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《リンカーネイション》12 Them(2)


 微かに地が揺れた。

 それだけで、テームには何が起こったのかがわかってしまった。

 計算も読み書きも、『わかる』ことはずっと苦手だったのに。不器用な彼には、わからないふりをすることもわからない。

(……姉さんが死んだ)

 腕の中のステラがずんと重くなった気がした。

(姉さんが、死んだ)

 その事実が頭の中で反響してやまない。持てる体力の全てを足に注いでいる今のテームにとって、認識できる情報はそれだけだった。

 見たくない。後ろを見たくない。

(だって、だって……姉さんはさっきまでそこにいたのに)

 信じたくない。マフラーの中に温もりが残るうちは。

 逃げたいから、走る。オリヴェルから逃げるために。この現実から逃げるために。

(でも)

 どうして逃げたいのだろう。生きたいから? リラがそれを願っていたから? それとも……。

「あ」

 不意に身体がバランスを崩す。すんでのところで踏みとどまって足元を見た。木の根に躓きかけたらしい。

 そのせいなのか、テームの足は糸が切れたように止まってしまった。

(ねえ)

 頭の中で誰かが囁く。

(別に生きなくてもいいんじゃない?)

「……」

 この後どうするのだろう。それはこの計画を聞かされた時から漠然と抱いていた感情だった。

 例えこのまま逃げ切れたとして、彼らには普通の世界で生きていける術など何もない。何かに秀でているわけではないし、財産や家だってない。何より、戸籍さえないのに。頼れるのは優秀なリラだけだったけれど、その唯一の肉親すら亡くしてしまった。

 希望なんて、ないのかもしれない。

 明日なんて、ないのかもしれない。

 それならいっそ、このまま立ち止まっていようか。

(そしてそのまま、姉さんの元へ……)

『識別番号No.997、再起動が完了しました』

 聞きなれた機械音声がテームの意識を引き戻す。

「……テーム……?」

 腕の中のステラと目が合う。

(……生きてる)

 心臓ごと揺さぶられたような心地がした。

「……生きてる」

 生。

 死のことばかり考えていたテームにとって、その言葉はかえって重くのしかかるようで。

 それでも、それでも。

(綺麗だ)

「……?」

 まだ処理が追い付かないのか、ステラはあどけない表情でテームを見上げている。青い青い目は息を飲むほど美しい。彼女の瞳はこんなに美しかっただろうか。

 いや、ずっと知らなかっただけなのかもしれない。目が合うこと、空の青さ、それから、生きること。

 少しだけわかった気がした。カミルがリラに、リラがテームに、そして今、テームがステラに生を願う意味が。

(……姉さん。生きるって、明日も大切な人の瞳を見ていたいって思うことなのかな)

 それなら。

 もう一度しっかりステラを抱え直す。

 何も手放さない。何も失わない。何も壊さない。

 もう、これ以上。

 再び走り出す。慣れないマフラーがくすぐったい。

「……どうするの、テーム」

「大丈夫、大丈夫だよ。僕が絶対ステラを守るからね」

 姉の口から何度も聞いた言葉を、今度はテームが繰り返す番だ。

 この一瞬でテームは生まれ変わったような心地がしていた。自分の中を流れる血が動く理由が全く別の何かになったようだった。否、これは比喩なんかじゃなくて。

(……? 右手が熱い……?)

 それは例えるなら身体の中の全ての力が右手に集まっているような感覚。それが何を意味するのかテームには全くわからなかったが、ステラは対照的な反応を見せた。

「……テーム! 右手、後ろに向けて!」

「え?」

 ステラに言われるがまま振り返る。気付けばオリヴェルの乗った機体はすぐそこまで迫ってきていた。思わず気持ちが揺らぎそうになるテームの腕の中で、ステラは全く臆することなく彼を見つめる。

「……そのまま右手に全部乗せるの。それで、放つの」

 右手に、全部。

 その感覚的過ぎる説明に、それでもなぜかテームは納得できていた。

 熱い。

 乗せる。

 意識と感情の全部。

 悲しみも怒りも苦しみも、そしてひとかけらの希望も、その全部を。

 乗せる。


 大丈夫、いける。


 刹那、意識が真っ白になった。

「え」

 一気に身体が軽くなった。

 浮いている。恐らく何かの反動で。混乱の中でそれだけはわかる。

 反射的に下を見て、テームは言葉を失った。

 先程まで走っていた道が見える。そしてその道は、というより道だったものには隕石がめりこんだような大きな穴が開いていた。

「ス、ステラ……? これ……」

「……やっぱり。これは魔法なの、テーム」

「え……?」

 テームの頭を埋める情報はとうに理解できる限界容量を超えていた。

「魔法……?」

 耳の横を通り過ぎる風も、瞳に映る眼下の風景も、彼を混乱させるには十分だった。

 莫大な魔法で大地を抉って、その反動で空を飛んだ?

 いや、そんなことはありえないはずなのだ。

(だって、……僕には……魔法の才能なんて……ないはずじゃ――)

 ステラをしっかりと抱きかかえたまま、そこでテームの意識は途切れた。


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