第5話 投資家ラクロア子爵
ローランドに相談するとこの人の好い弟はすぐに調べた結果を教えてくれた。
それによると5年前の遠征軍が駐屯した時にカリフに存在した白馬は35頭であったことが分かった。
白馬は儀礼用に使う馬であるから、軍馬として使われているのはあまりない。軍馬の登録はわずか5頭。ちなみに5頭のうちの1頭はケントが所有する馬。
(俺は除外と……)
2頭は遠征軍の司令官の馬ということが分かった。
当時の司令官は60歳を超える老人。馬は馬車用に使われていたから、これも除外となる。
「残り2頭のうち、1頭はこのカリフの貴族、ラクロア子爵のもの。当時彼はリーグラードの騎兵中尉として参加していた。あと1頭はリーグラード第2軍所属の騎兵大尉のもの。名前はドレフィス。所属は東のバレンヌに駐屯している82竜騎兵小隊。戦争が終わった今もきっとそこで勤務していると思われる」
2人とも歳は20代半ばだからギリギリ年回りも合う。貴族出身だから小さい頃に幼年学校へ通っていただろう。これはかなりの有力情報だ。
「では、そのどちらかがわたしに声をかけてくれた相手ですか?」
落ち込んでいたニケが元気になる。憎たらしいほどの立ち直りの早さだ。ケントはこの切り替えの早さに感心するとともに、自分もあやかりたいと思った。
「まずはラクロア子爵ズラな?」
吉音がペラペラと報告書の紙をめくる。ラクロア子爵はこのカリフ在住で屋敷もここにある。
3年前は軍に籍を置いていたが、それは自分の経歴に箔付けするもので、今は本業の貿易業を営んでいるらしい。
「よし、ではラクロア子爵に会いに行こう」
ケントはニケを連れてラクロアに面会を求めた。
表向きはノースサンドリアとの貿易についてとした。まさか、鉄鎧姫を連れて行ってこいつが一目ぼれしたので引き取ってもらえませんかと言えない。
ローランドの仲介もあって、ラクロアとはすぐに面会ができた。場所はラクロア子爵の館。
これが驚くほど豪華な造りであった。貿易を営んでいるというから、その商売はかなり儲かっているらしい。
「これは、これは、ケント王子。よくいらっしゃいました」
ラクロア子爵はそうケントたちを出迎えた。ケントがリーグラードから追放されたことを知っているのに、他の貴族のように蔑むような態度がない。
それでもケントの後ろにいるニケを見て驚いた。
「ああ、こちらはニケ。バステト族の姫だ」
「……ああ、そうでしたか」
ラクロアはニケの鉄鎧姿を頭のてっぺんから足先まで見た。そしてうんうんと頷いた。
どうやらラクロアはケントがバステト族の姫と結婚するということも知っていたようだ。頷きながらもケントのことを憐れむような眼をした。
(おい、そんな目で見るな。今からお前にこいつを押し付けるからな。不用意に純真な娘に声をかけた罪をあがなえ!)
心の中でケントはそう叫んだ。
「実は相談の前に少し聞きたいことがあるのだ」
ケントは一つ咳払いをした。
「ラクロア子爵はクロービスの幼年学校に通っていたか?」
「……はい。8歳から12歳まで通っていましたが。この国の貴族なら普通は通うかと……」
「失礼ながら子爵の年齢は?」
「はあ……27歳です」
(んん……年齢が合わないか……だが、幼年学校の男子は別人かもしれない)
ケントは少し落胆したがもっとも重要なことを聞く。
「子爵は3年前にリーグラード軍に所属していたそうだが間違いないか?」
「はい。当時はリーグラード第3軍に所属していました。騎兵中尉として部隊を率いてアルトリアとの戦線に出ていました」
「所有する馬は白馬と聞いたが……」
「ええ。軍馬は2頭所有していました。白馬はその1頭です」
(よしよし、順調……)
ケントは内心でほくそ笑んだ。どうやらニケに声をかけた人物である可能性が高い。
ケントは後ろで聞いているニケをちらりと見る。ニケも話を聞いて期待しているようだ。両手を合わせてくねくねしている。ごつい鉄鎧姿でこれをやられても滑稽としか思えない。
(それにしてもニケの奴、直接に顔を見ても思い出せないのかよ)
いくら恥ずかしくて顔が見えなかったにしても、雰囲気とかで思い出せそうなものである。
「少し突っ込んだ話をするが……子爵はこのカリフで兵士に囲まれて困っていた娘を助けたことはあるか?」
ケントはそうずばりと聞いた。あると答えれば、ほぼ決定である。この後、変な鎧女をどう押し付けるかのアイデアはないが、第1段階クリアとなる。
「はあ?」
ラクロア子爵は首を傾げた。3年も前の話だ。そんなことは覚えていなくても仕方がない。
「王子が何を聞きたいのか分かりかねますが、私はその時、東の戦場にいました。白馬はここで登録しましたが、受け取りはクロービスでしたので白馬はカリフの地を踏んだことはないので、その人物は私ではありません」
「え、そうなのか?」
ラクロア子爵が嘘を言っているようには思えない。そうなると白馬の主は彼ではないということになる。
ニケはケントの後ろでうなだれた。鎧姿だからそのようには見えないが、ケントには分かった。
ようやく手掛かりをつかんだのにまた別人だったというのは、精神上ダメージは計り知れない。
ケントはニケの肩をこつこつと叩いて励ました。
「落ち込むなよ、ニケ。まだ手掛かりはある。バレンヌにいる騎兵中尉の可能性があるからな」
「……そうですよね。白馬に乗った男の人は絶対いたのですから、登録記録からその人の可能性が高まったと考えればいいのです」
落ち込んでいたと思われたニケは、ケントの言葉ですぐに立ち直った。この立ち直りの早さは見習いたいものだとケントは感心した。
「ニケ、いつものことだがお前のその立ち直りの早さには感心するなあ」
「ケント様、人間は常に前向きに考える方が幸せなのです。わたしはそういつも考えています」
「……なるほどなあ」
ニケの鎧姿をしげしげと見る。脱げない魔法の鎧に身を包んでいるのは未だに謎だが、年頃の娘がこんな姿というのは異常である。ニケが望んでのことではないだろう。
バステト族始まって以来のブサイクと評判のニケのことだから、こんな鎧を着て真の姿を隠していると思ってはいるが、その境遇の割に暗いところがない。
その白馬の王子様が希望を与えているからこその心の強さなのであろう。
(恋する乙女は強いと言うが……鉄壁の防御力を誇る鎧は心も鉄壁にしている)
もうオトワとカリフの町での買い物の話題で話しているニケのあっけらかんとした姿にケントも何だか心が励まされる。
しかし、現実的にはニケは立ち直ったがケントの方の金の問題は解決していない。ラクロア子爵はそっちの方の相談だと思っていたらしく、ケントが何か話すのを待っているようだ。
ケントはラクロア子爵の顔を見て、急にアイデアが湧いてきた。子爵はカリフの町で投資して生活をしていると聞く。そういう投資家はこのカリフには数多くいるのだ。そして庶民ですら投資に関心があるのがこの土地ならではなのだ。
(そうだ……借金ではなく、投資という点で攻めれば乗ってくるかもしれない)
ケントの心に一筋の光が差した。




