第61話「書いてないこと」
二ヶ月経って、ようやく暁光産業の空気に慣れてきた。
二月の朝。通勤電車の窓から冬の空が白く見える。暁光産業の最寄り駅までは乗り換えなしで四十分。瑞和精工のときより十分短い。車内でIFRSの参考書を読むのが日課になった。
新しい環境は快適だった。経理部十二名。分業が明確で、一人に業務が集中しない。連結決算も開示資料も、チームで動く。瑞和精工では考えられなかったことだ。高橋が隣で教えてくれるから、二ヶ月で基本的な業務は覚えた。
年収は百万円上がった。仕事は面白い。転職は正しい判断だったと思う。
だがスマホを見るたびに、瑞和精工のことが頭をかすめる。吉田からのLINEは週に一、二件のペースで続いていた。質問の内容は、有給消化中の「フォルダの場所」とは次元が変わっていた。業務の判断を求めるものが増えた。内田はその都度、できるだけ丁寧に返信していた。返信するたびに、引継書に書かなかったことの多さに気づいた。
辞めたので返信する義務はない。課長もいるし、税理士に相談もできる。ただ、うまく引き継げなかった後ろめたさで対応している。
*
二月第二週。異変は社内から来た。
暁光産業の購買部から経理部に内線が入った。高橋が受けて、内田のほうを向いた。
「おい内田。瑞和精工からの請求書、先月と今月で消費税の計算が違うんだけど。振込も何回か遅れてるみたいだし。お前の前の会社だろ。何かあったか?」
「さあ……退職してからは分からないですけど」
高橋は軽く笑った。
「引き継ぎ、ちゃんとしてきたの?」
冗談の口調だった。悪意はない。同僚同士の軽口だ。内田は笑い返した。口元は笑っていたが、腹の中は冷えていた。請求書の計算が違う。振込が遅れている。それは吉田が引き継いだ業務のはずだ。引継書に書いた手順通りにやれば、間違えるはずのない処理だ。
だが「間違えるはずがない」というのは、内田の感覚だった。十年やっていた人間の感覚だ。
その週の木曜日。暁光産業の顧問税理士との打ち合わせがあった。連結決算の税効果会計について確認する定例のミーティングだ。終わったあと、税理士が雑談で言った。
「そういえば瑞和精工さん、今期の消費税で修正申告を出されたみたいですね。担当が替わったとかで。まあよくある話ですけど」
内田は手元の書類に目を落としたまま聞いていた。修正申告。免税事業者の仕入税額控除の件だろう。あの五社分。吉田が税理士に相談して、過去の処理を洗い直したのだろう。加算税が何万円かかかったかもしれない。延滞税も。
税理士は世間話のつもりだった。内田が瑞和精工の元社員だとは知らない。知っていたとしても、退職者に責任はない。法的には何の問題もない。
だが、胃の奥が重かった。コーヒーの苦みが喉に残った。自販機で買った缶コーヒーを持ったまま、廊下の窓から外を見た。冬の空が白い。瑞和精工の工場の屋根が、ここからは見えない。当たり前だ。距離がある。
*
デスクに戻った。暁光産業の会計システムを開く。瑞和精工より画面の遷移が多いが、二ヶ月で慣れた。仕訳を入力する。ここにも入力の順番がある。高橋に「うちはこの順で入れるルールだから」と言われて、そのとおりにしている。
理由は聞いた。「前に順番を変えたやつがいて、連結パッケージの数字がズレたんだよ。それ以来、このルールになった」。高橋は理由ごと教えてくれた。内田は吉田に、順番だけ教えて理由は言わなかった。
ここにも「書いてないこと」がある。高橋が口頭で教えてくれなければ、分からなかったことがある。取引先の振込タイミング。勘定科目の使い分けの社内慣習。部署ごとの予算の癖。それはマニュアルにも引継書にも載っていない。横について、やりながら覚えることだ。
(もし自分がここを辞めるとき、同じように引き継ぐだろうか)
引継書を作って、一ヶ月レクチャーして、「引き継ぎは済んでます」と言って——同じことが起きるだろうか。
たぶん、起きる。
