第4話 ニケとデート
「借入金100万ディナールを10年返済。利率は年4%……これが通らないとは」
知らせを聞いたケントはがっくりと肩を落とした。この条件でもかなり返済は厳しい。これ以上の利率を上げるのは不可能であった。
「米の生産が回復したとしても5万石。お金にして10万ディナールもないのです。返済不可と判断されてもおかしくはないでしょう」
ローランドはそう分析した。確かに利息の支払いだけで年4万ディナールにもなる。
それに津波によるアヌビス族の土地の被害の状況も伝わってきている。どう考えても国家破産の可能性が大きい。そんな国に金を貸すバカはいないだろう。
それでもケントは米以外にも産業は起こす予定だし、米の石高も生産量以上に収益を生む方法を考えている。
(だが……それを全て明らかにするにはリスクがある)
カリフ戦略会議にかけるということは、全てが公になるということだ。ケントのアイデアが盗まれる可能性もある。
(うううう……金が借りられないと復興もできん)
インフラ整備に新たな産業を興す資金。それがないと貧しい領地のままである。
(主様もニケ様も八方ふさがりズラ……)
吉音は部屋で頭を抱えているケントと反対方向の床でうずくまって頭を抱えているニケを見ている。
ニケもオトワと共に精力的に聞き込みをしていたが、自分に声をかけてくれた白馬の王子様の情報は全く得られなかった。
ニケについては吉音もある程度は予想していた。5年も前の遠征軍の士官のことなど覚えているものはそう多くはない。
兵士たちが出入りする酒場で得た情報では、そういう男は何人もいたが名前や所属までは知らないというのがほとんどであった。
「主様もニケ様も気晴らしに町を散歩してくるズラ」
そう吉音はケントに促した。辛気臭い2人が部屋にいるのが従者として耐えられなかったからだが、この言葉は意外にも2人の心に響いた。
散歩していた方が嫌なことは忘れるし、他にアイデアが出るかもしれないと思ったからだ。
吉音は心配するオトワを説得して、ケントとニケを町に送り出した。
ガチャガチャ……。
鉄鎧姿のニケが歩くたびに鎧のパーツが互いのあたり複雑な音を出す。町の人々はニケを見ると思わず二度見する。
おかげでケントは目立たない。目立たないが一緒に歩いていると連れと思われて恥ずかしい。
「なあニケ。腹が減らないか?」
ちょうど歩いているところが屋台街に近いところ。夕飯時でケントのお腹は減っていた。
ニケのお腹は寸胴鎧で見えないから満腹なのか減っているのかは分からない。
「わたしもお腹は空いています。けれど王子様がこんな庶民の屋台で食事をなさるのですか?」
そんなことをニケは聞いてきた。ニケも蛮族とはいえお姫様。こんな屋台で食べ物を食べる経験はなかっただろう。
「構わんさ。今は貧乏領主だ。それに遠征で庶民の食べ物はよく食べている。あの鶏肉の吊り下げてあるのは、チキンライスの店だ。あそこは魚肉を団子にしたスープ麺。何が食べたい?」
「……スープ麺でいいわ」
「そこのテーブルで座っていろ。俺が注文して来る」
全身鎧のニケが屋台で注文したら、ますます注目を集めてしまう。
ケントは自ら注文に赴いた。カリフの屋台はまず注文し、テーブルで座って待っているというシステムだ。
料理ができると屋台付きの小僧が料理を運んでくるから、そこで料金を払う。
ケントは魚のすり身団子が入ったスープヌードルと自分用にチキンライスを注文した。それにエビを串に差して焼いたものに果物を各種切った皿盛りものだ。
「はい」
料理が運ばれてくるとニケがテーブルに銅貨3枚を置いた。
「なんだ、これは?」
「料理の代金です。全部で銅貨で6枚でしょ。半分出します」
「そんなのいい。俺のおごりだ」
いくら金に困っているとはいえ、屋台の食べ物代を出せない程ではない。それにケントは王子だ。今まで付き合った女性にデートで金を出させたことはない。
(いや、転生前でも出したことはないなあ……)
不意に転生前の記憶が蘇った。お見合いクラブの記憶だ。
デートを約束した30代の女が自分で予約した高級割烹の店で食事代を出したことがある。
1人3万円の食事代だった。
女は食事を終えて別れ際にこう言った。
「あなたとは合わないようです。お見合いはお断りします」
結局、その女は高級割烹店で食事したいだけであったのだ。ケントは体の良いATM扱いされただけであった。
嫌な記憶を思い出してしまったケント。思えば転生前の自分は女性に対して幻滅していた。
(それに比べて目の前の鎧女はどうだ……)
目の前の屋台の食事。庶民が食べる安い料理だ。ニケの注文したスープヌードルは銅貨3枚。日本円なら300円程度だ。
それを割り勘にしようと申し出て、実際にお金を払ったのだ。
「いや、食事代を出すのは男の務めだ」
そうケントは言ったが鎧姿のニケに言うのは何だか変な感じがする。まるでこのごつい鎧人間とデートしているみたいだ。
「いいえ。あなたと私は形上婚約していますが、実際は赤の他人です。おごってもらう理由がありません。それにたとえ付き合っていても、結婚もしていないのならば割り勘が当然です」
ニケはそうはっきりと言った。そしてもう話すのは面倒だとスープヌードルを食べだした。そう言う態度を取られてはもうケントも諦めるしかない。
相変わらず、口元を覆うガードを外すが真っ暗で口が見えない。スープヌードルだけがずるずると消えて行く。
ケントもスプーンとフォークでチキンライスを口に運ぶ。何だか変な気分だ。
「なあ、ニケ」
「何ですか?」
食事しながらケントはニケに提案した。
「ニケ、お前が捜している王子様を見つける手がかりを思いついた」
麺をすするニケを見て思いついたことだ。
「この土地に来た遠征軍の記録を調べればいい。カリフの行政府に残っているはずだ。それに馬の所有記録とか……調べれば」
カリフはリーグラード内でも自治が認められた場所だ。領地の境目には検問所があり、そこで荷物のチェックや、入国した記録を付ける。
5年前の遠征軍が町へ入ってくるにあたって、同じようにチェックはされて記録は残っている可能性がある。
また、リーグラードでは馬の所有には税金がかかる。そのため、馬の所有者は役所に記録され、馬の種類も詳細に調査されていた。その記録を見れば、白い馬の所有者も分かるかもしれない。
「……そうですね」
ケントに言われてニケの声が明るくなったようだ。
「……よし、そうならすぐにカリフの行政府には弟のローランドを通じて掛け合ってみよう」
そうケントは約束した。資金調達の目途が立っていない状況ではあったが、ニケの王子様捜しで少しは気を紛らわそうと思ったのだ。




