第14話 仮病
バーモントは腰から剣を抜き、それでつんつんとニケを突っついた。
もし、ぐさりと刺そうとしたら、きっと魔法の鎧の自動防御システムが作動して、反撃を開始するだろう。そうなれば正体がばれてしまう。
ニケは相変わらず寝ている。いびきはかいていないが、いつ体を動かしても不思議ではない。鎧が重いので簡単には動かせないのだろうが。
もし、指でも動かしたら完全にアウトだ。何とか起こして意識させないとばれるのも時間の問題だ。
(し、仕方がない……ここは色仕掛けで……)
ケントは腹を括った。ケントではなく、ケイトとして場をしのぐ。
「はああん……」
ちょっと卑猥な声を出してお腹を手で押さえてケイトはうずくまった。バーモントは一目ぼれした女の声に反応する。
「ど、どうなされた、ケイト殿」
「む、お腹が急に苦しくなったのです……ああ……隊長さん、お願いです。さ、さすってくださいますう~……」
精一杯色っぽくそうケイトは懇願した。
「ケ、ケイト殿、大丈夫か」
そういうとバーモントはお腹を優しくさする。
「ああ……いいです。あ、もっと優しくお願いします……」
もうやけくそでケイトはバーモントの注意をそらす。バーモントも取り調べはそっちののけでケイトの介抱に集中する。
「隊長、鎧の取り調べは?」
部下が見かねてそう言ったが、バーモントにとってはケイトの方が優先だ。
「そんなもの、ただの鎧だ。お前たちは帰る準備をしろ。この一行はただの貴族の旅行だ」
「は、はい!」
兵士は敬礼した。侍女を抱きかかえて、お腹をさすっている隊長の気持ちを察して、早々に退散する。
(よ、よかった~)
ケイトは仮病の苦痛に顔をしかめながら、心の中で安堵した。ここで騒ぎを起こしたくはない。
「ケイト殿、具合はどうだ」
「はい、隊長様のおかげで楽になりました」
しばらくバーモント隊長に介抱をさせた後、ケイトはそうお礼を言った。サービスに片目を閉じて可愛く振舞う。
バーモントは名残惜しそうにケイトの体から離れた。
「隊長、準備が整いました」
「お、おう……」
バーモントは、名残惜しそうにケイトから視線を外した。
ケイトはバーモントから解放されてほっとする。お腹を優しくさすってはくれたが、いつ他のところを触ってくるかドキドキしていた。
胸とか股間を触られたら一発でアウトだ。胸は詰め物、股間にはあってはならないものがある。
(こいつ意外と紳士だったな……)
ケントなら絶対に相手が美女ならおいたをしていると思う。
バーモントは敬礼をした。そして後ろに用意された馬に乗ろうとする。
(な、白馬じゃないか!)
驚いたことにバーモント隊長は白馬に乗っている。
(このおっさん、5年前にカリフに駐在していたと言っていた。だが、年齢からこのおっさんが白馬の王子様であるわけがない)
しかし、5年前にカリフに駐在していたのなら、同じ白馬に乗っていた士官を知っているかもしれない。
「あの、バーモント様……」
ケントは恥ずかしそうにもじもじしながら、馬に乗ろうとしているバーモントに近づいた。
「隊長様は5年前にも白い馬に乗っていらしたのですか?」
我ながら変なことを聞いているとケントは思ったが、恋に落ちたおっさんは話しかけられて顔がほころぶ。
「いや、この馬は2年前に購入したのだ。白い馬は高いから買うのに苦労した」
「そうですか……」
(やっぱり……)とケントは思った。ニケの王子様でないことは最初から分かっていたが、今は手がかりが少しでも欲しい。
「この馬を買おうと思ったのは5年前にカリフにいた時に、白馬に乗った少年を見たからだ」
「えっ!?」
思いがけない展開だ。ケイトの驚いた顔を見たバーモントは顔をほころばせた。これはきっかけを掴んだという顔だ。
「白馬の少年が気になるか……ああ、残念だがもう俺は行かないといけない」
