2.ミッションは口説き落とすこと
一年後。
わたしは再び神殿の中庭のテラス席で、小さな丸テーブルを挟んでジェラルド様と向かい合って座っていた。
「モニカさん」
「お説教のときだけさん付けになるのやめてほしい……」
「モニカさん」
「はい、すみませんでした」
ジェラルド様は眉間に深く皺を刻みこんでいった。
「十二人。これは俺が君に紹介した子息の数です」
「一ヶ月に一人のペースでしたね」
「君が交際を始めていたらその時点で打ち切っていました。しかし君はいつも『ぴんときません』といって一度会ったきりで終わらせた」
「良い人と好きになる人はちがうって本にも書いてありました」
「この中途半端に箱入りの世間知らずが。君みたいな夢見がちな小娘は一時的な刺激を恋だと思い込み男に騙されて財産を奪われた挙句に売り飛ばされるのがオチです。良い人の何が悪いんですか。俺は君のために人柄、容姿、家柄、財力、年齢と申し分のない男たちを揃えたつもりです。どこに不満があったというんですか」
ジェラルド様じゃないことにですかね。
そう喉元までこみ上げてきた言葉をわたしは呑み込んだ。『守るべき子供』からそんなことをいわれても、ジェラルド様は困るだろう。困って、わたしのためだといって、わたしから距離を置く。そんな未来が見えていたからずっと沈黙を選んできた。
ジェラルド様からほかの男性を紹介されるというのは地獄のような気分だった。でも、それでも誰かを好きになれたらいいと思っていたのも本当だ。わたしのことを子供扱いしかしてくれないこの人のことなんて忘れて、ほかの誰かを好きになって家庭を築いて、ジェラルド様のことは幼い日の初恋として綺麗な思い出にできたら、それが多分一番のハッピーエンドなのだ。
だけど、実際に顔を合わせてみたら、相手の男性に申し訳なさが募るだけだった。王弟の紹介で聖女と見合いをさせられているだけですでに申し訳ない。多大な重圧だろう。だから最初の一人目を断ったときに、お見合いはもういいですと断ったはずなのだ。しかしジェラルド様は「君が断ったとしても相手の男には利益があるように手配しています。君は何も気にしなくていい」というだけだった。利益って何です? と聞いても教えてくれなかったけれど、一ヶ月後に答えは出た。
「まさかジェラルド様が婚活のプロだったとは……」
「不名誉な肩書きをつくらないでください」
「一年で十二組の結婚を成立させるなんて凄いことですよ」
「君が十二人の男を断ったからです」
「皆さん、素晴らしい女性と出会えたと感謝してくださって、わたしたちを結婚式に招待してくれたじゃないですか。今や『聖女に拝謁すると運命の相手に出会える』と評判になっているそうですよ」
「は? それぞれの相性を見極めて結婚を取りまとめたのは俺の手腕ですよ。聖女なんかではなく俺を崇め奉るべきでしょう」
「貴族専門の結婚相談所を開いたら儲かりそうですよね」
「最初の顧客が片付いたら考えましょう」
「あー……、わたしはもう、いいかなって。このまま独身を謳歌するのもありじゃないかと思うようになりまして」
ジェラルド様の眉が軽く上がった。これは問い質す顔だ。
わたしは縮こまって答えた。
「だって今のわたしって祟り神みたいなものじゃないですか。聖女の機嫌を損ねたらどんな災いが起こるかわからないと思われている。……実際はそんなことないんですけどね。わたしにできることなんて淡く光ることくらいで、魔法一つ使えません。でも……、あの荒廃の後です。皆が不安に思う気持ちもわかります」
「モニカ」
「だから、わたし、───全国民を魅了するイケイケ愛され聖女を目指そうと思うんです!」
「……はあ?」
「わたしが壇上に立っただけで『キャー! モニカさまー!!』と黄色い悲鳴が上がり失神者続出のスーパーアイドル聖女です。これによって国民の不安は解消され、神殿への寄付金はうなぎのぼり、わたしの貯蓄も増えて三方丸く収まります」
「またおかしな本を読みましたね?」
「イケイケ愛されアイドル聖女は独身のほうがウケがいいらしいんですよ」
ジェラルド様は眉間に皺を寄せたまま目をつぶり、右のこめかみをぐりぐりと揉んだ。疲れているらしい。
光を弾く雪原のような銀髪が一筋落ちて、うっとおしそうにかき上げられる。ジェラルド様は本当に顔はいい。遠目に見る分には完璧な貴公子だ。近づくと貴公子というより反社会的組織の№2みたいな人だとわかるけど。
