第3話 バステト族の蜂起
「ハンジロウの奴、俺たちに死ねと言うのか!」
「奴ばかり、豊かな土地を抑えやがって!」
「飢え死にする前に奴らから奪い取れ!」
バステト族の村では食糧難にあえいでいた。戦争が終わり、傭兵として働いていた男たちが失職。故郷へと帰ってきた。
元々、村々は自給自足生活をしていたが、食料生産力は著しく落ちていた。食えないから出稼ぎに出ていたのに加えて、働き手の不足から山あいのわずかな耕地すら十分に活用できなくなっていたのだ。
わずかばかり蓄えていた食料も人口の流入でいっきに深刻化した。生きるためには他者から奪わないといけないのだ。
それで暴発した一部の村がハンジロウ支配下の村を襲った。食糧倉庫を襲い、わずかばかりの食料を根こそぎ奪ったのだ。
無論、暴発した村人たちは勝ち目のない戦をするほど馬鹿ではなかった。日ごろからハンジロウに対する不満をもった村に呼びかけ、反ハンジロウ党を結成していたのだ。
ただ、全員が力を合わせてもハンジロウの半分ほどの兵力しかなく、戦いになればじり貧になることは分かっていた。
それでも今を生きるためにはやむ得ない行動だったのだ。
そこへケントの手紙が届いた。反ハンジロウ党の村長たちは、その手紙を読む。
「何々……帰順すれば食料を供給するだと?」
「ケントって、リーグラードの王子か?」
「都を追放されたというぞ」
「いやいや、その王子はハンジロウの娘婿だという。だまされるな!」
村長たちは半信半疑。どちらかと言えば、好意的ではなかった。
しかし、一応、リーグラード王国から来た領主である。返答次第でハンジロウよりも巨大な軍事力で滅ぼされてしまう危険も感じた。
「王子自ら会見すると書いてある」
「それは好都合だ。人質に取ればいい」
村長たちはケントと会うことにした。自分たちに都合が悪いのなら、捕らえて今後の取引に利用できると考えた。
そんな思惑の中をケントが親衛隊のラーケン大尉率いる50名の兵士とともに反ハンジロウ党の中心の村を訪れたのだ。
*
「この地方を治めることになったケント・アルテッツア・リーグラード様である。頭が高い、控えおろう!」
そうラーケン大尉に言わせてケントは厳かに馬車から降りた。
ただ、その割には馬車が粗末なもので、劣化した木がむき出しのボロ馬車である。
それでもケントは胸を張って降りた。こういうのは自信満々に対応するのが重要なのだ。
現に反ハンジロウ党の村長や幹部たちは、気勢をそがれ、頭を下げている。
(所詮は地方の蛮族。無知、無教養の奴らだ。こういう奴らは権威に弱い)
ケントはそう心の中で見下しているのだが、顔はにこやかである。無知無教養だけに、甘い顔をしたら、きっと牙をむく。そういう緊張感がある。
これは転生前のアフリカや南アメリカで取引をしていた経験による。
相手によっては素性が正しからぬ人間もいる。そういう者との取引は、緊張感をもって弱みを見せない商談が必要であった。
それに比べれば、今の状況は難しくはない。連中は暴発したものの、全面戦争になれば自分たちの敗北は必死。
それを打開するために雁首並べて話し合いをしていたに違いないのだ。
(きっと会見が決裂すれば、俺を人質に取るくらいのことは考えているだろう)
50人の護衛を連れてきたとはいえ、この村には300人のバステト族の兵がいる。装備は貧弱ではあるが、傭兵稼業をしていただけあって、その戦闘力は侮れない。
もし、襲い掛かられたらここで50人の兵と共に屍を晒すだろう。そう考えるとケントは少しだけ後悔してしまう。
(やっぱり……毛布被って寝ていた方がよかったか。まだ7億円相当の財産もあるのだ。面白おかしく暮らす方法もあった……しかし……)
ケントは自分を貶めたケンジントン公の顔を思い出した。そしてまだ未練はあるが、落ちぶれたケントをあっさりと捨てて乗り変えたアイリーンとマリアーノ王女の顔も……。
(あいつらに思い知らせてやる!)
