第4話 無血鎮圧
「どうするべ……」
「本当に食料を供給してくれるのならば、従ってもよくないか?」
「だが、村を襲った者を見捨てるわけにもいかないだろう」
「そうだ。我々は先陣を切っただけ。我々を見捨てることは許さぬ!」
村長やその幹部たちの議論はまとまらない。
特にハンジロウの村を襲った連中は猛然と反対した。降伏したら厳しい処分を受けることは間違いがないから、当然である。
「あのケント王子はハンジロウの娘婿だ。きっと、我々をだまして滅ぼすに違いない。ここは一致団結して戦うべきだ」
「食料が運ばれてくるのなら、それを奪い取ればよい。奴らはたかだが50人。こちらは300人いる。さらに動員すれば1000は集まるだろう」
「しかし、ケント王子を血祭りにあげても、それで終わるわけではない。ハンジロウの奴も黙ってはいないだろう。それに本当にリーグラード軍が来るなら我々はおしまいだ」
ハンジロウへの反発から息巻いてみたものの、長期的な視野に立ったビジョンを示せる者がいない。勇ましい意見も勝算のない空虚なもので、しゃべっている本人も進める気はない。
なんとなく、新しく来た王子に丸投げしようという空気もあった。
結局、なかなか意見はまとまらず、最後は本当に食糧支援が行われるかを確認してからということになった。要するに結論を先送りにしたのだ。
ところが、約束の3日後が明日に迫る夜のこと。
山々に無数の松明の光が灯った。反ハンジロウ党の面々はその数に驚いた。
光の数から推察するに1万以上の軍が取り囲んでいると思われた。
全員の背筋が凍り付いた。
そうなのだ。ケント王子がその気になれば、全員皆殺しもあるのだ。
「リーグラード軍だ……やはりケント王子は正しかった」
「明日、拒否すれば我々は滅ぼされる……」
圧倒的な戦力差を見せつけられて、抗戦論は一挙に下火になり、帰順する意見が大半を占めた。
方針が決まると対応も早い。
村を襲った者とその村長は捕らえられた。但し、そのまま引き渡してスケープゴートにするのでは、さすがに後味が悪いので、軽い罪で済むようケントに慈悲を請うことにした。
翌日、食料調達に出ていた吉音が米を大量に積んだ荷馬車とともに到着した。バステト族の村々が3か月は暮らせる量だ。
納得させるに十分な量だ。すべてケントの私財で購入したものだ。
ケントは白旗を上げて出て来た村の指導者たちを見て、自分の打った策が成功したことを確信した。
(こういう優柔不断な連中には飴と鞭をしっかり見せることだ。飴は食料などの支援。鞭は具体的な脅し。皆殺しされるかもしれないという恐怖を植え付ける)
ケントの鞭の正体。それはハンジロウに指示して、1000人のバステト兵に2本の長い棒を2人組で担がせ、それに松明をくくりつけた。その数は10本。
ケントが戦場で使ったまやかし術の一つだ。5千もの松明をみれば、数万の軍が夜間に移動していると誤解する。
この脅しで反ハンジロウ党は戦意をなくすであろう。その状態でこの十分な食料を見れば降伏するのは間違いがない。
「ケント様、我ら全員、ケント様にお仕えします」
そしてその作戦は成功した。翌朝、村人たちはそう言ってひれ伏した。彼らからすれば、ハンジロウではなく、ケントに仕えるのならば、まだ感情的にも納得がいく。
「よし。それでは食料を与える。あと、下手人たちを引き渡してもらおうか」
ケントは村を襲った者とその村長の引き渡しを要求した。反ハンジロウ党はすでに捕縛していたので、ケントに引き渡す。全員で12人である。
「なにとぞ、寛大な処分をお願いします」
降伏した村々の長たちは、そう頭を下げた。これはケントには難しい判断となる。
彼らはハンジロウ配下の村を襲い、抵抗した村の男を1人殺害し、7人ほどにケガをさせている。そして倉庫に保管してあった食料を奪っている。
(強盗傷害に殺人罪……。やった奴の罪は重い)
法に照らせば厳格な処分をしないといけない。それに軽い処分では、有力豪族のハンジロウが納得しないだろう。
けれど罪人をハンジロウ側に引き渡せば、惨い処分になるだろうし、あまりに厳しい処置では降伏した者たちが離反するかもしれない。
とりあえず、12人を荷馬車に乗せると山城へ連行する。また、降伏した村々へは次の命令を待つように伝達した。
次は彼らに仕事を与える約束を履行しないといけない。
*
「主様、仕事を与えると言っても何をさせるつもりズラ?」
本拠地の山城へ帰ったケントは吉音からそう聞かれた。
仕事を何にするかもあるが、その報酬を支払うために資金を調達しないといけない。
ケントの個人資産はあるが、そんなものは1,2か月で溶けてしまうだろう。頭が痛い問題である。
しかし、ケントには資金調達については、宛がないわけではなかった。そこから借りて領地経営につぎ込む。
そして領地から収益を上げられれば、うまく回転していくはずだ。
「とりあえず、この仮称ノースサンドリア城のその城下の整備だ。そこで働いてもらう。あと、逮捕した12人だが処分を決めないとな」
ケントは12人の行状を細かく調べた。そしてリーグラード王国法に従い裁決をした。
