第3話 カリフ領主ローランド王子
カリフの領主ローランド王子の屋敷は町を見下ろす小高い丘の上にあった。
裕福な都市国家の領主の屋敷らしく、規模は小さいがリーグラードの王城に匹敵する豪華さがある。
ケントの山城とは雲泥の差だ。
ただ、ここへ来るまでに同様の屋敷はいくつもあり、それは大商人の邸宅であった。この都市国家の複雑な政治構造が垣間見える。
「ケント兄さま、お久しぶりです」
屋敷に着くとローランド王子が自ら迎えに出ていた。
ケントが乗ってきたのは町の辻馬車。貧相な馬と馬車が豪華な屋敷とあまりに不釣り合いで、ケントは恥ずかしくなったが、返って自分の置かれた立場をアピールできる。
ローランド王子はボロ馬車を見ても引く様子はなく、ケントと吉音を屋敷の中へと案内した。
「ローランド、率直にお願いする。俺の国に投資をしてくれ」
金を貸してくれとはケントは言わなかった。プライドもあったが、個人で借りるわけではない。それに借りた金は民のために使うのだ。
「なるほど……。それでいくらくらいですか?」
さらりとローランド王子は金額を聞いてきた。13歳の少年にふさわしく屈託のない笑顔である。
「100万ディナールだ」
「100万ですか……」
ローランドはケントの言葉に黙り込んだ。
予想はしていたが、いくら裕福なカリフ都市国家でも、簡単に同意できる金額ではないのであろう。
「どうだ。もちろん、期限は10年。利率は年に1%。国家間の約束だ。このくらいの低利でいいだろう」
ケントはそう条件を付けた。利率1%はかなりの低利だ。民間の貸し借りでは10%程度が相場である。国家間では様々な条件の下でそれより低利なことはあるにはある。
「兄さま、このカリフは金融で成り立っている国です。いくら兄さまの国でもそんな低利な利率では、議会の承認が得られないですよ」
商業都市カリフの政治は、月に1度開催される商人たちによる会議。通称カリフ戦略会議で決定される。
領主であるローランド王子はこの会議を招集するのであるが、権限はそれだけ。いわゆる象徴的な役割に過ぎない。
ここに着任してまだ3か月に過ぎないのに、この13歳の少年はこの地の仕組みを深く理解している。
弟ならうまく丸め込んで安い利子で金を借りようとしたケントは、自分が甘いことに気が付いた。
「議会の承認など……領主のお前が言えば決まるのではないか?」
「いいえ。このカリフでは30人の商人による戦略会議の議決が全てに優先します。僕はそれを承認するだけなのです。もちろん、意向は言えますが、儲けにつながらないような案件は領主の意見でもとおりません」
そうローランドは説明した。そして融資に必要な書類を上げる。それを提出して審査を行い、通ったものが議会で承認されるのだ。
「書類については手伝います。ただ、やはり、現実的な条件を出さなければ書類で落とされるだけです」
「現実的?」
「はい。兄さまのノースサンドリア地方の収益からすると、投資はかなりリスクがあります。よほどの担保がなければ利子を相当上げないと融資はおりませんよ。特に100万ディナールという大金では」
普通は少しずつ融資を受け、完済の実績を積んでからということになる。初めての融資でこれだけの金額を借りるのは不可能である。
「そこを何とかならないか……。資金がなければ国の経営ができないことくらいお前も分かるだろう」
ケントはそう言った。ローランドは有力商人の娘を母にもったせいか、金融の世界に興味をもっていた。王子が学ぶ帝王学でも財務や商業、ファイナンスなどの学問の成績はよかったと聞いている。
「それは分かります。ですが兄さま。ノースサンドリアの北部地域、アヌビス族が住むところは先日、地震と津波で壊滅的な打撃を受けたと聞いています」
さすが商人が支配するカリフの町である。そういう国内外の情報はすぐに集まってくる体制ができている。
そういう意味ではケントのノースサンドリアは、全く情報が入らない。情報は金なりというが、今のままでは金もうけどころか、だまされる方になってしまう。
(近いうちにこのカリフや兄上の国に大使館を置いて情報収集をしないといけない……)
ケントはそう強く思った。
「ああ、壊滅した町を復興するのに金がかかる。だがな、ローランド。元に戻すことはしない。この状況をプラスに変えるつもりだ」
「どういうことですか?」
ローランドはケントの考えが分からないようだ。商人的なものの見方をすれば、災害は負の要素でしかない。復興は0に戻すだけの儲けにはつながらないと考えるのが普通である。
「あの土地が貧しいのは、古い因習にとらわれて発展する可能性が摘まれているところだ。特にアヌビス族の土地はその傾向が強い。しかし、あの地震と津波で町は破壊されたが、同時に古い因習も雑然とした町もなくなった」
ケントのプラス思考は、この世界ではかなり稀有なものであった。ローランドは少年ながら、ケントの考えが理解できた。
「なるほど……ですが兄さま。このカリフも古い因習にとらわれたところです。兄さまの領地経営はきっと理解されないでしょう」
ローランドの予想は当たった。ケントの作成した申請書は、書類審査の段階で却下されて、カリフ戦略会議にかけられることすらなかったのだ。