引継書に書けるのは「やり方」だけだ。「なぜそうするか」「いつ例外があるか」「誰に何を確認するか」は、手順の外にある。手順の裏にある判断だ。判断を言語化するには、まず自分がそれを「判断している」と認識しなければならない。だが十年もやっていると、判断が手順に溶け込んでしまう。「こうやるもの」になる。知識ではなく、習慣になる。習慣は意識に上らない。意識に上らないものは、引き継げない。
*
夜。帰りの電車。吉田からLINEが来ていた。
『年末調整の件なんですけど、外国人社員の源泉徴収、通常税率で処理しちゃったんです。税理士の先生に「租税条約の適用があるはず」って指摘されて。引継書にも載ってなくて、去年はどうされてましたか?』
内田は今度は長く返信した。手順だけではなく、理由を書いた。
『去年は二人分、個別に処理した。佐藤リーさんはベトナム籍で、日越租税条約の第十五条が適用される。給与所得の免税限度額があるから、超えた分だけ源泉徴収する。通常税率で処理したなら、差額を再計算して還付が必要。計算方法は国税庁のサイトに手引きがある。タイトルは「非居住者等に対する課税」のページ。もう一人の陳さんは中国籍で、日中租税条約の留学生条項の適用が終わってるから、通常の税率でOK。陳さんのほうはそのままで大丈夫。佐藤リーさんの分だけ再年調して、差額は二月の給与で調整すればよいと思う。確認して』
送信してから気づいた。
この返信には、手順と理由と背景が全部入っている。「誰の」「何が」「なぜ」特殊なのか。条約名、条文番号、参照先、注意点。一通のLINEで伝えられることだ。
この書き方を、辞める前にすべきだった。引継書にはそれが一行もなかった。「年末調整は税理士と連携」。それだけだった。税理士は租税条約の存在を指摘してくれた。だが具体的にどう処理するかまでは把握していない。内田が毎年十二月に自分で調べて処理して、税理士に確認を取っていた。処理する人がいなくなれば、最初の段階で間違える。
引継書A4十五枚。一ヶ月のレクチャー。それだけやっても、LINEの返信一通分の情報すら入れていなかった。入れるべきだと思わなかった。自分がやっていることを「特殊」だと思っていなかったから。
電車が駅に停まった。ドアが開いて、冷たい空気が車内に入る。二月の夜。吐く息が白い。
スマホのメモアプリを開いた。暁光産業で二ヶ月間に覚えたことを書き留めている自分がいた。「取引先A社は二十日振込」「連結パッケージの提出は翌月第三営業日まで」「経費精算のシステムは月末で自動ロックされる」。手順だけではなく、「なぜそうするか」を書いている。高橋に教わった理由も添えている。
瑞和精工では十年かけて覚えたことを、こうやっては残さなかった。一枚も。「誰でもできる仕事」だと思っていたから。やり方さえ覚えれば誰でもできる。そう信じていた。
だが「やり方」の裏には「判断」がある。入力の順番を守る判断。丸川化学に二十五日で振り込む判断。免税事業者の仕入を手動で調整する判断。銀行に出す数字を表にまとめる判断。外国人社員の税率を個別に確認する判断。どれも十年の間に身体に染みついたもので、内田にとっては「判断」ですらなかった。「いつもやっていること」だった。
判断は引継書には載らない。一ヶ月のレクチャーでも渡しきれない。やっている本人が、それを判断だと気づいていないのだから。
気づいたのは、辞めたあとだった。
駅の階段を上がった。改札を抜けて、夜道を歩く。ポケットの中でスマホが震えた。吉田からの返信。
『詳しくありがとうございます。助かりました。こういうのが、一番知りたかったことです』
内田は立ち止まった。冬の空を見上げた。星は見えない。都心のビルの明かりが空を白く染めている。
ポケットからスマホを出して、メモアプリを開いた。今日覚えたことを書き足す。「連結パッケージ提出前に子会社の仮受金残高を必ず確認」。手順と理由をセットで書く。
引き継ぎは済んでいると思っていた。済んでいなかった。書いたことは全部伝わった。レクチャーしたことも伝わった。書かなかったことが、全部残った。




