第5話 バステト米
山岳地帯は狩猟や農業、そして林業及び鉱業が行われている。ある意味、この領地の稼げる産業ではある。
しかし、耕作地は山の斜面に開墾されている棚田。畑も然り。大量生産できる環境にない。辛うじて自給自足できる米と野菜が作られているだけだ。
一番の稼ぎ頭は林業。木を切り倒し、それを加工して建築物の材料とする。但し、加工する製材所がここにはない。
「これではせっかくの資源も安く買いたたかれてしまうだけだ……」
ケントは一通り見て回っただけで、自分の領土の弱点がたくさんあることを知った。
「自然から得られる資源は豊富だ。これはこの土地の強み。但し、それを加工もしないから安く売るしかない。木も切り倒して丸ごと売るだけでは安い。ちゃんと製材して製品にする。場合によっては客の注文に合わせてパーツを製作するまでやれば値段ははるかに上がるはずだ」
そうケントは話した。転生前の商社マンだった経験がものを言う。何か生産するだけでは儲けは少ない。
それを加工するまで一貫したシステムを構築するだけで、収入はグッと増えるのだ。
「では、製材所を作るズラ?」
「ああ。林業は仕組みがあるし、それに従事している人間も技術もあるからな。容易に進められるだろう。吉音、製材所の設置の手配を頼む」
「また1,2万ディナールは使うズラよ」
「なるべく安くだ。まずは板材までの加工ができればいい」
それからケントは農産物で3つの作物の可能性を見出していた。
まずは米。米の生産高は5万石。棚田を開発しても劇的には生産高は増えない。だが、これを3倍に増やす方法を考えた。
「このバステト米だ」
ケントは米の種類に着目した。この地方で作られている米の種類は2種。1種は平野部でも作られている一般的な種類のもの。作りやすく、どんな土地でもできる。生産性も高い品種だ。もう一種類も作り方は少し難しいがその分、味がよいという米。
さらにこの地方で一部だけ作っている米がある。それが『バステト米』である。正確にはその中の『猫の夢』という名前の品種だ。
これはバステト米と呼ばれる中でも作り方は難しい。難しいからほとんど作られていない。当然、流通もされていない。作っている者が自分の家族や親せきで消費しているのだ。
冷涼な地を好み、病害虫に弱いが、その味は抜群に甘く、そして香ばしい。ケントはその米をハンジロウの屋敷で偶然食べる機会があったのだ。
「この米なら町で高く売れる。通常の3倍以上の値段で金持ち相手に売ることができることは間違いがない。3倍で売れれば、収入は5万石の3倍になる」
そうケントは説明した。収入を増やすのは何も開墾して作付面積を増やすだけではない。
「次回からはバステト米『猫の夢』だけを作らせろ。それをブランド化して3倍以上で売るのだ」
バステト族の生産者でも、これまではこれほどうまい米を他の米と混ぜて食べていた。もったいないとしか思えないが、地元のバステト族はこの米にそれほど価値があるとは思っていないのだ。
「まだ同じように特産物になりそうな作物はあると思うが、それは今後見出していこう。それより先にやることがある」
ケントは領地の視察を終えてはっきりと自分の考えがまとまった。当面は町づくりに精を出すが、それと並行して取りかかるべきことがある。
「インフラ整備だ」
「インフラ整備ズラ」
聞きなれない言葉に吉音は問い返した。
産業を興し、生産したもの売って利益にするときには、様々な条件が必要だ。そのうちの一つがインフラ。この場合は交通網の整備だ。
「道路を作るぞ。まずは西リーグラードから山岳地帯を抜けてアヌビス族が支配する海岸まで続く道だ」
ケントが支配するこの地のメイン道路である。一応、馬車が通れる広さで道らしきものはあるが、地面はガタガタでところどころで曲がり、とても流通に適しているとは思えない。
西リーグラードの支所からスカウトした役人の中に土木技師をしていた者がいたので、道路の設計を命じた。
「メイン道路のこの1本は、幅は馬車が余裕で2台すれ違う幅で作る」
ケントは設計にそれだけの条件を付けた。道路は国を作るうえで大変重要なインフラだ。そして道路は最初の規格が大事だ。可能な限り広い方が輸送量はそれに比例する。
ただバステト族が支配する土地は山岳地帯。道を広げるにしてもかなり困難な工事が予想される。
工事期間とそれに必要な労働者、砂利などの原材料を試算するとこのメイン道路だけでも相当の金が必要だ。
設計と予算の見積もりができるまでに、領地の見分と資金調達を行う。
バステト族が支配する山岳地帯はおおよそ見回ったが、アヌビス族が治める海岸沿いの土地の視察を行う必要がある。
「アヌビス族の土地に行かれるのでしたら、わたしをお連れになってください」
ケントがアヌビス族の土地へ行くと聞いて、ニケがやって来た。前に見たのと同じ鉄鎧姿だ。改めて見てもやはり異様だ、
声だけは聞けば可愛いが、その主の姿を見るとそのギャップにみんな固まるだろう。それくらいのインパクトだ。
「ハンジロウ様の許可は得ております。婚前旅行だと言って喜んでおられました」
(おい~っ。せめて娘の鎧姿を何とかしてから喜ぼうよ!)
そう猫耳侍女のオトワが恐ろしいことを言う。もちろん、父親のハンジロウには婚約が偽装であることは隠している。
リーグラード王家の権威を利用したいだけのハンジロウは、自分の娘がどういう姿だろうと結婚という形式だけできていればよいのだろう。
ケントは偽装婚約の条件としてニケが一目ぼれしたアヌビス族の族長の仲を取り持つということだから、ニケを連れて行くことに異存はない。
(早くこいつをアヌビスの族長とやらに押し付けたい)
ケントはそう思っている。
「もちろんだとも。付いて行くことを許可する」
ケントはそう言った。ケントと吉音。そしてニケとオトワは30人程の兵を連れてアヌビス族の支配する海岸地域へと行くことにした。




