第111話「減ったのは、探す時間です」
試験運用の最終日、制作担当の三井が黒須の席へ来た。
三井は入社二年目で、花村の隣の席にいる。電話対応はまだ少し硬いが、原稿の修正は丁寧だった。
「黒須さん、これ見てもらえますか」
「はい」
三井が開いていたのは、工場の品質検査スタッフの求人だった。
求人票準備シートには、こう入っている。
職種。
品質検査スタッフ。
募集理由。
増員。
必須条件。
未経験可。
歓迎条件。
検査業務経験。
営業メモ。
細かい作業が得意な人。できれば女性。長く続く人。前回は応募が少なかった。
右側の確認事項には、いくつかの警告が出ていた。
性別に関わる希望は求人票に記載しない。
細かい作業の内容を確認。
検査対象、使用する器具、立ち仕事の有無を確認。
前回応募が少なかった理由を、給与、勤務時間、写真、仕事内容の分かりやすさに分けて確認。
三井は、確認事項の二行目を指さした。
「細かい作業の内容って、どこまで聞けばいいですか」
黒須は、すぐには答えなかった。
答えを出す前に、画面の左側を見る。
検査対象は空欄。
使用器具も空欄。
立ち仕事の有無も空欄。
「花村さんなら、どう聞くと思いますか」
三井は、少し困った顔をした。
「そこを聞きに来たんですけど」
「すみません」
黒須は小さく頭を下げた。
「でも、ここは私より花村さんの方が詳しい」
花村は隣の席で別原稿を開いていた。
三井が画面を見せると、花村はすぐに言った。
「目視検査か、器具を使うのか。座り作業か立ち作業か。あと、検査するものの大きさ」
三井は急いでメモを取った。
「それでいいですか」
「あと、前回応募が少なかったなら、写真を確認して。工場の外観だけだと分からないから」
「作業台とかですか」
「出せるなら。出せない場合は、仕事内容をもう少し具体的に書く」
三井はうなずいた。
黒須は、その横で黙って聞いていた。
AIは確認事項を出した。
だが、何をどう聞くかは花村が持っている。
以前なら、黒須はこの場面を「AIが新人を支援した」と書いたかもしれない。
今は違う。
AIが出したのは、足りない場所だった。
その足りない場所を仕事に戻したのは、花村だった。
十分後、越智がクライアントへ電話をかけた。
「検査対象は、手のひらサイズの部品ですね。座り作業で、拡大鏡あり」
越智は、画面の確認事項を見ながら続けた。
「はい。重量物はなし。写真は作業台の手元なら出せるか確認します」
電話を切ったあと、越智は三井へ言った。
「増員じゃなくて、新ライン立ち上げでした」
三井が画面を見直す。
「募集理由、変えます」
花村も、椅子を少し回した。
「新ラインなら、教育体制を上に出した方がいいですね」
「はい」
三井は入力欄を直した。
募集理由。
新ライン立ち上げ。
確認事項が更新される。
研修期間。
教育担当の有無。
未経験者が最初に担当する作業範囲。
三井は、その三行を見て、小さく息を吐いた。
「これ、最初に出ると楽ですね」
花村は笑った。
「楽っていうか、聞くことが増えてるけどね」
「でも、後で戻されるよりはいいです」
越智も、受話器を置きながら言った。
「こっちも、何を聞けばいいか分かるのは助かります」
黒須は、その会話を手元のメモの余白に書いた。
聞くことは増えた。
聞き直しは減った。
似ているようで、まったく違う。
*
翌週月曜の午前、黒須康平は試験運用の結果を印刷した。
二週間で、求人票作成支援βを使った新規求人は十八件あった。
今回は紙で見る必要があった。
初稿作成にかかった時間。
営業への聞き返し回数。
クライアントからの修正戻り。
未確認事項の残り方。
数字だけを見れば、派手ではない。
比較対象にしたのは、同じ制作二名と営業二名が試験運用直前に扱った新規求人十八件だった。
初稿作成時間は、試験前の平均七十六分から、試験運用では五十二分。
営業への聞き返しは、一案件あたり二・七回から一・四回。
クライアントからの基本情報に関する修正戻りは、九件から四件。
応募数は、まだ見ない。
採用数も、まだ見ない。
二週間でそこまで見れば、都合のいい数字だけを拾うことになる。
前回、黒須はそれをやった。
短編の読了率。
中編の売上。
止まった長編。
良い数字を先に置けば、先へ進む理由は作れる。
だが、理由を作るための数字は、仕事を見えなくする。
黒須は、結果表の下に赤で書いた。
評価対象は、作業の流れ。
