第16話 魔法の鎧
「主様、間一髪だったズラ」
藪から救い出されたケントは、他の軽傷者と共に治療を受けて休んでいる。山から見える町はひどいありさまであるが、多くの人間は山へ逃げて助かった。
「ああ……ニケに助けてもらった……だが、ニケは……」
空中に放り投げられたときに目に入った光景をケントは思い出した。腰まで来た海水はさらに背の高さまで達した。鎧姿のニケが海水に飲み込まれた光景だ。
(おそらく……ニケは……)
ニケはケントを放り投げた後に津波に飲み込まれた。あの状況では助からないであろう。
ケントの心に少しだけ冷たい風が吹いたが、醜い鎧姿の女がいなくなったくらいで落ち込むような繊細な心はもっていない。
ケントはつくづく自分が心の冷たい奴だと自嘲した。これが美しい女で自分が恋焦がれるような存在ならこうではないだろう。
(本当に俺は落ちぶれても嫌な性格だ……いつからこうだったのだろう……)
この世界に転生してからは、要領よく生きてきた。ある意味計算で人とつきあっていた。
(転生前はどうだった?)
仕事中心の社会人の前。学生時代はどことなく、人に関心がなかった。そのせいか親しい友人もあまりいなかったし、もちろん、彼女もいなかった。
この世界で恵まれた立場になり、勢いで生きてきたがどこか心が満たされることもないのは変わらない。
アイリーン姫やマリアーノ姫のように深く付き合った異性もいるが、付き合って言うときはどこか冷めていた。失ってから初めて自分の心に気づく。
(ニケも変な奴だが、こうやっていなくなるとなんだか心がざわつく……)
「俺はニケの尊い犠牲のおかげで助かった。しかし、このノースサンドリアの民にとっては、俺が生き残ったことで希望という欠片を手にするだろう」
「はあ、主様は何をまぬけなことを言っているズラ?」
吉音は呆れてこのバカ王子を見た。同時に聞きなれた声が聞こえてくる。
「お粥の配給です。温かいお粥ですよ」
ニケである。
相変わらず、鉄鎧姿で竹の器にお粥を入れて配っている。炊き出しの手伝いをオトワとしているのだ。
異様な姿であるのに、周りの避難民は緊急事態だからか、ごく自然に受け入れている。どの被災者もニケに感謝しながら温かいお粥を受け取っている。
「はい、ケント様も」
ニケがお粥をもってきた。ケントが運んできた米で作ったお粥だ。アヌビス族への食糧支援で運んできたものが役立った。
「お、お前、あの状況でよく……」
ニケはケントの命の恩人である。身を犠牲にして助けてくれたのだ。てっきり津波に飲み込まれたのだと思っていた。
「大丈夫ですよ。私は重いですから」
どうやら鉄鎧のおかげで津波にさらわれなかったらしい。いくら鉄鎧でもせいぜい100キロ程度の重さでは意味のないはずだが。
(ニケ、やっぱりお前は男前だな)
「はい、これはおまけです」
そういうとニケは赤い実をそっと取り出した。
「なんだ、それは?」
「野イチゴです。この種類は今に季節、甘くて美味しいのです。栄養も豊富で王子のケガにも効きます」
ニケは鎧に覆われたごつい指で野イチゴをつまむと躊躇なく、ケントの口に差し出す。ケントも反射で口を開けた。ポンと口に入れるニケ。
端から見ると恋人同士のイチャイチャしているような行為だが、ケガをして包帯だらけの男とごつい鉄鎧姿の人らしきものだから絵にならない。
ケントは不思議な気持ちになる。口の中は甘酸っぱい野イチゴの味で何だかケガの痛みも薄れていくようだ。
(あ~。これが変な鎧姿じゃなきゃなあ……)
ニケがこれでケント好みの美少女なら、即結婚式だと思う。
「助かったニケ。礼を言う……」
ケントはそう言ってニケの手を握った。冷たい金属の感触である。
「いえ、王子はよくやりました。身を犠牲にして人々を救おうとしました。最初は軽薄などうしようもない馬鹿王子だと思っていましたが、人のために動く勇気がある人だったのですね」
そうニケは褒めた。(軽薄でどうしようもない……)というところには少し引っかかるが、控えめに見てもケントのやったことは賞賛に値する。
そしてニケの行動もだ。安全な山から下りてけが人の治療にあたり、そして山への避難を指揮した。
大人しく控えめな性格だと思っていたのが、ここへ来て正反対の行動。格好は異様ではあるが、やっていることは文句がつけようがない。
全身鎧姿の普通なら近寄りがたいのに、周りの人間は何事もないように受け入れている。そうさせるのはニケの魅力なのであろう。
「ああ、お前もよくやった。バステト族の姫のお前が献身的な働きをしてくれたことで、アヌビス族とバステト族の友好につながる」
ケントはニケの手を取った。ブサイクな鉄鎧の姫だが、お礼はちゃんと言うべきだ。
「ありがとう、ニケ。お前はいい奴だな」
「は、はい……どういたしまして」
パかっと鎧兜の目隠しがわずかに開いた。いつもは魔法の鎧の『神隠し』効果で真っ黒で顔すら見えないのに、この時はなぜか『目』だけが見えた。
大きなくりっとした目。バステト族は猫目だが、ニケの目はそうではなかった。そしてトパーズのような黄色く輝く目が印象に残った。
「え、お前……」
ケントが言いかけたが、兜の目隠しはパチンと閉じてしまった。
「もう一回見せてくれ!」
ケントはニケの兜を手で押さえ、目隠しを開こうとしたがこれが固くて開かない。先ほどは自動で開いたのに全くビクともしないのだ。
「止めてください、ケント様」
「いや、ニケ、お前の顔が見たい」
「いやあああっ……」
ドンとニケはケントの胸を突いた。ボキッとあばら骨が折れる音と共に、ケントは2,3mも後方へ転がった。
「ケント様、乱暴はおやめください。ニケ様に襲いかかるとは、やはり獣ですね」
「主様、ついに女なら誰でもよくなったズラか?」
オトワと吉音が冷たい視線でケントを非難する。ケントは激痛で声も出ない。
(お、俺はただニケの顔が見たかっただけだ……くそ……骨がきしむ)
ニケの着ている鎧は不思議な力が備わっている。
魔法の鎧との話であるが、津波の力も凌駕する鉄壁の防御力。受けた攻撃を跳ね返すカウンター。
そして素顔を隠す神隠し。さらに大人を軽々と投げられる馬鹿力。
(ニケの鎧には不思議な力がある。そんな鎧をいつも着ているのはなぜだろう?)
バステト族の者に聞いてもある者は首を傾げ、ある者は口を閉ざした。言えないような理由があるのだろう。
ニケの父であるハンジロウでさえ、その話題には触れたくないようであった。




