカ?」
「ああ、何というか、暗殺者が白とか意外だった。普通は黒だろ?」
かあああっ~と顔がみるみる真っ赤になる。
「コ、コノ、ケダモノ、変態、絶対ニ殺ス!」
リィは叫ぶと今度は転ばず走り去った。
「恩知らずな奴だ。やっぱり助けなきゃよかったぜ」
リィはブラックハートの頭目だ。また自分の命を狙って来ると思われる。
泣く子も黙るブラックハートの頭目を助ける理由はなかったが、つい驚くほどの美少女だったので助けてしまった。
しかし、魔法を使わないとポンコツである。あれで泣く子も黙るブラックハートのリーダーが務まるとは疑問である。