中年のおっさんは駆け引きに出た。白馬に乗った少年の話を聞きたければ、次の機会にということだ。
ここで次の約束を取らないと次はないと言う並々ならぬ決意がある。
(くそっ……)
ケイトの中のケントは悪態をついた。自分が王子だった時に散々使ってきたテクニックだ。相手が食いついてきたら、少し引く。引いて向こうから約束をさせることが次につながる。
43年間彼女ナシの童貞おっさんにしては最善策を取っている。
「あ、あのバーモント様……私たちはカリフへ到着してから3か月滞在する予定です。バーモント様が着任して落ち着いたら、中央広場の噴水前に昼の3時でどうでしょうか?」
仕方ないので、ケントはそう約束した。バーモントに会って、その少年がニケの言っていた白馬の王子様かどうか確かめるのだ。年齢から言ってもその少年は王子様である可能性が高い。
言われたバーモント准尉はものすごい笑顔になった。ケイトの頬に右手を当てた。その手を滑らして首にかけていたペンダントを触った。
吉音から貸してもらったペンダントだ。地味なもので侍女姿にはぴったりであったが、ケイトが身に着けていると高価なものにみえる。
「その時までにこのペンダントは預かっておこう」
そう言うとバーモントは首飾りを外した。約束を反故にしないように人質に取ったのだ。
(な、こいつ、やりよる!)
よく考えるとゲスなやり方である。しかしこの手はケントもよくやった。ケントの場合は後日のデート時にアクセサリーを返すと同時にもっと豪華なものをサプライズプレゼントした。
今から考えれば痛い行動だ。女性の立場からすると実に失礼だ。
「そ、それは……大切な……」
「大丈夫だ。ケイト殿がちゃんと約束を守れば返す」
ペンダントが高価そうに見えないことが逆効果であった。
「わ、分かりました」
まさか自分の侍従の大切な形見のペンダントとは言えない。他の嘘をつくにも機会を逃した。
「ありがとう、ケイト殿。それでは来月の10日。昼の3時に会おう。約束だぞ。」
マントを翻すと颯爽と馬を走らせ、小隊の兵士たちと共に去って行った。
(あああ~っ。吉音に借りた大切なペンダントが……)
約束を守ってデートすれば返してもらえるとはいえ、吉音には申し訳ないことになった。
(仕方がない。これはニケのため。王子様が分かれば俺のためにもなる)
兵士たちが去って、ケントはニケに近づいた。
「ニケ、起きろ、ニケ」
「むにゃむにゃ……あ、ケント様。森に着いたのですか?」
やっぱり寝ていたようだ。兜の面が上がり、大きく光る赤い目できょろきょろとあたりを見回している。
「危なく兵士たちにばれるところだったぞ」
「はあ……」
「はあ、じゃねえ。いくら暇でも異変を感じたら起きろよ」
「だって、荷馬車は振動が気持ちよくて……」
ケントは何だかそんなことを言うニケが可愛く思ってしまった。兜の面から見える大きな2つの赤い目だけ見ると不気味ではあるが。
「まあいい。それより、ニケ。手がかりを掴んだぞ。さっき臨検にきた小隊の隊長。5年目にカリフに駐在していたそうだ。そして愛馬は白馬」
「白馬……じゃ、じゃあ王子様!?」
「いや、隊長は中年のおっさんだから違う。しかし、どうやら奴は白馬の王子様のことを知っていそうなのだ」
ケントはバーモントとのやりとりをニケに説明する。
「ケント様、お手柄です。それはかなり有力な手掛かりになりそうです。これでわたしの王子様が見つかる可能性が出てきました」
ニケの声が華やいだ。捜している白馬の王子様の手がかりが見つかったのだ。ケントは何だかそんなニケを見ていると心がもやもやする。
「とりあえず、無事にノースサンドリアに帰国してからだ。あと2時間ほどでドリスの森だ。準備しておけよ」
ケントはそう言った。この窮屈で恥ずかしい侍女姿もあと2時間だ。




