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"誰でもできる仕事"をしていた私が辞めたら、会社が止まった【連載版】  作者: 霧原 澪
第24章『今度こそ、AIで変えられる』

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110/111

第110話「求人票を作らせるわけではありません」

 北央採用企画に来て、二ヶ月が過ぎた。


 黒須康平の机には、赤いファイルが一冊増えていた。

 表紙には、花村の字で短く書かれている。


 揉めた表現。


 最初にその題名を見たとき、黒須は笑いそうになった。

 笑わなかったのは、中身が笑えるものではなかったからだ。


 若い人がほしい。

 女性向き。

 体力に自信のある男性歓迎。

 主婦歓迎。

 明るく元気な方。

 長く勤められる方。


 営業メモには、そういう言葉が普通に出てくる。

 クライアントが悪気なく言うこともある。営業が聞いたまま短く書くこともある。

 制作側が求人票へ移す前に止めることもあれば、忙しさの中で言い換えが甘くなることもあった。


 花村は、そのたびに過去原稿の横へ付箋を貼っていた。


 このまま出さない。

 職務内容へ直す。

 理由を営業へ戻す。

 判断保留。


 黒須は、その赤いファイルを、確認事項を出すための注意語リストにした。

 紙で試した求人票準備シートは、簡単な入力フォームに置き換えてある。

 過去原稿と応募結果は、まず直近三ヶ月分を整理した。

 そこから職種ごとに、応募が多かった求人と修正が多かった求人を参照用データとして加えている。


 大きなシステムを作ったわけではない。

 社内用の簡単なフォームに、会社名や住所、担当者名を外した参照用データと、外部送信しない生成AIの検証環境をつないだだけだ。

 確定原稿として登録したり、掲載へ回したりする機能は、あえて付けなかった。


 AIに任せるためではない。

 人が見落としやすいところを、先に机へ出すためだった。



 試作版の画面は、拍子抜けするほど地味だった。


 求人票作成支援β。


 画面の左側には、求人票準備シートをもとにした入力欄が並んでいる。

 職種。

 募集理由。

 採用予定人数。

 勤務地。

 勤務時間。

 給与。

 必須条件。

 歓迎条件。

 前回求人の有無。

 営業メモ。

 確認が必要な表現。

 未確認事項。


 右側には、三つの枠がある。


 類似求人。

 確認事項。

 文案例。


 掲載ボタンはない。

 送信ボタンもない。

 最終原稿を作成、というボタンもない。


 花村は画面を見て、まずそこを確認した。


「これ、勝手に求人票にはならないんですね」


「なりません」


 黒須は答えた。


「文章案は出ます。でも、求人票の原稿欄へ貼るかどうかは人が決めます」


「AIが出した文章を、営業がそのまま貼る可能性は」


「あります」


 黒須は、そこも否定しなかった。


「だから、最初は制作担当だけで使います。営業には、確認事項の欄だけ見せる」


 花村は、少しだけ安心した顔をした。


「社長は、嫌がりそうですね」


「すでに嫌がっています」


 高瀬が、会議室の入口から言った。

 手には紙コップを持っている。


「柳社長は、求人票作成AIという名前にしたがっています」


「それはやめてください」


 花村が即答した。


 黒須も同じ意見だった。


「名前が仕事を誤解させます」


「分かっています」


 高瀬は椅子に座り、画面をのぞき込んだ。


「ただ、社長に見せるなら、何ができるかは分かりやすくしたい。今日は、そのための社内デモです」


 会議室には、黒須、高瀬、花村、営業の越智がいた。

 柳は十分後に来る予定だった。


 黒須は、デモ用に用意した求人票準備シートを開いた。


 クライアント名は伏せてある。

 実際の案件をもとにしているが、会社名、住所、担当者名は抜いた。


 職種。

 受付事務。


 募集理由。

 前任者退職。


 勤務時間。

 九時から十八時。


 給与。

 月給二十一万円から。


 必須条件。

 パソコン入力。

 電話対応。


 歓迎条件。

 医療事務経験。


 営業メモ。

 院長は若い女性希望。明るい人。長く続く人。前回は応募が少なかった。


 花村が、そこを見て眉を寄せた。


「嫌な案件を持ってきましたね」


「実際に近いものの方が、分かりやすいと思いました」


「分かりやすいですけど」


 越智が、隣で気まずそうに頭をかいた。


「こういう言い方、あります」