殺人を犯した首謀者とそれを手伝った2人は殺人罪として10年の懲役刑。働いて稼いだお金を死んだ者の家族に支払うことで罪を償うとした。
残りの9名は6か月から3年の懲役刑とした。これなら多少の不満は出ようが、大方は納得する結果だろう。
人を殺して10年というのは判断が分かれるが、暴動の中であり、殺した者たちも相手の反撃があってのこと。
処刑せずに償わせることで、互いに納得することを狙った。反ハンジロウ派は処刑されなかったことで安堵し、ハンジロウ側は10年の懲役と金銭的補償で納得するしかなかった。
さて、領地経営だが、当面は今の山城を整備する。
戦争時に籠城できる防御力を備えるということもあるが、領地を治める役所としての機能。そして領主の威厳を高めるための象徴として城を建設する。
威厳の方は資金不足なので、とりあえず後回しにしなくてはならないが、本拠地の町に対する投資は今後の国の経営としては必要なことだ。
ケントの住む山城は標高がなだらかでさほど高いところにはない。三方が高い山に囲まれ、南側に辛うじてある土地に村がある。ここがハンジロウの本拠地の村。
川沿いに細長く展開する土地に村々が点在する。これを一つの町にするのだ。
「ここが俺の国の首都になる。そうだな、名前は……」
「吉音シティがいいズラ」
さらりと吉音が自分の名前を付けた。まじめな顔を見ると冗談ではなさそうだ。ケントは呆れて質問をする。
「お前、自分の名前を付けるだけの功績を挙げたのか?」
「これまでのうちの功績は輝かしいズラ。何しろ、みんなに裏切られたのにうちだけ最後まで付き従ったズラ。それに主様の財産を守ったズラ。金を持ち逃げせず、食料をちゃんと調達したズラ」
結果的にはそうだが、手放しでは褒められないことはケントでも分かる。吉音にとって忠誠の証しは「金」。
ケントに従っていたのも、他に行く当てがなかっただけだろう。天秤にかけてケントの方が重かっただけだ。その判断は現在のところ間違ってなかったわけだが。
「そんなことは当たり前だ。首都に名前を付けるほどじゃない」
吉音には感謝するが、侍従の名前を首都名に付けるはずがない。
「じゃあ、主様はどういう名前を候補にするズラ?」
「そうだな……」
ケントは遠くを見た。その方向はリーグラード首都のクロービスの方向だ。
「アイリーンシティとかマリアーノ……」
「キモ!」
間髪入れずに吉音が突っ込んだ。
「主様、それだけはやめた方がいいズラ。女々しいズラ。振られた女の名前を付けるのは痛すぎるズラ」
「……だけど、俺の思いを……」
「主様は徹底的に、壊滅的に、破砕的に振られたズラ。あれだけの屈辱を受けてもまだ未練があるズラか?」
吉音は呆れた顔でそうケントに聞く。ケントはアイリーンやマリアーノにゴミ扱い、クズ扱いされて捨てられたのに、まだ想っている。それほど好きだったのなら、付き合っている時に誠意もって付き合えばよかったのにと思う。
「あいつら……許さん。もう一度、俺に惚れさせてから、こっちから捨てるのだ!」
ケントはそうゲス発言したが、どうも力強さがない。吉音はケントのことをお見通しである。
「主様、強がりのクズ発言は聞き飽きたズラ。本心は?」
「ああ~っ。アイリーン好きだよ、愛している。もう一度、俺と付き合ってくれ。マリアーノ、王妃は君しかいない。毎晩、君の胸に顔をうずめて寝たい~」
「はああ……クズ」
また両者と二股するゲス発言しているが、まだ失恋を引きずっているケントに吉音も少し同情するが、失ったものは返らないものだ。
「主様、次の恋の相手を探すズラ。主様は幸い、顔だけはいいズラ。主様を真に愛してくれる女が見つかるズラ」
「……吉音。何度も言うがバステト族の女は無理だ。アヌビス族も無理。そりゃ、獣人女は嫌いじゃないけど、奴らの美的感覚じゃ、俺は超ブサメンらしいからな。そしてこっちも願い下げだ」
「一応、婚約しているニケ様は主様を毛嫌いしている様子はないズラ」
確かにニケはケントの容姿に嫌悪感を示さなかった。
ただ、この押し付けられた婚約者も好きな人がいるからと結婚は断っている。
「お前な……あの鉄鎧姫はバステト族始まって以来のブサイクというぞ。それに容姿以前だろう。全身鉄鎧だぞ。俺に変な趣味はない」
ニケはアヌビス族の族長に片思い中である。その仲を取り持つ条件で、偽装婚約を承諾したのだ。
「とりあえず、首都名は保留だ。これから建設するからまだいいだろう。それで次にやることは……」
街づくりはラーケン大尉を始め、西リーグラードから来てもらった役人に委託する。バステト族の技師たちと相談して計画がされるはずだ。
「言われた通り、地図を手に入れたズラ」
そういって吉音はノースサンドリア地方の地図を取り出した。これはただの地図ではない。村や田畑、道が記され、山で採れる植物や鉱物について記されている。
「よし、これを見ながら領地の視察をするぞ。吉音、付いてこい」
ケントは兵士を10名ばかり護衛するよう命令して、馬に乗って領地視察を始めた。まずはバステト族が支配する山岳地帯だ。




