22章 Face
「せ、……世界が、滅びる……?」
想像もしていなかった言葉に、その場にいた誰もが絶句した。
「だ、だって、クルーヴァディアを復活させるっていう話なんでしょ? どうしてそれで世界が滅びるなんて話に……」
「……私から説明いたしましょう」
今まで黙り込んでいたノスタシオンが組んでいた腕をおもむろに解いた。
「世界が滅びる、というのはあくまで結果の話です。彼らの目的ではありません。つまり、クルーヴァディアの再興のための手段が恐らくこの世界を壊すだろうということです」
世界の崩壊に波及するような手段。
アナンの瞼の裏にはどういうわけか炎上する王都が浮かび上がっていた。
もしも、いや、それ以上の。
「その手段っていうのはどういうものなんだい、シオン?」
「はい、ラーシュ様。そうですね、まずは民族の話からいたしましょう」
「み、民族……?」
想定外の言葉にアナンは頭を抱えた。前の世では王だったとはいえ、今の彼の大部分はごく普通の田舎者である。そんな知識などあるはずもない。
「ええと、僕らのご先祖様は千五百年くらい前に西の方の大陸から渡って来たんだよね?」
アナンはかつてないほどラーシュの知識に感謝していた。あたかも元から知っていたというような顔をしながら。
「……千五百年?」
自分で言いながらラーシュは何かに気付いたようだった。ノスタシオンが小さく頷きを返す。流石私のご主人様だ、とでも言いたげな表情で。
「……クルーヴァディアが滅びたのは二千年前だったはずだ」
その言葉の意味はアナンにも飲み込めた。そうではあるけれど、誰もが次の言葉を待つ。
「その通りです、ご主人様。つまり、今この大陸に存在する人間とクルーヴァディアの時代に存在していた人間は別の民族なのです」
前世だとか来世だとか、そういう話からアナンは無意識にエトムントと多少なりとも血の繋がりがあるのではないかと考えていた。しかし、どうもノスタシオンの話によればそうではないらしい。
「……それ、世界が滅びるのとどう関係があるんだ……?」
察しが悪いですね、と言わんばかりの視線が飛んでくる。しかし本当に微塵もわからないのだから仕方ない。
「ほらほら、ちゃんと説明してあげて」
「……はい」
横からメルディナがノスタシオンをつつく。どういうわけか、彼女への対応は少しだけ柔らかい気がする。二人とも二千年前の完全な記憶があるからだろうか。何にしろアナンにはそこまで頭を回している余裕はないのだけれど。
「クルーヴァディアをクルーヴァディアたらしめていたものは魔法の代用品です。つまり、本来魔導士にしか使うことのできない魔法を万民が使えるようにした……それが目覚ましい発展の絡繰りでした。……そしてそれを、あの世界ではこう呼びました。『魔導科学』、と」
魔導科学。
エトムントが持つ記憶とノスタシオンの言葉がぴったりと重なった。
「……なあ、それってあくまで魔法に近いものなんだろ?」
おもむろにヒューゴーが声を発する。いつになく固く真面目な声だ。全く持って彼らしくない。
「そうですよ。……気付きましたか。その頭にもちゃんと脳味噌が詰まっていたんですね、意外でした」
「……余計なことは言わなくていいからね」
控えめにメルディナが咎める。なんだか母親のようだ。
あまりにも自然に流れ出る罵倒をかわしてヒューゴーは続ける。まるで別人に見える、というよりはこちらが素の彼の顔であるような気がした。
「魔法、ってことは要は人が宿す魔力がいるわけだ。だがその魔導科学とやらは俺達の知る魔法とはまるで違う。……つまり、魔力そのものが全くの別物なんじゃねぇのか?」
あらゆる人の身体を流れる魔力、その量で魔導士の適性が決まるという。だからと言って、魔導士以外には重要でないというわけではない。多かれ少なかれ生命維持には必要な、いわば第二の血液である。その第二の血液が異なる可能性がある、ということはすなわち別の種族に近いと言ってもいいだろう。
「……その通りです。二千年前のクルーヴァディアの民に、そして大地に流れていた魔力は今のそれとは全くの別物……そして、その魔力をもう一度現在に蘇らせることが《リンカーネイション》の目的の一つでもあります」
魔導科学が魔力を原動力とするのなら、その魔力が充分にある環境でなければ発展させることはできない。言ってしまえば下地のようなものだろうか。
「……恐らく、奴らはもう本拠地の中でクルーヴァディアの魔力を使い、身体を適合させることに成功しているでしょう。そしてそれをこの大陸中に広めることを計画しているはずです。言うなれば、肉体に血管を張り巡らせるように」
「……それって……」
今まで黙り込んでいたユリアがか細い声を上げた。自然と皆の注目がそちらに集まる。
「今この世界に存在している魔力を全く別のものにしてしまうということ、ですよね……? ……そんなことをして、現在の魔力を用いて生活している私達は……」
「そういうことです」
空気に溶けかけた言葉をノスタシオンが引き継ぐ。何となく、アナンにもこの後に続く言葉がわかった。そして、それがどれほどまずいことなのかも。
「我々は少量であるとはいえ魔力を大地から取り込んでいます。その魔力に全く異なる魔力を混在させれば、生命はそれを拒むでしょう。まして、ある日突然空気が未知の物質に置き換わったとしたら……」
赤い瞳がきゅっと細くなる。それを見るのが怖い。その向こうに見える曖昧な悲劇の記憶が鳴りやまないから。
「……遅かれ早かれあらゆる生命は死滅するでしょう。それが、『世界が滅びる』ということです」
誰も何も言わない。いや、何も言えないのだ。
照り返す夕焼けは赤すぎるほどに赤い。まるで火に包まれた村のようで、或いは大地を覆う血のようで。
クルーヴァディアの時代と今の時代では構成民族が違う。それはつまり、クルーヴァディア人はきっと、
(滅びたんだ)
そして、このままでは。
(……俺達も……)
「……方法がないわけではないよ」
恐ろしく長く感じられる時間をメルディナの声が断ち切る。切望を含んだ皆の目がそちらへ向いた。
「大元の方針が変わっていないのなら、彼らの技術は膨大な魔力を人工的に作り出す『コア』という装置に依存している。そして……それに対抗する装置――『フェイス』の準備もあるんだ。ある、というより二千年前のボクらが作ったんだけれどね」
「それじゃあ、それを使えば《リンカーネイション》の企みを阻止できるってこと?」
「理論上はね」
微かな希望に、皆の顔が明るくなったのがわかる。だが、それとは裏腹にメルディナの言葉はどこか歯切れが悪い。
「……メルディナ様」
「……わかっているよ、ノスタシオン。希望を餌に躍らせるようなことはしないから」
大きな瞳を閉じて、彼女は小さく息を吐いた。
「『フェイス』の起動に必要なものは、印を持った十人の力。……そして、残念だけど」
メルディナの瞼が動く。歴史を見つめるその緑は、時に驚くほど冷たい色になる。
「印を持つ最後の一人、ステラ=マルブランシュは、……《リンカーネイション》の掌中にある」
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