採用成果の評価は、別期間で見る。
その一行を書いてから、ペンを置いた。
*
その日の午後、会議室で試験運用の報告会が開かれた。
出席者は、柳、高瀬、花村、越智、三井、そして黒須。
大きな会議ではない。
黒須は、最初に数字を出した。
初稿作成時間。
聞き返し回数。
修正戻り。
柳は、表を見てすぐに顔を上げた。
「かなりいいですね」
「試験範囲は狭いです」
黒須は言った。
「制作二名、営業二名、新規求人だけです。応募数と採用数はまだ評価していません」
「それでも、初稿時間が三割近く減っている」
「探す時間と、聞き返しの往復が減った分です」
柳は、手元のタブレットに何かを打ち込んだ。
「これなら、来月から全員に広げましょう」
高瀬が、黒須を見た。
黒須は、すぐには反対しなかった。
全社展開は早い。
だが、柳が成果を見て前に進めようとしていること自体は悪くない。
「段階を分けたいです」
「段階」
「まず、制作全員へ段階的に広げます。営業は、試験運用に入った二名から各チームへ説明します」
黒須は、結果表の下に置いた運用案を開いた。
「過去求人の候補表示は使えますが、文案例は制作担当だけにします」
柳の表情が、少し曇った。
「営業にも文案例を見せた方が早いのでは」
「早くはなります」
黒須は認めた。
「ただ、営業がクライアントの前で文案を確定させる流れになると、確認事項が飛ぶ可能性があります」
越智が、気まずそうに笑った。
「やりそうですね」
「やるんですか」
柳が聞くと、越智は肩をすくめた。
「急いでいると、やります」
花村が横から言った。
「だから、最初は確認事項だけでいいです。営業が悪いという話ではなく、画面に文章が出ると、そっちが正解に見えます」
黒須はうなずいた。
「文章案は強いです。だから出し方を間違えると、確認を飛ばします」
柳は腕を組んだ。
「慎重すぎる気もしますが」
「慎重にするところです」
黒須は、そこだけは譲らなかった。
柳はしばらく考えてから、別の紙を出した。
「では、対外的な打ち出しはどうですか」
紙には、見出し案が印刷されていた。
AIが求人票を自動作成。
最短十分で求人原稿。
採用広告をAIで効率化。
花村の表情が固まった。
越智も、さすがに黙った。
黒須は、その紙を見た。
強い言葉だった。
営業資料としては分かりやすい。
柳が欲しがる理由も分かる。
だが、その見出しは、今作ったものを少しずつ違うものに変えていく。
「これは使わない方がいいです」
黒須は言った。
「なぜですか」
「実際の運用と違います」
「自動作成ではない、ということですか」
「はい」
黒須は、紙の一行目を指で押さえた。
「求人票を自動作成するサービスとして売れば、クライアントも社内も、完成原稿が出てくると思います」
黒須は、紙の上で指を止めた。
「でも実際には、確認事項を出し、過去例を探し、文案を出し、人が直す道具です」
「それだと、地味です」
「派手ではありません」
黒須は答えた。
「でも、そこが効いています」
柳は、少し苛立ったように椅子へ背を預けた。
「黒須さん、成果が出たんです。もう少し前向きに出してもいいのでは」
前向き。
黒須は、その言葉を聞いて、雨庭書房の会議室を思い出した。
短編の読了率。
中編の売上。
長編発売枠。
前向きな数字は、前へ進む力になる。
同時に、見ていないものを置き去りにする。
「前向きに出すなら、正確に出します」
黒須は言った。
「求人票を自動で作る、ではありません」
黒須は、結果表を柳の方へ向けた。
「求人票作成を支援する。確認漏れを減らす。過去求人を探しやすくする。人が直すための材料を出す」
柳は黙っていた。
「それでは弱い」
「弱く見えるかもしれません」
「でも、この二週間で減ったのは、探す時間です。聞き返しの往復です。確認漏れです」
そこで一度、息を継いだ。
「判断する人まで減らしたわけではありません」
会議室が静かになった。
黒須は、続けた。
「もし、これを自動作成AIとして売れば、次に求められるのは人を減らすことです。制作担当を減らせる。営業の確認を減らせる。そういう話になる」
柳は、視線を外さなかった。
「人件費を考えるのは、経営として当然です」
「当然です」
黒須は答えた。
「私も、前はそこから考えました」
高瀬は、視線を落とした。
花村と越智は何も言わない。
「でも、今回の効果は、人を減らしたから出たものではありません」
黒須は、一つずつ名前を出した。