そんな気持ちにさせたのは、あのとんでもない鉄鎧娘ニケ。鎧の下の姿は見ていないが、バステト族始まって以来の超ブスらしい。
そんな女と結婚させられそうになったが、彼女自身が好きな人がいるからと拒否。結婚を進める父親に内緒で破談に持ち込むことになった。
この展開に急にやる気がわいた。どん底まで落ちたわずかな光を差すことになった。
(この2州を足場にしてリーグラード王国再建を目指す。まだ負けたわけではない)
国の過半数の州を領土に収め、実質的なリーグラード王を継承した兄のメイソンはお世辞にも賢い人間ではない。宰相のケンジントン公が健在のうちならともかく、彼がいなくなれば間違いなく国は乱れる。
次兄のイライジャが治める西リーグラード王国もそうだ。学者肌で大人しいイライジャが無事に治めきれるはずがない。
(きっと数年後にチャンスが訪れる。それまではこの2州を治め、力を蓄えることだ。そのためにもこの争いは穏便に収める必要がある)
ケントがハンジロウの唱える武力鎮圧に反対したのは、自分の力の足掛かりとなる領土の力を削がないため。
今は敵対する者でも改心すれば家来となる。そして帰順した土地に住む民は自分の国の従順な国民となるのだ。
「お前たちに食料を供給する。また、働く場所も与える。これによって、日々、安寧に暮らせることを約束しよう。それはこのケントの治める土地の領民としての権利だ。但し、先のハンジロウの村を襲った下手人は捕らえて裁判を行う。これはリーグラードの法に照らした処分である」
食料を供給するのは、ケントが支配する土地の領民であるから。領主は領民を庇護するのが仕事である。そして庇護された領民は領主のために働き、税を納める。そういう主従関係である。
そして領内において他人の財貨を奪ったものは犯罪である。犯罪を裁くのも領主の役目だ。
それを行わなければ、ハンジロウも納得しないだろう。
それは争いを収めることをするうえで大変重要なことだ。許すわけにはいかない。
反ハンジロウ党の村長たちは、顔を見合わせた。基本的に食料を供給してくれるのならば、ここで危険を冒してまで争う理由はない。
後はこれまで敵対してきたハンジロウへの悪感情とどう折り合いをつけるか。そしてハンジロウの村を襲ってしまった村人たちの処遇だ。
村を襲い略奪した罪は重罪だ。私的裁判にかければ、おそらく処刑されるだろう。それは同盟をした仲間を見殺しにすることになる。
簡単には返事ができない。そこでケントにこう答えた。
「まずは供給される食料を見せてもらう。要求に従うかはそれからだ」
そしてこうも付け加えた。
「この土地は我々のものだ。リーグラードの王子が支配者ということにも納得はいかない」
「納得がいかない?」
ケントはすごんだ。ラーケン大尉にも目配せをする。50人の兵士が一斉に腰の剣に手をかけた。
これには待機していた300人のバステト兵も対抗して槍を構える。
「納得する、しないに関わらず、この土地はリーグラード王国のものであり。そして4分割したことでこのケント・アルテッツア・リーグラード第3王子が所有する領地である。もし、逆らうのならばリーグラード王国の大軍が反対する者たちを根絶やしにするだろう」
ケントはそう警告した。実際にケントは追放の身であるし、地方の豪族が騒ぐからといっても、ケントのためにケンジントン公が正規軍を派遣するはずもない。
ケントが与えられた2州はケント自身で治めなくてはいけない。そしてケントが動かせるのは、ケントの忠誠を誓った傭兵100人だけである。
バステト族の大半を支配しているハンジロウの娘婿だから、その兵力3千は動員できるが、それでも根絶やしするには数が足りない。
よってケントは嘘をついた。嘘で脅したのである。
「……」
反ハンジロウ党の村長たちは沈黙した。誰しも争いは回避したい。自分たちの生活が守られればよいのである。リーグラード正規軍と戦うことは悪手であることは子どもでも分かる。
ケントの迫真の演技に反ハンジロウ党の村長たちは返答に3日の猶予を願った。
ちょうど、食料を運んでくる吉音がやって来るのも3日後であったから、ケントは了承した。
そして村の郊外に野営して待つ。警戒は解かず、臨戦態勢である。
また、ハンジロウに対して一部の軍の出撃を要請する手紙を書いた。
第4話「無血鎮圧」は明日の12時頃更新です。




