第14話 老害
「組合長、海が変です。山へ逃げましょう!」
チョウジがそう呼びかける。ジロウタは屋敷に籠ったまま。そしてその周辺のジロウタに仕えている漁民とその家族たちも避難せずにとどまっている。
ジロウタが避難を禁止しているのだ。それは副組合長のゲンジと理事のトメキチも同じだ。
ここだけでもざっと500名近くの人間がとどまっている。中には避難したい気持ちがあるアヌビス人もいるが、生活の拠り所である船や網を貸し出すジロウタに逆らえない。
自分の船や網をもっている人間も漁業組合の許可証を取り上げられたら生きていけないのだ。
ケントは兵士たちと共に山から町に下り、避難を拒否している人々を説得してきた。そしてその本丸たる漁業組合本部とその隣にあるジロウタの屋敷の前に来ている。
「もうすぐ津波が来る。今すぐ逃げないと死ぬぞ」
ケントは大きな声で説得する。ジロウタだけでない。周辺の粗末な小屋でビクビクしている漁師やその家族にもだ。
屋敷の門が開き、ぞろぞろと人が出てきた。その先頭にいるのはジロウタだ。副組合長のゲンジとトメキチもいる。後ろの人間は家族と使用人たちだ。
「黙れ、だまそうとしてもそうはいかない。わしらを立ち退かせてその隙にこの地を占領しようというのだろう。その手には乗らない」
ジロウタが怒鳴る。怒りすぎて冷静な判断ができていない。
「そんなことするものか。それに先ほどの地面の揺れは地震だ。俺が起こしたわけではない」
「それに便乗しているのだろう。ここへ戻ってきたことが証拠だ。わしは動かんぞ。いいか、皆の者、山へ逃げた奴は一切、この海で働けないものと思え!」
そう言って他のアヌビス人を威嚇する。その怒鳴り声に逃げたいという気持ちも萎える。
「やい、爺。ではせめて、後ろにいる女子供は避難させろ」
ケントも売り言葉に買い言葉。自然と声がでかくなる。時間がないのだ。こんなことで時間を浪費したくはない。
「そうしてください。お孫さんや娘さんは万が一に備えて山へ避難させては」
そうチョウジが説得する。しかし、頑固じじいは怒鳴る。
「こんなことで津波など来るものか。わしの長い経験がそう言っている。お前たち若造に何が分かるか!」
ケントも頭に血が上る。もう一刻も猶予がない。町々を兵士たちが巡回している。逃げ遅れたものを山へ誘導したり、ケガをしたものを運んだりするが圧倒的に手が足りない。
「ケント様、山に赤い旗が……」
一人の兵士が指さした。ケントは山の中腹に翻る小さな赤い旗を見る。吉音に命令していたことだ。沖合に変化があれば、赤い旗を上げろと。
津波のスピードは速い。早くしないと確実に死ぬ。
「まずい、もう時間がない。これで最後だ。今、逃げなきゃ、お前らは死ぬぞ!」
そういうとケントは撤収を命じた。ここにこれ以上いると巻き添えになる。不安そうにこちらを見ている子どももいる。
(ちくしょう……)
ケントは走り寄るとその子どもを抱きかかえた。母親が血相を変えたが、ケントはにらんだ。
「子どもを親の意地だけで犠牲にするな!」
それがきっかけになった。ほとんどのものが、現状が危険であることを感じていたのだ。誰かが叫んだ。
「逃げろ!」
わあああああっ~。
堰を切ったように人々が逃げ出す。ケントは前を走って誘導する。まずは昔、津波を食い止めたと言う丘である。背中に子どもを背負い、両手に子どもの手を取って走る。
「馬鹿な、逃げるな、逃げる者は許さんぞ。海で働けなくしてやる!」
ジロウタは自分の屋敷からも逃げ出す人間を見て激怒するが、流れは変えられない。
「御前、海が……」
ジロウタの目に遠くの沖に壁のような黒いものが目に映った。
「あれはなんじゃ!?」
同じように屋敷に残ったゲンジもトメキチもそれを見た。あまりの衝撃に体が固まる。
「黒い壁がこっちへ来る!」