「……今ですら理想的な聖女を演じているくせに、他人の不安を解消してやるためにこの上自分の人生を犠牲にしようとは、君の愚かさにはいつも驚かされます。俺に『いつか自分だけの家族を持ちたい』と語った十二歳の君のほうがずっと賢かった。君の愚かさは年々悪化していってもはや手の施しようがない」
「ジェラルド様の嫌味だって年々悪化してるくせに……」
「もう結構です。俺にしておきなさい」
「……? なにをですか?」
「君が真実の愛をはぐくむ相手ですよ」
わたしは耳を疑った。
けれどジェラルド様は皮肉たっぷりな眼差しでこちらを見ていった。
「一年前、君は、君にキスがしたいと思う男を探すといった。しかし十二人の男と会ってもぴんと来なかったのだから、これ以上は探しても無駄です。探すのではなく、作る方へ舵を切るべきだ」
「つくるって、どうやって……」
「俺を口説き落としてください」
その瞬間、わたしの頭には『無理難題』という単語がでかでかと浮かんだ。魔法で装飾された煌びやかな巨大な看板に書かれた『無理難題』が脳内で踊り狂っている。
「無理です! 無理に決まってるじゃないですか!!」
「なぜです? 全国民を魅了することに比べたら遥かに容易でしょう。目の前の男を一人、篭絡すればいいだけですよ」
ジェラルド様が楽しげに笑う。
だけどその顔をよく見れば誰にでも見ればわかるだろう。笑っているのは唇だけだ。青の瞳の奥には怒りがちろちろと蛇の舌のようにうごめいている。怖い。反社会的組織の若頭みたいな笑顔だ。ちなみにわたしの愛読書の中には若頭とシスターの危険な恋愛物もあるけれど、あれは物語だから上手くいくのだとわかっている。
王弟ジェラルド・ダリス・キーン・レイファンド様を口説き落とす? 王宮で冷徹と冷酷の代名詞といわれているこの人を?
まったくちっともこれっぽっちも容易ではない。
「ジェラルド様はいつもわたしを子供扱いするじゃないですか。未だにわたしが十歳の襤褸切れみたいな子供に見えているんでしょう? もう十九歳になったのに、あなたはわたしが庇護を必要としている子供のままだと思っている。そんな人を誘惑するなんて不可能です」
「そうですねぇ……、そこは君の手管に期待しましょう」
「丸投げ!?」
愕然として叫ぶ。
ジェラルド様は今度は本当に愉快そうに笑うと、小さな丸テーブルの上に置いたままだったわたしの手をするりと握った。
「ひっ!?」
「頑張ってくださいね、モニカ。俺は君の自己犠牲も、自分の望みをすぐに諦めるところも、とても忌々しく思っています。君が幸せにならないことが我慢できない。なので君が愛されアイドル聖女とやらを目指すならその道を全力で叩き潰します」
「犯行声明……!!」
「ですが、君が俺をその気にさせてくれたら、すべての問題は解決します」
「それならまずジェラルド様がわたしを大人の女性として見るところから始められては!?」
「んー……、君が信じるなら、してもかまいませんが」
どういう意味ですかと尋ねるより早く、視界に影がかかった。
小さな丸テーブルを挟んでジェラルド様が立ち上がっている。均整の取れた長身が作り出す影にわたしの身体がすっぽりと収まる。
見上げれば、青の瞳はまるで獲物を捕らえた捕食者のように笑った。
「モニカ」
それはゾッとするほど甘くて、それでいて有無をいわさない命令じみた声だった。
「愛していますよ。この世の誰よりも君を愛しています」
その一瞬、信じられないほど幸福だった。声を上げて泣きたかった。
だけどわたしは全身から気力をかき集めて叫んだ。
「そういう演技はやめてください……っ! ロマンス詐欺で逮捕しますよ!!」
「───ほら、信じないじゃないですか」
ジェラルド様はいつもの冷静な顔に戻って腰を下ろすと、面倒くさそうにいった。
「君は非常に厄介な小娘なので、俺がいきなり態度を変えても納得しないんですよ」
「ジェラルド様にとって大人の女性として扱うイコール愛を囁くことなんですか? 詐欺で捕まる前にその悪癖は改めたほうがいいと思います」
「君が夢見がちな小娘でなかったらベッドへ連れ込んで大人の女として扱っていますよ」
「……っ、卑猥なことをいわないでください!!」
「君は卑猥な本を愛読書にしているでしょうが。あぁ、そういう意味では参考文献がたくさんあってよかったですね、モニカ」
ジェラルド様は悪魔のような笑みを浮かべていった。
「それでは、頑張って俺を口説き落としてください。君の大人の女としての腕前に期待していますよ」




