第22話「校務員室」
※この物語はフィクションです。実在する自治体・学校・人物・事業とは一切関係ありません。作中の制度や出来事は、特定の行政施策を批判・擁護する意図はありません。
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山本は、校務員室の木の引き戸を下から膝で軽く持ち上げるようにして開けた。
十八年前からの癖だ。下のレールが少し歪んでいて、そのまま横に引くと噛んでしまう。自分で何度も直してきたのだが、この歪みだけは木そのものが変形していて、直らない。膝で浮かせれば、すっと開く。
九月一日、朝の六時半。外はもう明るいのに、校務員室の中にだけ、まだ夜が残っている。
蛍光灯を点けた。
部屋は狭い。畳にすれば四畳ほど。棚の工具は、種類ごとに引き出しへ分けて、山本の字でラベルを貼ってある。ドライバー、ペンチ、ハンマー、そして電動ドリル。救急箱は二つ。ひとつは各教室用の予備で、もうひとつは校務員室用。月に一度、絆創膏の期限と、冷却パックの凍り方を確かめる。
窓辺の小棚に、子どもたちの忘れ物。水筒。傘。体操着袋。名札。それぞれに、付箋でクラスと名前。
机の上には、ガラス瓶に入った花の種が二つ並んでいた。片方はパンジー、片方はビオラ。十月の第一週、マリーゴールドを抜いた跡に植える。
作業着に着替える。胸の校章の刺繍は、長い年月で少し色が褪せていた。
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校舎のシャッターを、順に上げていく。
裏門、体育館、プール脇の倉庫の鍵を、順番に外す。鍵束を腰から下げ、目をつぶっても、どの鍵がどの扉に合うかは、指が先に覚えていた。正門の錠前だけは、まだ触らない。児童の登校時刻に合わせて、七時半に外すのが、十八年変わらない順番だった。
体育館の前でいったん立ち止まる。昨日の放課後、五年生が体育で使った床に、砂埃がうっすら残っていた。八時までに水拭きをしておこう、と頭のなかに書き込む。プール脇では、フェンスに蔦が絡みついている。九月に入ってから急に伸びた。今週のうちに刈らないと、隣の家の塀まで届く。
正門の内側で、しばらく立つ。
午前六時四十五分。閉じたままの鉄扉の向こうで、通勤の車が、遠くの国道を鳴らしながら通っていく。児童の姿は、まだない。
校則上の登校時刻は、七時五十分から八時十分のあいだ。それまでに、校庭の見回り、花壇の水やり、校舎内の点検を一通り終えて、七時半ちょうどに正門の錠を外す。
ただし、七時半ちょうどに開けても、そのときには既に、門の外に何人かの児童が立っている。親の出勤が早い子は、七時二十分、ときには七時十五分には校門の前に着いてしまう。山本が鍵を回す金属音を聞きつけて、鉄扉の向こうで、ランドセルを背負い直す気配がする。
校則では、最初の児童は七時五十分。実際には、七時半ちょうどから、早い子が入ってくる。この二十分のズレは、十八年のあいだに、少しずつ広がってきた。共働きの家が増えて、親が早く家を出るようになった。山本は、その家の朝の事情までは知らないけれど、門の外で待っている子の顔なら全員知っている。
校庭の隅、花壇の前へ。
マリーゴールドがまだ黄色とオレンジで咲いている。五月に植えたものだ。脇には、植え替え予定の土が、山本の手でほぐしてある。
ジョウロで、根元にゆっくりと水を落とした。葉に水がかかると、日中の陽差しで葉焼けするから、下からそっと。
水をやりながら、頭のなかで、秋の段取りを組む。
マリーゴールドは九月いっぱい。パンジーとビオラは十月第一週。三月の卒業式のとき、正門脇が華やかになるように。卒業式は三月の第三金曜日、そこから逆算して、苗を買うのは九月末の駅前の藤本園芸。
頭のなかの暦は、子どもたちの年度に合わせて回っている。
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七時半、校舎の中に、職員室の蛍光灯が点いた。
教頭の松本先生だ。教員のなかで一番早く来る。
七時四十分、川口先生。二十代の女性で、山本の顔を見ると必ず大きな声で「おはようございます」と言う。
「山本さん、おはようございます」
「おはよう、川口先生」
「今日も暑いですね」
「水分、気をつけてな」
川口先生は笑って、職員室に入っていく。
