第12話 ゴリ隊長バーモント
(やばい……ばれたか?)
ケントは内心ドキッとした。王都を出る時は想像以上にスムーズに出られた。一般人の荷物検査や人物と旅券の検査は徹底的に行われていたが、子爵夫人の馬車は通り一遍の検査で終わった。
ケントも偽の旅券と顔を見られたが、問題なく通してくれた。鎧姿のニケはじっと座っていただけで骨董品と認定されてスルーであった。
やがて騎兵小隊は追いつき、馬車を止めるように命令した。
「奥様、警備隊が荷物の検査と旅券の確認がしたいと申しております」
そう子爵夫人の家令が報告に来た。兵士にうながされて使用人たちはみんな馬車の外に出ている。
「やれやれ、ご苦労なこと……」
ダリン子爵夫人は拒否することもなく、ごく自然に馬車のドアを開けた。外には隊長らしき人物が敬礼して待っていた。
「バーモント准尉であります」
そう名乗ったのは髭面のくたびれた中年男。この歳で士官の最下層である准尉ということは、兵士からのたたき上げと決まっている。
「旅券を拝見します」
無骨ながらも荒っぽさを封印し、そう丁寧に子爵夫人に旅券を見せるように言って来た。貴族に対して無礼を働くと、後でどんなペナルティを受けるか警戒しているのであろう。
「はい、これは私のですわ。ケイト、あなたも出しなさい」
子爵夫人はそう言って旅券を差し出すと片目を閉じた。ケントはばれないか心臓がどきどきしていたが、夫人の余裕の態度をみて少し落ち着いた。
夫人の後に旅券を差し出す。もちろんバッジョ男爵が用意した偽旅券だ。
「ふん、ケイト・アローン……ダリン子爵家の侍女か……なるほど」
准尉はぎろりと鋭い目でケントをにらむ。何か感じ取ったようだ。
(やばい……男とばれたか?)
ケントの容貌は可憐な美女。地味なメイド服を着ていてもその美しさは隠せない。あまり美人過ぎると目立つからやめろと言ったが、吉音がその方が返ってばれないと言い張って変装させたのだ。
当の本人は別ルートで王都を脱出しているからここにはいない。
(ここでばれたら最悪だ……)
連れ戻されるのも最悪だが女に化けていたことがばれるのも最悪だ。恐らく、全兵士に笑われた挙句、連れ戻された都でも笑われる。
(こうなったらケイトになり切るしかない)
ケントは覚悟を決めた。ここからはケイト。全身全霊で可憐な美女になりきる。
准尉は180cmを越える大きな男だ。胸板も厚く、まさに前線で体を張っていることを象徴する鍛えられたものだ。
顔は頬から顎、そして鼻の下まで髭が生えており、手の甲にも生える体毛もある。まるで熊さんのような毛深い男だ。思わずケイトの背中に冷たいものが走る。
ケイトの転生前の日本では明らかに女性に毛嫌いされる容姿だ。現代日本では毛が無いツルツル男子の方が『清潔』ともてはやされているのだ。ハイジ男子なんて言葉もあるくらいだ。
加えて准尉の顔はというと頬骨が出っ張り、眼光も鋭く、野性味があふれる顔。悪く言えば森の王者ゴリラ様である。たくましいがイケメンではない。
ケントが化けている侍女のケイトも女性にしては170cm超えの背が高い美女。だが准尉と並ぶと身長の高さは気にならない。
「あのゴリ……じゃなかった素敵な隊長さん、お鬚に糸くずがついていますわ」
ケントことケイトはにっこり笑うとハンカチを取り出し、そっとゴリラ隊長のあごひげを拭く。自然な動作にごついゴリラ隊長は固まる。
男とばれないように積極的に女らしい気遣いを披露した。目立たないように隠れるよりもこうやって一歩踏み出た方がばれないとの判断だ。
「お、お前……歳はいくつだ?」
ゴリラ隊長はケイトの顔をじっと見て、思い切ったように歳を聞いてきた。旅券を見れば生まれ年は分かるから、年齢は分かるのだが聞いてきたのはコミュニケーションを取りたいからだろう。
ケイトの偽りの年齢は20歳。ケントの年齢から2歳ほどサバを読んだ。
「20歳です……」
できるだけかわいい声でケイトは答えた。元々、声質は高く小さな声で話せば男とは思われない自信はある。
「ほう……いいな……声も可愛い……お前は俺が怖くないのか?」
「怖い?」
ケイトはきょとんと首を傾げた。自分でもぶりっ子しているとケントは自覚している。
(ここは演技だ、ここは舞台だ!)
自分に言い聞かせてケイトは続ける。
「隊長さんはたくましくていいと思います。何だか見た目よりも優しそうですし、それに男らしい人は好きですわ」
ケイトはそう言ってから言葉を間違えたと後悔した。「女の子は……」という主語を言い忘れたので、自分が好きだと誤解されてしまう言い方になってしまった。こんな言葉を若い女の子から言われたら、中年おっさんは誤解する。
「ケ、ケイト殿……いい……」
そんなことを言って武骨な准尉はケントに顔を近づけた。
野性味あふれるゴリラ顔だがまるで子ゴリラを慈しむ表情だ。