「ありますね」


 花村は短く答えた。


 黒須は、入力欄の下にある実行ボタンを押した。


 数秒の間があった。


 右側の枠に、順に文字が表示される。


 類似求人。


 一年前、受付事務、前任者退職、医療事務経験歓迎。

 応募数十二、面接三、採用一。

 備考、勤務時間を固定で明記後、応募増。


 半年前、受付事務、増員、未経験可。

 応募数二十一、面接六、採用二。

 備考、教育体制を上部へ移動。


 確認事項。


 性別を条件にする表現は求人票に使用しない。

 年齢を限定する場合は、例外事由の確認が必要。

 「明るい人」は、業務上必要な対応内容へ言い換え可能か確認。

 「長く続く人」は、定着支援や勤務条件の説明に置き換え可能か確認。

 電話対応の件数、来客対応の有無、医療事務経験が必須か歓迎かを確認。

 未経験者を受け入れる場合は、教育体制の有無を確認。


 文案例。


 来院された方の受付、電話対応、簡単な入力業務を担当します。

 医療事務の経験がある方は、受付事務の中で経験を活かせます。


 花村は、画面を黙って読んでいた。


 越智は少し身を乗り出した。


「これ、かなり使えますね」


「このまま求人票に貼るには、まだ粗いです」


 花村が言った。


「でも、確認事項は助かります。営業に戻す理由が言いやすい」


「理由」


 黒須が聞き返すと、花村はうなずいた。


「今までは、女性向きは書けません、で戻していました。そうすると営業が、じゃあ何て聞けばいいんですか、と言うんです」


 越智が苦笑した。


「言います」


「ここに、電話対応の件数とか来客対応の有無とか出ているなら、聞き返す内容が見えます」


 花村は、確認事項の枠を指さした。


「この枠だけでも、かなり助かります」


 黒須は、ノートに短く書いた。


 文案より確認事項。


 この一行は、重要だった。


 AIを導入する話になると、どうしても文章案に目が行く。

 どれだけ自然に書けるか。

 どれだけ早く下書きが出るか。

 どれだけ人の手を減らせるか。


 だが、花村が欲しがったのはそこではなかった。


 営業に戻す理由。

 足りない情報。

 そのまま書いてはいけない言葉を、どう職務内容へ戻すか。


 それは、黒須が雨庭書房で見落としたものに近かった。

 本文そのものではなく、本文に入る前の判断だった。


「文案例は、いらないですか」


 高瀬が聞いた。


「いらなくはないです」


 花村は画面を見たまま答えた。


「でも、これが先に出ると、忙しい人は貼ります。確認事項が先に出た方がいいです」


 黒須は、すぐに画面の配置をメモした。


 確認事項を上。

 文案例は下。

 初期表示は折りたたみ。


 越智が首をかしげた。


「文章案、折りたたむんですか」


「最初は」


 黒須は答えた。


「先に不足情報を見る。文章は、その後です」


「社長は、余計に嫌がりそうですね」


「そうですね」


 黒須は認めた。


 そのとき、会議室の扉が開いた。


 柳が、タブレットを片手に入ってきた。


「始まっていますか」


「ちょうど一件、見たところです」


 高瀬が席をずらした。

 説明中だったため、文案例の枠は開いたままになっている。

 柳は画面の右側を見て、すぐにその文案へ目を止めた。


「いいじゃないですか。これなら、たたき台になりますね」


「たたき台にはなります」


 黒須は言った。


「ただ、最初に見るべきなのは上の確認事項です」


「確認事項」


 柳は画面を見直した。


 性別を条件にする表現は求人票に使用しない。

 年齢を限定する場合は、例外事由の確認が必要。


「これは、毎回出るんですか」


「該当しそうな言葉が営業メモにあれば出ます」


「営業メモに、そういう言葉を入れなければいいのでは」


 花村が、表情を硬くした。


 黒須は、先に答えた。


「消すと、確認できなくなります」


「どういう意味ですか」


「聞いてしまった希望は、求人票に移さないための確認対象として残します」


 黒須は、確認事項の欄を指さした。


「採否の基準として残すのではありません。職務内容へ言い換えられるか、人が確認するための注意欄です」


 柳は腕を組んだ。


「ずいぶん慎重ですね」


「採用の文章です」


 黒須は言った。


「早く出すことより、間違った条件を出さないことが先です」


 柳は、不満そうだった。

 だが、画面から目は離していない。


「もう一件、見せてください」


 高瀬が、次のシートを開いた。


 職種。

 倉庫内作業。


 募集理由。

