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はらわたをさらして全部話そうぜ、幸せになるために

そんな事を思っていたからか、シャンドラの事を思っていたからか。

おれは背後から迫ってくる気配に、一拍だけ気付くのが遅れた。

その一拍の間に、振り下ろされた刃を、避けられたのは身に沁みついた反射のおかげだ。


「っ!?」


何も考える事無く、距離を取ったおれは背後から迫ってきていた相手を見て……脱力した。

というか呆れた。何でお前ここにいるわけ。

そんな視線を向けながら、おれは相手に声をかけようとして、その相手が普通じゃねえって気が付いて、唾を飲み込み、よくよく相手を観察した。

そこにいる男は、見事な見た目の男で、別に角が生えているとか、翼があるとか、体中に鱗があるとか、そんなのはなかった。

ごくごく普通の人間の見た目で、ただ整い方がべらぼう、ってだけだった。

なのにどうして。それなのになぜ。


「なんで、魔王と同じ気配がするんだ?」


おれの疑問に対して相手は何も答えない。

じいっと、おれをじっと見つめている、それだけだ。

だから出来る限り、おれは距離を取り、じりじりとおれのナイフが相手を殺さないくらいの投擲距離を稼ごうと考えた。

こいつをおれが殺すわけにはいかないのだ。だってこいつは。こいつは。


「答えられねえほど、操られてんのか?」


シャンドラ。


おれが名前を呼びかけると、相手は何も言わなかった。それがとてつもなく不気味な事だった。

だってシャンドラが、こんなにもおれに答えない事なんて、この短い人生の間一度もなかったのだから。

いつだっておれの呼びかけに、シャンドラはすぐに答えてくれていた、そんな人生だったのに。

相手は黙ったまんまで、おれをただ見つめて来ている。

魔王と、同じ闇の気配を濃厚に漂わせて。

魔王に操られているのか?

いいや、あの魔王は死んだはずだ。シャンドラにとどめを刺してもらったのだ、あの時間違いなく、魔王は死んだのだ。

だというのに、何故。

俺の警戒の段階が、三段階ほど引きあがる。状況はわからないが、シャンドラが闇の気配をまとい、それに飲み込まれているのは明白で、それがただの問題じゃねえって事くらい、おれ程度の人間にだってよくよく分かる事だ。

おれは呼吸を意識した。こんな時に、混乱して呼吸が乱れても、ろくな事にならねえって知っているからだ。


「シャンドラ、答えられねえのか?」


おれはまた、相手に呼び掛けた。答えはない。相手はただ荒い呼吸をしてじっとおれを見て、だらりと手をたらしてこっちを見ているばかりだ。

その目の中に、おれは深い深い闇を見ている気がした。こいつは一体何に飲み込まれちまったんだ?

そんな事をいくつも考えたが、答えになるような正しい物を見つけられないままだ。

大きく息を吸いこみ、試しにナイフを、死なない程度に投げつけてみるか、と腰のナイフを掴んだ時だ。


「どうして」


シャンドラの声で、でもあいつの快活な高らかな声とは大違いの、ざらざらした響きが、どうして、と問いかけてきた。

何に対してだ。


「どうしてって何に対してだ、シャンドラ」


「おれをすてたんだ」


「すてた、だぁ? 馬鹿言うんじゃねえよ、なんで親友捨てるんだよ」


「いなくなった、一人で」


言葉がまともな形をしやがらねえってこういう事なんだなって、俺様はこの時に感じた。

シャンドラの意識は多少はあるらしいが、それ以上に何かが、シャンドラの体を支配している、そんな気がした。


「俺が、一番好きな、ヴァーミリオン」


やっと言葉にできた、そんな言い方でシャンドラが吐き出すように言う。


「ずっと、ずっと、一緒に、生きて」


生きていたかったのに、置いて行かれて、一人残されて。

そんな言葉が聞こえてきそうな言い方で、おれは何やら選択肢を一つか二つ間違えたっぽいな、とうっすら察した。

シャンドラが、野郎と結婚したという勘違いをなんとかしたくて、おれの執筆した小説のせいで、そういう勘違いをされているシャンドラに申し訳なくなって、選んだ逃走という道が、あいつにとってはなかなかな裏切りになっちまったのだと、ここで理解したのだ。


