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第15話 間一髪

「逃げろ、少しでも高いところへ逃げろ!」


 ケントは走る。連れてきた兵士も走る。海の水は走るケントたちの足まで侵食してきた。まだ、足の裏を濡らす程度だから走れる。


 しかし、後方を走る50人ほどのところまではすでに足首まで達していた。ニケたちがいる丘までは2キロほどもある。幸い、坂道に達したので侵食する海水の勢いが鈍化する。


「ケント王子、町が……」


 チョウジが振り返ってそう叫んだ。ケントも子どもをおぶったまま見る。

 津波の第一波が町を埋め尽くしていた。どうやら高さは3~5mほどであったので、まだ大きな家の屋根は水没していない。

 押し寄せた勢いと引き戻る力で建物を破壊しているが、屋根は見える。

 中には屋根に上って難を逃れた者もちらほら見える。逃げなかった連中だろう。きっとジロウタたちもいる。


(だが、津波は次々と来る……)


 すでに第2波の黒い壁が見える。今度は10mをはるかに超えている。今、ここにいない人間は確実に死ぬし、ここにいる者も早くもっと高いところへ行かないと死ぬ。


「休むな、心臓が破れるまで走れ、とにかく走れ!」


 ケントは叫んだ。住民も必死である。


 津波の第2波が町を飲み込んだ時には、ケントたちは何とか丘にたどり着いた。海水はもうすぐ近くまで来ている。


「はあ……はあ……」


 平地からここまで3キロ近くはあった。20分も走り続けた。ケントは子どもを背負い、両手に2人の子どもを抱えて走ったからなおさらだ。

 超人的な働きをしたと自分で自分をほめてやりたいくらいだ。


「ケント様、よくがんばりました」


 そう声をかけてくれたのは鎧姿のニケ。

 丘は逃げてきた人間とここでケガの治療をしていた人間でごったがえしている。

 人数にして500人はひきしめあっている。

 ケントが誘導した住人も後方の何十人かは津波に飲まれたようだが、何とか津波にさらわれずにここまでたどりついた。奇跡といってよい。


 しかし、もう少しで全滅だった。本当に間一髪であった。逃げるのが1分でも遅ければ、後方の何人かは死んでいただろう。


(だが……)


 ケントは疲れた体に鞭打って立ち上がる。立ち上がらねばここで死ぬ。


「ニケ、ここも危ない。第3波が来る。すぐにここから逃げるのだ」


 山には赤い旗が3枚翻る。

 それは3回目の津波の到来を告げていた。

 今度のはさらに大きい。海抜20m程度のこの丘では飲み込まれる。


「逃げろ、次は最大の奴が来る!」


 すでに2つの津波で町は完全に崩壊していた。大半は海に沈み、引き潮に乗って沖へと流されていく。

 船も家も破壊され、ごった煮状態で波に漂っている。

 丘にいた重傷者はすでにニケの指示で山へと運ばれていた、ここにいるのは軽症者200名とケントとチョウジが連れてきた300人ほどの避難民たちだ。

 

 ケントに言われて住民たちも疲れた体を奮い起こし、山へと逃げる。

 この丘からはっきり見える津波は巨大であった。

 みんな恐怖で顔が引きつる。


(だめだ……間に合わない)


 ケントはそう思った。500人のうち、何人かは呑み込まれるそう実感した。すさまじいスピードで津波は丘に迫ってくる。

 いつの間にか濁流が膝から太ももへと達する。そして腰へ……もはや走るどころではない。転倒しないよう踏ん張るしかできない。


(俺はここで死ぬのか?)


 ケントは死を覚悟した。一時は国の英雄として称えられたが、宰相の陰謀でへき地へ飛ばされ、そのへき地で津波に巻き込まれて死亡。


 絵にかいたような悲劇である。


(少なくとも……民衆を助けて死んだ英雄として祭ってもらおう……)

「ケント様、諦めないで!」


 ケントは右腕を掴まれたことに気が付いた。掴んだのは鋼鉄の手。

 ニケである。オトワと共に集団の先頭にいたはずのニケである。津波は集団の殿をしていたケントの腰まで達していた。周りに何人かは足を救われ転倒して水に流水にさらわれている。


 ニケはその中を柱のように微動だにしない。鎧の重さのおかげである。だが、津波は押し寄せる力もすごいが、引くときの力はもっとすごい。すべてを壊し、海へと運んでいく。

 足を救われれば、そのまま濁流の中に引きずり込まれる。


 ここまで運んできた家屋の残骸と共に水が引いて行く。


「うあああああっ~」


 ものすごい力で引っ張られるケント。ニケとつないでいる手がもげそうだ。


「ケント様、行きます!」

「え?」


 ケントは自分の体が水の中から飛び出し、空中に浮いているのに気付いた。ニケがケントをぶん投げたのだ。


(あ、ありねえええっ~)


 鉄鎧を着た変な奴だと思っていたが、加えてとんでもない馬鹿力の持ち主でもあった。ケントを片手で引っ張り上げ、そのまま山に向かって投げたのだ。

 大人一人を投げ飛ばすだけでもすごいのに、投げた距離がまたすごかった。

ケントが着地したのは、津波が到達していない100m先の斜面。藪の中である。


 生い茂った植物のおかげで着地時の衝撃は緩和された。枝で体中を擦りむいただけの軽傷で済んだのだ。

 正確に言えばニケとつないでいた右手首が骨折。右肩が脱臼していたが、津波に飲まれて死ぬよりはマシであった。


 ニケは引き波にも耐えて津波の来ない山まで避難できた。逃げ遅れた500名のうち、後方にいた50名ほどが命を落とした。ここにケントが入ってないのはニケのおかげである。


 津波はその後、6度も海岸線を襲い、アヌビス族の土地に壊滅的な打撃を与えたのであった。


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