萌芽
「うわーん無理ー!」
「待て、こらっシン…!」
どだだだ、とシンが階段を駆け降りてくる。アロウの声が追いかけてくるが、本人の姿はまだない。
寝巻きがわりのサイズの大きいシャツをかぶっただけのシンの格好に、受付で帳簿を締めていた女将は眉を顰めた。
「何やってんだい」
他人の出入りする共有スペースで晒していい格好ではない。とくに最近成長著しく、生来の美しさを隠しきれなくなってきているシンならなおさらだ。
だというのに、当の本人ときたら。
「ボク、今日はここにいる!」
子供っぽい仕草でぼすんと談話スペースのソファにダイブする始末だ。
「そこは寝床じゃないよ」
「じゃあ今日だけ別の部屋借りる!」
女将の注意に、シンはぶうっとふくれる。
「金を払ってくれるならあたしは構わないけどね」
やれやれと階段を女将は眺めた。同室のあの青年が何かしたのか。
わざわざ立ち入ったことを聞くつもりはないが……
「シン!誤解を招くから部屋に戻ってくれ!」
慌てた様子で当人が階段口に姿を現した。
相当急いだようで寝巻きがわりのシャツは裾がちょっと捲れているし、羽織は斜めなのを直しながらだ。
「うちは連込宿じゃないよ」
「わかってるよ!!」
アロウが怒鳴り返す。
と、それ以上にソファの上のシンが反応する。
「ボク、もう無理……」
りんごのように真っ赤な顔になってクッションに顔を埋めている。横目でじろりと見てくる女将にアロウは「手は出してない!」と事実無根を訴える。
「一緒のお布団、もう無理……恥ずかしい……」
アロウは天井を仰いだ。女将の冷ややかな視線が突き刺さる。
シンの無邪気な「夜這い」を放置していた結果がこれだ。
「手は出していない」が、「何もしていない」とも言えない。
正直下心が全くなかったと言い切れないところが痛い。
ようやく人並みの情緒がシンにも身についてきたというのに、前途はまだまだ多難なようだった。
「あ、じゃあ僕の部屋来る?」
ひょこっと厨房から三男坊が顔を出し、仲良しの友人の登場にシンがぱっと顔を輝かせる。
「うん、行く!」
「「ダメ!!」」
期せずして保護者2人の声が重なったのだった。




