第13話 運命の人
「ケイト殿、俺の嫁にならないか?」
「はあ?」
意味が分からないのでケントの答えは疑問形になる。
(この男、今なんって言った?)
「俺はバーモント・カーペンター。王都の衛兵隊で小隊長をしている。階級は准尉。年齢は43歳だ。趣味は料理に乗馬だ」
ゴリラ隊長……いやいや、ここからはバーモント隊長と呼ぼう。
バーモント隊長はそう自己紹介をした。43歳と言ったが鍛えられた体でそれよりは5歳くらい若く見える。
それでもケイトから見れば十分におじさんではあるが。
「そ、そうですか……それは、それは……」
なんとか返してよいか分からないのでケイトは言葉を濁した。それを肯定的に受け取ったのか、バーモント隊長はパッと顔が明るくなった。
これはいけると思った男の顔だ。ケイトに変身しているケントも男だから、この空気は分かる。女の子にグイグイ迫るハンターの顔だ。
「俺はお前に惚れた。どうだ俺と結婚して俺の子どもを産んでくれ!」
バーモント隊長はとんでもないことを言い出した。あつかましくもケントの両手を握っている。
グイグイ来る。
「ご、ご冗談を……」
メイド服で見えないが全身が鳥肌である。これはバーモント隊長の容姿に対する嫌悪ではない。
あくまでも男に迫られていることへの拒否反応である。
平民とはいえ、子爵家の侍女をしている娘であるならば、確かな家の出ということは想像できる。そんな娘に会って1秒で求婚とは……。
(いや、ありと言えばありか……)
平民同士だから身分的には問題ない。それに警備隊の小隊長をしているのであれば、平均以上の給料をもらっているはずだ。
裕福ではないが貧しくもない、幸せな中流家庭は保障されている。
それに自分で言うのもなんだが、今のケイトは美人だ。ケントも自分なら思わず声をかけてしまうレベルである。
それが無防備に好意的な言葉をかけてくれば、無骨な中年男が撃ち落されても仕方がない。
「なあ、頼む。このバーモント、生まれて43年。女とは一切触れあう機会がなかった。俺はこんな容姿だ。女にもてないのは自覚している。ゴリラみたいだと若い娘からは嘲笑されている。だがな、俺は見てくれだけで判断する女は嫌いだ。そんな俺にとってお前は運命の相手だと思うのだ」
髭面の暑苦しい顔で強引だが真剣そのものだ。
しかしこの隊長。部下が旅券と人物の称号と荷物検査をしているのに、そっちのけで侍女を口説いているのだ。
「女の人を知らないなんて嘘でしょ……」
冗談ですよね……という感じで軽くケイトは答えた。
(おいおい、43年女っ気なしって嘘言うなよ!)
少なくとも恋人や妻のいない兵士なら若い時に連れ立って娼館にでも行って女遊びをしているものだ。43歳まで女の体を知らないなんて嘘である。
「嘘じゃない。この俺は正真正銘のスーパー童貞である!」
(おーい、そんな下の話を大声で叫ぶなよ!)
(スーパー童貞ってなんだよ!)
(男は30歳超えて童貞だと魔法使いになると言われているが、おっさん43才だろ。大賢者様じゃないか!)
部下の兵士やダリン子爵夫人の召使いたちが一斉にこっちを見る。
ケントことケイトは恥ずかしくてうつ向いてしまった。
その仕草にまたしてもバーモント隊長は心臓を射抜かれてしまった。片膝をついて頭を垂れる。
「ケイト殿、お前は俺の運命の人だ」
(う、運命の人って……そんなわけないやろ!)
絶対に運命ではない。
ケイトはケント王子で男だ。
女装した男に惚れるとは、このおっさんも見る目がない。
「わたしは子爵夫人にお仕えしたばかりで、とても結婚なんて……」
ばれては元も子もないので、ケイトは可愛らしくそう断ろうとしたが、それでも隊長はあきらめきれないらしい。
「これからカリフへ行くのだろう。実は俺も1週間後に部署替えでカリフ派遣軍に編入される。どうだろう、そこでデートしないか。カリフは以前に駐屯していたからよく知っているのだ。美味しいレストランもいくつも知っている。どうだ、頼む、このバーモント、お前に惚れたのだ。チャンスをくれないか?」
もう必死でケイトの両手を握る。ここぞとばかりに押しに押す。
(おいおい……)
このままではずっと手を離さなそうだ。子爵夫人の方をちらりと見てもニコニコと笑っているだけである。
(仕方がない……)
「分かりました。それではカリフでお茶をご一緒しましょう」
そうケントは適当にそう答えた。嘘の約束である。どうせこの先の森で子爵夫人たちとは別れる。カリフにはしばらく行かないし、その時には女装のケイトはいない。
「隊長、荷物の再チェックをお願いします」
部下にそう言われてバーモントはようやくケントの手を離した。どうやら、子爵夫人の骨とう品を確認するらしい。
(やばい……ニケのことがばれなければよいのだが)
ニケは子爵夫人の骨とう品と一緒に並んでいる。荷馬車の中で座っていれば、骨とう品の鎧にしか見えないはずだ。
「実はあれなのですが……」
小隊長を呼んだ兵士は荷馬車の奥の鎧を指さした。ニケが座っている。ケントと夫人以外にはただの鎧にしか見えない。
「動いたのです……わずかですが」
そう兵士は恐ろしそうにそう話した。
(ニ、ニケの奴、さては居眠りしているな……)
ケントはそう思った。わずかだが寝息が聞こえる。外の兵士たちの声で聞こえにくいが、鎧の中身はニケだと知っているケントにはわずかな音が確認できる。
居眠りしていたニケが何かの拍子に手でも動かしたのであろう。寝返りをしなくてよかったとは思うが、座った体制ではそれもできなかったのが幸いした。
「動いただと……。確か手配書の一人は鉄鎧を着ているとあったな」
「はい。もしやと思い、隊長を呼んだのです」
兵士はそう答えた。鉄鎧の人物は追っての兵士を撃退し、凄腕の暗殺者を4人倒しているとの噂もあったから、この兵士は用心したのであろう。自分で調べることはしなかった。
その会話を聞いていたケントは焦る。このまま、ニケが調べられれば骨董品に化けていたのがばれてしまう。
ニケの正体が明かされれば、自分の変装もばれてしまうかもしれない。




