第7話 バステト米の美味しい食べ方
ケントは準備に取りかかった。まずはカリフに会社の出張所を設ける。ここはバステト米やノースサンドリア産の木材を取引する窓口になる。
そして株式の発行。最初に1株1ディナールで100万株の発行することにした。ちなみに40万株を別に発行し、株主をノースサンドリア公国とした。
株式会社の経営方針は、保有する株の数に左右される。過半数以上をもっていないと乗っ取られることもあるからだ。
それに会社が大きくなれば、ただの紙切れが莫大な利益を生む。創業者が大金もちになる仕組みだ。
「100株単位で買うということは、投資する人間を1万人も集めるズラ?」
「投資できれば誰でもいいが、小口投資の人間をそんなに集める必要はない。要は大口の客をいかに集めるかだな」
ケントはそう答えた。投資する人間を1万人も集められるわけがない。
そう考えると今度の投資説明会は大きなターニングポイントとなる。
ラクロア子爵は、友人や知人だけでなく、カリフの商工組合や銀行まで声をかけた。それぞれが様々な思いをもってやって来ることになった。
準備は1週間を要した。その間に株式発行の準備と説明会場の準備。バステト米の試食の準備を行う。
「主様、米はわざわざニケの実家の倉庫から取り寄せたズラが、どうしてズラ?」
米の取り寄せの指示で、ケントがわざわざ米の保管場所の指定までしたので、不思議に思った吉音がそう聞いた。
「米は生鮮食品だ。秋に収穫された米はだんだん劣化していく。夏あたりだとかなり味が落ちる。今はそこまでではないが、やはり保管場所によって味が落ちるのだ。ニケの実家には氷室があった。そこで米をもみのまま保管していた。あれが一番うまい」
そうケントは答えた。一般的なバステト族は精米した米を壺に入れて保管する。常温なので米の鮮度は失われ、虫が付くこともあった。
「そんなものズラか……。確かにバステト米は美味しいズラが、大金を投資してくれるとは思えないズラ……」
吉音はそう疑問に思った。バステト米のうち、『猫の夢』と名付けられた品種は確かに美味しい。しかし、所詮は米だ。いつも食べている米がおいしいからと言って、3倍以上の値段で買うとは思えなかった。
「吉音、金持ちと言うのはそういうところにこだわるものだ。しかも、毎日食べるものだ。ブランドが確立できれば儲かる案件だ」
ケントはそう自信をもって話したが、これも試食会でかなりの反響を獲得してのことだ。米をどうやって食べさせるか、ケントは悩んだ。
(まずは炊き方だ……)
この世界の米の食べ方は鍋に入れて、スープで炊く。いわゆるパエリアのような作り方だ。肉や魚介類、野菜を入れて煮るのだ。
これはこれでうまいが、この場合だとバステト米である必要がない。米は肉や野菜から出たスープを吸ってしまい、米の味はあまり関係なくなるからだ。
「そこで俺はこうやって作る」
ケントは大きな窯を用意させた。戦場で料理を作る時に使う奴だ。これに米と水を入れて研ぐ。水はカリフ近郊の美味しいと評判の湧水を使う。
汚れや糠を洗い流すと、水に浸してから薪で炊く。この世界に転生してから、料理は一度もやっていないが、転生前にぼっちキャンプも趣味でやっていた。ごはんと炊くくらいはお手のものだ。
やがて、湯気が上がり、ぐつぐつと音がする。お窯の蓋が持ち上がり、泡が噴き出る。いい匂いがケントたちの鼻孔をくすぐる。
「どうだ、これは?」
ケントが炊きあがった窯の蓋を取った。湯気が上がり、白いご飯が公開される。一粒一粒の米が立ており、蒸気が抜けた穴が見える。上手に炊きあがった証拠だ。
ケントは特別に作らせた木のしゃもじで、ご飯をかきまぜて蒸らす。そして、ずっと見ていた吉音、ニケ、オトワに試食させる。
「相変わらず、美味しいズラ。しかも前よりもはるかに美味しいズラ!」
「これは美味しいです」
「……驚きました。これは別格です」
3人とも大絶賛である。吉音はこの炊き方を以前にケントから教わっていたので、過去に食べたことがある。しかし、それよりも米の質がいいから明らかに別格であった。
「よし、このやり方で出せば、きっと評判になる」
ケントも自信をもった。この世界に生まれ変わってから食べたご飯の中ではこれが一番だ。
「それにしても、前から思っていたズラが、主様が米の炊き方まで知っているとは驚いたズラ」
吉音がそう言った。長いこと従って来たから、この王子のアイデア豊富なことは知っていたが、その知識は料理まで網羅している。
「俺は天才だからな」
自分には転生前の記憶があるなどとは説明ができないので、そうケントは答えた。こういうところが嫌味臭い。
「ケント様、説明会ではこれをそのままお出しになるのですか?」
鉄鎧姿のニケがそう聞いた。試食のご飯をぺろりと食べてしまっての質問だ。相変わらず、兜は脱がない。
顎のパーツが開いて食事ができるのであるが、食べている途中でも顔は分からない。魔法の効果で闇に包まれているのだ。
「そのまま出すが……何かアイデアがあるのか?」
ケントはそう聞いた。この鎧姫が料理に関してアイデアがあるとは思えない。蛮族とはいえ、こんなブサイクな奴でも一応お姫様だから、料理なんかやったことがないはずだ。
「はい。よければ料理はわたしとオトワに任せていただけませんでしょうか。実はそのつもりでいくつか材料を手配しています」
そうニケは答えた。王子様捜しでケントに同行してきただけと思ったが、ケントの資金集めに協力するらしい。
「ニケ、お前……」
ケントはちょっと感激した。何しろ、ここまで自分だけで進めるしかなかった。自分の命令に従って動く者はいるが、ケントにアイデアを進言する者はいなかったのだ。
「主様、ニケ様に惚れたズラか?」
「姫様に不埒な行いは許しませんわ!」
ケントの反応を見て、吉音とオトワがそう反応する。
冗談ではない。自分に協力する姿に関心はしたが、そんな感情が湧くわけはない。相手は全身鎧の変人なのだ。
「バカを言うな。こんなブサイクな女など俺の眼中にはない」
「そうよ、オトワ。わたしには白馬の王子様がいるの。こんな軽薄な王子は願い下げよ。だけど、王子はわたしたちの国を豊かにするためにがんばっているの」
ケントとニケは互いにそう否定した。
順調に金を集められそうなケント……しかし、そんなに簡単ではありません。立ちはだかる敵が。




