第51話「なずな書房の水曜日」
七月の最初の水曜日。
朝九時半。萩原はシャッターを持ち上げた。金属の軋み。隣のクリーニング店はまだ閉まっている。右隣の金物屋は——もうシャッターが上がることはない。先週、業者が看板を外していった。
ガラス戸を開ける。紙とインクの匂い。エアコンの電源を入れる。七月、冷房が要る。
棚を見回す。
三ヶ月前と比べて、並んでいる本の構成が変わった。取次からの配本は相変わらず「ランキング上位」が中心だが、棚の三割は出版社からの直取引に入れ替わっている。
河村が月に一度、新刊の提案を持ってくる。もう一社、児童書専門の出版社とも先月から直取引を始めた。手続きは面倒だった。口座開設の書類、与信審査、最低発注冊数の確認。取次なら電話一本で済んでいたことに、一社あたり三日かかった。
だが、児童書の三段目は埋まった。新しい本が並んでいる。背表紙がまだ白い。
*
十時。橋本先生が来た。三ヶ月ぶりだ。
「萩原さん、児童書の棚が変わりましたね」
「うん。直接仕入れるようにしたの」
橋本先生は棚の前に立って、一冊ずつ背表紙を見ている。
「あ、これ。『ふたりの夏休み』。夏休み前に読ませたかったやつだ」
「先月入れたの。河村さんっていう出版社の営業さんが勧めてくれて」
「二冊ください。学級文庫に入れます」
レジを打つ。千六百円。小さな売上だが、棚に並べた本が売れるのは、本屋にとって最も基本的な喜びだ。三ヶ月間、忘れかけていた感覚。
「萩原さん、来月もまた来ますね。夏休みの宿題で読書感想文があるから、候補になりそうな本を探したい」
「任せて。今月中に並べておくわ」
橋本先生が出ていった。ガラス戸が閉まる。萩原はレジの横にメモを貼った。「八月——読書感想文向けの本を棚に。高学年向け」。
以前なら、このメモは火曜の電話で伝えていた。須藤さんに。「来月は読書感想文の季節なので、候補になりそうな本を入れてほしい」。そう言えば、翌週には適切な本が届いた。
今は自分でやる。出版社のカタログを見て、選んで、注文する。時間がかかる。だが、できないわけではない。
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午後。長谷川さんが来た。
「萩原さん、青葉新書が増えてるわね」
「先月から直接注文するようにしたの。長谷川さんが買ってくれるから」
「あら。じゃあ安心ね」
長谷川さんは新しい二冊を選んで、レジに来た。会計しながら、萩原は聞いた。
「長谷川さん、先月は駅前の書店で買ったでしょう?」
「ええ。ここになかったから。でも今月からまた来るわ。やっぱりこっちのほうが選びやすいのよ。棚が見やすい」
棚が見やすい。それは萩原が三十年間こだわってきたことだ。本の並べ方、高さの揃え方、テーマ順の配置。同じジャンルでも、柔らかい本は左、硬い本は右。表紙の色が暗すぎる棚にはPOPを添える。
棚の作り方は自分のもの。そこに何を並べるかは、半分が自分、半分が須藤さんだった。今は、半分以上が自分だ。残りを河村さんや直取引の出版社と作っている。一人ではない。だが、須藤さんが長年かけて作った配本の流れとは、手間が違う。
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夕方。閉店前に、配送トラックが段ボールを一箱置いていった。取次からの週次配本。
カッターで開ける。中身を確認する。
ビジネス書が四冊。自己啓発本が二冊。ランキング上位の小説が三冊。文庫が五冊。うち三冊がミステリーで、二冊は恋愛小説。
変わっていない。相変わらず、なずな書房に合わない本が半分以上を占めている。
ただ、以前ほどの衝撃はない。この段ボールに頼らなくてもいい棚を、少しずつ作り始めているから。
返品する本を脇に寄せる。今月は——ビジネス書四冊と自己啓発本二冊。六冊。先月の半分。配本の総量が減ったせいもあるが、直取引を増やして取次への依存度を下げた結果でもある。
売上帳を見る。七月上旬。前年比九十二パーセント。四月の九十一パーセントとほぼ同じだが、六月の八十四パーセントからは持ち直した。底は打ったのかもしれない。
吉田から先週電話があった。「道子さん、うちは年末で閉める。決めた」。乾いた声だった。四十年。吉田書店のシャッターも、来年の正月には下りたままになる。
