↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/75

《リンカーネイション》12 Them(1)


 カチリ。




   血

 壊

  破

 血


 

 無


 


 死


 ――死。


 四肢が飛んでいく。

 血が流れていく。

 肉体が壊れていく。内臓が爆ぜていく。服が破けていく。

 血がながれていく。


 なにも無くなっていく。


 きみがとんでいく。

 ちがながれていく。

 きみがこわれていく。きみがはぜていく。きみがやぶけていく。

 きみだったものがながれていく。


 なにもなくなっていく。

 なにも。


 しんでいく。


 死んでいく。



「――リ、」

 名前を呼ぶ前に終わっていく。彼女の物語が、終わっていく。

 伸ばした手が空を切る。掴みたかったその白い手は、カミルの眼前でバラバラになっていく。つんのめるような姿勢のまま、彼は地面に膝をついた。

 頬に微熱を持った何かが飛ぶ。確認しなくてもそれが血だとわかった。鉄錆の匂いのするその赤は、生きていると言うべきなのだろうか。或いは、死んでいるというべきなのだろうか。

 顔を上げることができない。そこに何があるかわかっているから。あの日の記憶が脳裏を過る。判別もつかないほどぐちゃぐちゃになった家族の屍。きっと、今目の前にあるのは同じ光景のはずなのだ。

 息が詰まる。詰まるだけ。今のカミルには吐き出すものさえない。彼女が好きだったということしかわからない空っぽの心臓しかないのだから。

『あいしてる』

 彼女の口は確かにそう動いていた。その言葉が手向けになってしまうことの意味は痛いくらいにわかっている。

 遅すぎた。

 知るのも言うのも逃げるのも、何もかもが。

 裁いてほしい、とさえ思う。

 好きの一つも言えなかった自分を。身の丈に合わない夢を見てしまった自分を。見ていることしかできない自分を。

 行き場を失くした右手を力なく地面に下ろす。小指が何かに触れた。

「あ……」

 彼女の髪留めがそこにあった。いや、正確にはかつて髪留めだったもの、だろうか。十字にクロスさせていたピンは溶けてくっついて、少なくとも本来の使い方はできそうにない。それでも、形を留めている唯一の遺品に等しかった。

 思わず拾い上げる。随分遅れてやってきた涙が、やっと一滴零れた。少しだけ人らしくなった気がした。誰よりも人間らしかった人の残りに触れたからだろうか。

 十字に組んだ木に罪人を磔にする古い刑罰があると、カミルはどこかで聞いたことがあった。それはちょうどこの髪留めだったもののような十文字なのだろう。ならば、その罰を受けるのは? それがリラだったというのか、或いはカミルだというのか、はたまた――。

「……気分はいかがかね、カミル」

 背後から大嫌いな男の声がした。思わず十字架をポケットに滑り込ませる。

「どんな人間だろうと死ねば同じ血と肉だ。そしてそれを僕らは醜いものだと定義している。どうだい、愛する者の醜い姿は」

「……誰のせいだと思って……」

 大地に爪を立て、弾みをつけてなんとか振り返る。むせかえるような鉄錆の臭いに脳を焼かれそうになりながらも、微かに残った気力でオリヴェルを睨みつけた。

 その仕草が気に食わなかったのか、或いは反対に大層気に入ったのか、彼は爪先でカミルの背を軽く蹴り上げた。

「誰のせいかって? 君のせいだろう」

 大きな手が乱暴に髪を引っ張る。そのままオリヴェルはカミルの頭をこちらに寄せた。

『君のせい』

 彼はカミルの心を簡単に壊す言葉ためのを知っている。

「本当に馬鹿だね、君は。いいかい、僕はリラをもっと苦しまずに葬ってやろうと思っていたのだよ。それなのに君が余計なことをするから……最期はさぞかし痛かっただろうねえ、可哀想に」

 言葉が鉛のように耳に食い込む。

 彼女があんな死に方をしたのは自分のせいなのかもしれない。

 『生きてほしい』なんて願いは独りよがりだったのかもしれない。

 微かな疑いはすぐに膨らんで喉を埋めていく。それがずたずたになった心に塩を塗るのにそう時間はかからない。

 黙り込んでしまったカミルに、オリヴェルは更に畳みかける。

「君は馬鹿だ。その頭に何も詰まってやしない。……忘れたのかい? あの日、君が家族と故郷の人々まで殺めた日から、君は何も変われなかったようだね。いいかい、君が優しさだとか切望だとか思っているものは虚栄心と自惚れの塊だ。今一度思い出したまえよ」

 確かに純粋で美しいものだったはずの動機がどんどん汚されていく。

 虚栄心と自惚れ。そうか、そうだったのかもしれない。

 ただ彼女の英雄になりたかっただけなのかもしれない。

 名前も忘れてしまった初恋の人にそうであったように。

 自分になら上手くやれると思っていたのかもしれない。

 科学者の子だという自負に溺れていたあの日のように。

 それでいい。やりきれない不条理と行き場のない怒りに向き合うよりも。自分のせいだと思ってしまった方が余程楽なのだ。だって、傷つけ罰するべき相手は自分ただ一人になるのだから。例え、ポケットの中の十字架が『そんなことない』と小さな声を上げていたとしても。

「……俺のせいだ」

 頭の中で何かが壊れる音がする。

 でも、これでいいのだ。もう、考えることにも疲れてしまったから。

(全部、罰だ)

 母に貰った身体をこんな場所で使っていること。

 父に貰った知識をこんなことに使っていること。

 その罪の報いを、今受けているのだ。

 今の彼には、そうやって簡単な因果に落とし込むことしかできないから。

「……そうだ、それでいい」

 オリヴェルの声色は急に優しげになる。

 それでいい。例え、支配のための嘘だったとしても。

 いつの間にか彼は正面に回り込んで、膝をついたままのカミルの頭を撫でていた。怖い、と思う。昔は好きだったはずのその行為が。

「君の価値は科学者であることだ。数少ない技術を生み出せる側の人間であることだ。感情を司らない脳でありさえすればいい。わかるね?」

 声色は変わらないまま、彼は少なくとも優しいとは言い難い言葉をかける。それすら処理できないまま、カミルは機械的に頭を縦に振った。

「最善の策は何もしないことだ。ただ運命と総帥の言葉に従って生きることだ。そうやって命を使い潰したまえ。身も心も《リンカーネイション》への奉仕に捧げたまえ。悪いようにはしないとも。従順であり続ける限りは、ね」

 カミルは、いや、《リンカーネイション》の者は誰でも、精巧な人形であることを求められている。ルドルフがステラを最高傑作だと言う意味がやっとわかった。

「……なにもいらない。なにもねがわない。なにものぞまない」

 もう、これ以上。

 壊れた機械のように繰り返すカミルを、オリヴェルは満足そうに見下ろす。そのまま彼にはもう興味を無くしたとでも言うように乱暴な仕草で手を離した。

「さて……」

 彼の目は既に次の目標を捉えていた。

 視線の先で逃げ回るテームとステラを。


お読みいただきありがとうございました!

ブックマーク、感想等はお気軽に!

誤字脱字がありましたら報告していただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。