 繁忙期対応。


 必須条件。

 なし。


 歓迎条件。

 フォークリフト免許。


 営業メモ。

 重い物あり。体力ある人。学生でも可。短期。


 黒須は実行ボタンを押した。


 確認事項が表示される。


 重量物の有無だけでなく、重さ、頻度、運搬方法を確認。

 フォークリフト作業を任せる場合、免許が必須か歓迎かを確認。

 短期勤務の期間、更新可能性、勤務日数を確認。

 「体力ある人」は業務内容に置き換える。


 文案例は、その下に出た。


 商品の仕分け、棚入れ、出荷準備を担当します。

 一部、十キロ程度の商品を台車へ載せ替える作業があります。

 フォークリフト免許をお持ちの方は、入出庫作業で経験を活かせます。


 越智が「あ」と声を出した。


「十キロ程度って、どこから出ました?」


 花村も画面を見た。


 黒須は、すぐに文案例の欄を確認した。


「過去求人の例から引いています」


「今回の案件は、重さ聞いてないです」


「では、この文案は使えません」


 黒須は言った。


 柳が、そこで眉を寄せた。


「間違っているんですか」


「未確認です」


 黒須は、文案例の横にある表示を指さした。


 過去例からの仮文案。

 未確認事項を確認後に使用。


「これを、もっと目立たせます」


 花村が言った。


「画面上の注意表示を赤字にした方がいいです」


「警告ラベルを赤くしましょう」


 越智は、画面を見ながら言った。


「でも、これで重さを聞かなきゃいけないって分かりました」


「そこが目的です」


 黒須は答えた。


「AIが十キロと書いたから使うのではなく、十キロと書くには確認が必要だと気づくために使う」


 柳は、しばらく黙っていた。


 社長が望んでいたものは、おそらくもっと派手なものだった。

 入力したら求人票が完成する。

 担当者が直す時間が半分になる。

 明日から掲載本数が増える。


 しかし、画面に出ているのは確認事項と未確認の警告だった。


「黒須さん」


「はい」


「これは、求人票作成AIではないですね」


「違います」


 黒須は、はっきり答えた。


「求人票を作る人を助ける道具です」


 柳は、もう一度画面を見た。


「それで、効果は出ますか」


「出ます」


 黒須は言った。


「ただし、効果が出るのは原稿を一発で作れるからではありません」


 黒須は、画面の三つの枠を順に見た。


「聞き返しが減る。過去求人を探す時間が減る。危ない表現を早く見つけられる。新人が、何を確認すればいいか分かる」


 花村が、小さくうなずいた。


「それは、出ると思います」


 黒須は、その一言を待っていたのかもしれない。


 柳の目が、花村へ移った。


「現場がそう言うなら、試してみましょう」


 高瀬が、そこでようやく息を吐いた。


「対象は」


「制作担当二名、営業二名。新規求人だけ」


 黒須は、事前に考えていた範囲を口にした。


「期間は二週間。見る数字は、初稿作成時間、営業への聞き返し回数、修正戻りの回数です。応募数はまだ見ません」


「応募数は見ないんですか」


 柳が聞いた。


「二週間では判断できません」


 黒須は言った。


「求人票の質が応募に出るには時間がかかります。まずは、仕事の流れが変わるかを見ます」


 柳は、少しだけ口元を緩めた。


「前より、ずいぶん慎重ですね」


 黒須は返事に迷った。


 前より。

 その言葉が、どこまでを知ってのものかは分からない。


 だが、高瀬は黒須の以前の仕事を知っている。

 柳も、何も知らずに黒須を呼んだわけではないのだろう。


「慎重にしないと、また間違えます」


 黒須は言った。


 会議室が少し静かになった。


 花村が、画面の確認事項を見ながら言った。


「二週間なら、やってみます」


 越智も、少し遅れてうなずいた。


「営業への聞き返しが減るなら、こっちも助かります」


 柳は、タブレットに短く打ち込んだ。


「では、試験運用で」


 黒須はノートを開いた。


 試験運用。

 制作二名。

 営業二名。

 新規求人のみ。

 応募数は見ない。


 そこまで書いてから、最後に一行足す。


 文案より、確認事項。


 AIで文章を出せたことが、成功ではない。

 人が確認すべきことを、先に見つけられたこと。


 黒須は、画面の右側を見た。

 文案例は、折りたたまれたままでもいい。


 今度こそ、AIで変えられる。

 その言葉に、ようやく小さな根が出た気がした。

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