白石書店はもう看板が外れている。町田書房も閉まった。須藤さんが担当していたエリアの書店が、一軒、また一軒と消えていく。
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水曜の夜。正志と食卓で向かい合う。
「店、少し持ち直した?」
「うん。直取引のぶんが動き始めた」
「よかった」
正志はご飯をよそいながら、テレビのニュースに目をやった。書店の数が全国で減り続けているという特集をやっていた。十年前に一万四千軒あった書店が、今は八千軒を切った。
「萩原さんとこは大丈夫?」
「分からない。でも、まだやる」
正志は頷いて、箸を持った。テレビでは全国の書店閉店数のグラフが映っている。右肩下がりの線。
萩原はテレビを消した。数字で語られる業界の衰退と、自分の店の棚は、別のものだ。グラフの一点一点に、シャッターを下ろす人の顔がある。それは知っている。でも、自分の店のシャッターは明日も上げる。
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木曜の朝。
萩原はレジカウンターの引き出しを開けた。四月に届いた封書。「配本サービスに関するお知らせ」。折り畳んだまま入っている。
隣に、今週届いた取次の広報誌——取引先向けの季刊誌——がある。表紙に「DX推進特集」と書いてある。開いてみた。
二ページ目。経営企画部長・片岡浩二の寄稿。タイトルは「属人化の解消により、安定したサービス体制を構築」。
記事の冒頭を読む。
「従来の配本業務は、特定の担当者個人の経験と判断に依存しておりました。これは属人化リスクであり、担当者の退職や異動による品質低下を招きます。当社は昨年度より、AIベースの売上予測モデルを導入し、属人化を解消。誰が担当しても同じ品質のサービスを提供できる体制を実現いたしました——」
萩原は広報誌を閉じた。静かに。テーブルの上に置いた。
(同じ品質)
同じ品質。返品率が二十二パーセントから四十パーセントに倍増したことを、この人は知っているのだろうか。書店が三軒閉まったことを。吉田さんが来年閉めることを。児童書が三ヶ月間届かなかったことを。なずな書房の長谷川さんが駅前に行ったことを。橋本先生がネット通販に流れたことを。
属人化の解消。
須藤節子という人間の十八年を、この六文字で片付けている。
誰が担当しても同じ品質——十八年かけて積み上げた関係を、引き継ぎもなく消した。後任を育てる代わりに、システムに置き換えた。
ただ——この記事が全て間違いだとも、萩原には思えなかった。駅前の大型書店や、ショッピングモールのチェーン店なら、このシステムで回るのかもしれない。ランキング上位を並べて、データで回転させる店。取次の売上の大半は、そういう大きな店が作っている。
須藤さんのやり方が必要だったのは、なずな書房のような小さな書店だ。棚が限られていて、一冊の選び方で月の売上が変わる店。でも、そういう店の売上は、取引先全体から見ればほんの一部だろう。
大きな店を効率よく回すためのシステムが、小さな店には合わなかった。それだけのことだ。
*
閉店。十七時。シャッターを下ろす。鍵をかけるとき、金属の手触りが掌に残る。毎日同じ動作。三十年間の動作。
自転車のハンドルを握る。七月の夕暮れ。まだ空が赤い。商店街のアーケードを抜けると、住宅街の生垣から紫陽花の残りが見えた。もう枯れかけている。百日紅が代わりに咲き始めていた。
自転車を漕ぎながら、萩原は考えた。
須藤さん。あなたの声を、私は十八年間、毎週聞いていた。
名前を知ったのは、あなたがいなくなってからだった。
あなたがしていたことを、今、私は自分でやろうとしている。直取引で本を選んで、棚を作って、客に届ける。あなたがやっていたことの一部を、こちら側から。
帰宅。台所の窓から、まだ日差しが残っている。七月の日暮れは遅い。冷蔵庫を開けて、麦茶を注ぐ。グラスの表面に水滴がつく。冷たい。一口飲んで、グラスを置いた。
属人化の解消——あの人がいたから回っていたことを、いなくなってから知る。
そして名前を、いなくなってから知る。
「誰でもできる仕事」を十八年続けた人がいた。十八年分の蓄積を、組織は一枚の通知で消した。その人の名前を、私は知らなかった。
須藤節子さん。ありがとうございました。
あなたの棚は、私が引き継ぎます。