「花村さんが揉めた表現を集めた。越智さんが未確認を未確認として残した。三井さんが確認事項を見て聞き返した」
そこで、間を置く。
「品質検査の求人でも、AIは警告を出しただけです。『できれば女性』は載せない。『細かい作業』は検査対象や使用する器具まで聞く。そう判断したのは人です」
黒須は、ゆっくりと言った。
「AIで減ったのは、探す時間です。責任ではありません」
柳の指が、タブレットの縁で止まった。
しばらくして、高瀬が口を開いた。
「対外資料は、求人票作成支援ツールで作り直します」
柳は、高瀬を見た。
「確認漏れ削減、過去求人活用、作成時間短縮。実績として出せるのは、その三つです」
花村が、控えめに言った。
「あと、現場からすると、営業に戻す理由が見えるのも大きいです」
越智も続けた。
「営業側は、聞く項目が分かるのが助かります。クライアントに聞き返すとき、なんとなくじゃなくなったので」
三井が、少し遅れて言った。
「新人には、確認事項があるだけで安心です」
柳は、一人ずつの顔を見た。
それから、紙に印刷された見出し案を裏返した。
「分かりました」
短い言葉だった。
「全員展開は、制作から。営業は確認事項だけ。対外資料は、支援ツールとして作り直す」
高瀬がうなずいた。
「はい」
「ただし、三ヶ月後に応募数と採用結果も見る」
「それは見ましょう」
黒須は答えた。
「ただし、求人票だけでなく、給与、勤務条件、写真、面接対応も分けて見ます」
柳は苦笑した。
「また増えましたね」
「採用は、求人票だけでは決まりません」
黒須が言うと、花村が小さく笑った。
「それ、営業にも言ってください」
「言います」
越智が肩を落とした。
「言われます」
会議室に、少しだけ笑いが起きた。
大きな拍手はない。
劇的な成功宣言もない。
それでも、北央採用企画の会議室には、二週間前とは違う空気があった。
AIを入れるかどうかではない。
何をAIに渡し、何を人が見るのか。
その話が、社長と現場の間で同じ机に乗っていた。
*
その日の夕方、黒須は自分の席で資料を直した。
画面上で表紙のタイトルを消す。
求人票作成AI導入計画。
その下に、新しいタイトルを打つ。
求人票作成支援ツール運用計画。
地味な名前だった。
だが、黒須はそれでいいと思った。
画面の右側には、試作ツールの確認事項が表示されている。
隣のウィンドウには、花村が直した求人票の初稿がある。
文案例は、一部だけ初稿に使われていた。
使わない言葉は削られ、言い換えが必要なところは確認事項として残されている。
それでいい。
文案が残ったから成功なのではない。
人が考える前に、見るべき場所が見えた。
黒須は、ノートを開いた。
最初のページには、雨庭書房で書いた言葉が残っている。
今度こそ、AIで変えられる。
ただし、AIの前に仕事を整える。
黒須は、その下に新しい一行を書いた。
AIで、人の判断を見える場所へ戻す。
書いてから、少しだけ手を止めた。
きれいすぎる言葉かもしれない。
以前の黒須なら、そのまま資料の見出しに使ったかもしれない。
今は、ノートにだけ残す。
外の事務所で、越智の声がした。
「花村さん、確認事項出ました。これ、先に聞いてから戻します」
「お願いします」
三井が、別の席で言った。
「前回求人、出ました。これ見てから書きます」
花村が答える。
「応募が多かった方を先に見て」
黒須は、画面に戻った。
資料の表紙には、まだ地味なタイトルがある。
求人票作成支援ツール運用計画。
黒須は、運用計画のファイルを保存した。
今度こそ、AIで変えられる。
そう思った。
ただし、その言葉の意味は、前よりずっと小さく、ずっと確かだった。
第24章『今度こそ、AIで変えられる』を最後までお読みいただきありがとうございます。
一度はうまくいかなかったAI導入、あきらめきれずに再トライする黒須を書いてみました。
さて、ここでお知らせです。
「カクヨム」、「小説家になろう」のダブル掲載していた本作ですが、長編になってきており、修正時などの管理が大変なことから、第24章を持ちまして、小説家になろう、の掲載を終了いたします。長期にわたりご愛読いただきましてありがとうございました。
小説家になろう、では、小説家になろう向け小説を執筆していきますので、興味を持たれた方はご一読いただければと思います。
長くにわたり本当にありがとうございました。