四年前、彼女が新任でこの学校に着任した日、山本は正門で「ゆっくりでいいから」と、それだけ言った。本人は今でも時々、それを思い出すと言う。山本のほうはもう、どんな声色で言ったのか覚えていない。
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七時五十分、児童の本格的な登校が始まった。
一年生から六年生まで、全校で三百八十人ほど。顔と名前はほとんど覚えている。
「おじさん、おはよう!」
野球帽のツバを人差し指で弾きながら、ランドセルを揺らして走ってくるのは、四年二組の太郎だ。
この子の癖で、おはようを言うときだけ、必ず帽子のツバを触る。
「走るな。転ぶぞ」
「はーい」
返事だけして、太郎はまた走っていく。
その後ろから、二年一組の花子が一人で歩いてきた。四月に転校してきたばかりの女の子で、最初の一週間は誰とも口をきかずに教室に入っていく姿を、山本はずっと見ていた。
「花子、おはよう」
花子は顔を上げて、小さく「おはようございます」と返す。
前より、声が少しだけ大きい。
五年生の悠真が、眠そうな顔で通り過ぎていく。最近、忘れ物が増えていた。今月、水筒が二回と体操着が一回。三年生の健吾はアレルギーを持っている。そばと落花生。給食の日は、教員だけでなく山本の頭にも献立が入っていた。一年生の桃佳は、四月はずっと下を向いて歩いていたのが、最近は山本の顔を見上げて「おはよう」と言うようになっている。
名前と顔が一致しない児童は、たぶん、一割もいない。
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午前の仕事は、体育館の床の水拭き、それから二階トイレの蛇口のパッキン交換。
昼休み、校庭の遊具を見て回る。ブランコの鎖、ジャングルジムのボルト、雲梯の塗装の剥げ。毎日のことだ。見つけた異常は夕方までに直すか、直せないものは教頭の松本先生に上げる。
その日の午後、職員室へ工具を返しに行く途中だった。
廊下の角で、斎藤校長と川口先生の声が耳に入る。普段と違う硬さがあった。
山本は立ち止まらなかった。脇を通り抜けただけ。それでも、断片が残った。
「……来年度から、七時開門が始まります」
「教員の出勤時刻は、変わりません」
「では、誰が……山本さんに……」
そのあとの声は、角を曲がったぶん、聞こえなくなった。
プールの倉庫へ向かいながら、工具箱の持ち手が、右肩に食い込んだ。
七時開門。いま正門を開けているのは七時半。三十分、前倒しするということか。
市の方針らしい。市の方針というのは、市内のどの小学校にも、一斉に降ってくる種類のものだ。
門を開ける人間が、三十分早くなる。山本のほかに、朝六時台から学校にいる人間はいない。
(そうか、そういう話があるのか)
それ以上は、その場では考えなかった。
方針は、方針に過ぎない。現場に降りてくるまでに、何かが変わることもある。降りてきても、具体的な話を聞くまでは、動きようがない。十八年、学校にいれば、そういうものだと分かっていた。
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夕方六時、校舎の最終点検を終えて、山本は校務員室の鍵を閉める。
正門を出るとき、花壇のマリーゴールドに目をやった。夕日にオレンジの花びらが透けて、一枚ずつ光っている。
今日一日、子どもは誰も転ばなかった。誰も大きくケガはしていない。忘れ物は二つ拾い、蛇口は一つ直し、体育館の床からは砂埃が消えた。いい一日だった、と思う。
家に帰ると、妻の恭子が夕食の支度をしていた。スーパーのパートから、山本より三十分ほど早く帰ってくる。
「おかえり」
「ただいま」
作業着を脱いで、着替えて、食卓につく。
秋刀魚の塩焼き、青菜の和え物、味噌汁。魚の皮の焦げ目から、塩の匂いが湯気に混じって立ちのぼる。恭子の味付けは、結婚して三十五年、ほとんど変わっていない。大根おろしを箸の先で崩すと、秋刀魚の脂と一緒に、舌の上で甘みに変わった。
「来年、再雇用でしょ?」
「ああ」
「学校、続けるのよね」
「そのつもりだ」
「太郎くんとか、花子ちゃんとか、まだしばらく顔合わせられるもんね」
「ああ」
恭子は、太郎や花子の名前を、山本から聞いて覚えていた。家で子どもの話をすることは、めったにない。年に数回、ぽつりと名前が出る。それを、恭子は忘れなかった。
味噌汁は、少しだけぬるい。
窓の外で、夏の残りの蝉が、遠くで鳴いていた。