「おれぁ、お前に幸せになってほしいから、男と結婚したと思われたくなかったんだよ」


「ヴァーミリオンは、女だ」


「こんな男にしか見えねえ女と一緒だなんて、勇者様が悲しいだろ」


「そんなの、誰が決めたんだ」


そう言ったシャンドラの愛用の剣が、構えられる。こいつが剣を構えるのは、殺すべき敵を前にした時だけで、つまりおれも、その対象になっちまったって事なのか。

シャンドラが殺すつもりでかかってきたら、果たして生き残る事は出来るだろうか。

ならば間合いに入らなければいい、出来るだけ距離を置き、投擲ナイフが掠る程度に軌道を調整し……


おれはこいつに死なれるわけにはいかないのだから、それ位しか抵抗の方法がねえんだよな。

そんな事を思った時である。


「ヴァーミリオン、だいすきな、俺の好きな奴」


シャンドラがその思いを振り切ろうとするように言い、そして、跳んだ。

おれが稼いだ距離が一気に詰められる。まずいこのままだと切り捨てられる!

おれはナイフを前に構えて、シャンドラが振り下ろす重量級の剣を受け止めた。

頑丈さだけなら折り紙付きのナイフで、ほんっとうに感謝するぜ! 

ただし相手が渾身の力で振り下ろしたそれは、俺の腕をジンジンと痺れさせて、まともに動かないようにしちまった。

でも、おれも切り殺されたくねえから、なんとか剣を受け止め続けて、相手の無数の斬撃を受け止める。


「俺を捨てるなら」


捨てられる前に、俺のものにする。


シャンドラがどろりとした声で言う。瞳の中にわずかにあった、理性の光がだらりと消える。

そして完全に闇色に染まった瞳で、おれを見て、切りかかってきた。

受け止める、受け流す、しびれた腕はまともにおれのいう事を聞きやしねえ、でもここでおれが死んだら、一体誰が、この後こいつを止められるんだ。

確かに距離を置き、離婚理由を積み上げて、離婚して、無事にこいつが美人で可愛い嫁さんを手に入れるを飲み届けようって思ってた、それの何が悪いんだって思ってた。

でもだ。


それが全部間違ってる事だったらどうする?

シャンドラはそもそも論で……おれの事を、恋愛方面で好きだったなら?

そして拝み倒して泣き脅しで、やっと結婚までこぎつけた相手が、結婚したその日のうちに、姿をくらましちまったら?

そりゃあ、荒れ狂って、闇に身を浸すかもしれねえ。

そんな、おれにとって都合のいい事があるものか。

おれの大事な大事なシャンドラ。親友で、盟友で、これから先どんな未来があっても、味方でいようと決めた男。

愛とか恋とか、そんな形になっちまったら、おれの方が手放せねえから、いつでも手を離してやれる間柄のまま、白髪になっても武器の向きをそろえようと思ってたってのに。

シャンドラ、お前はまさか。


「おれ様の事、愛してたのか? シャンドラ」


ぎちぎちと刃物がつばぜり合いを繰り広げている中、ぼろりとこぼれた都合の良すぎる問いかけに対して、シャンドラは笑った。

闇の中でも、笑うお前にほっとした。笑ってくれる事にほっとしたなんて、この先一生かかっても黙っていた事の一つになりそうだった。

でも。


「愛していたら、なんなんだ。俺の事を捨てたヴァミーが、何を言う」


……ああ、だったら、ちゃんと終わらせなくちゃな。

愛しているから裏切られたら憎むのだ。おれはそれを見たから知っている。

そしておれに裏切られたから、闇に身を浸し、魔王じみた気配を漂わせるシャンドラを、日向の道に戻す方法を、おれは一つきりしか知らない。


「シャンドラ、まだおれを愛してくれているなら、腹割って話そうぜ。剣を納めな」


「裏切ったのに」


「そもそも論なんだよ。おれたちぁ、あほみたいにすれ違ってんだよ」


それだけ言って、おれはナイフを手放し、肩にシャンドラの剣が刺さる激痛に顔を歪めないように、根性を発揮して、シャンドラの顔に手をあてがい、そっと、唇を重ねたのだった。


「話し合った後だったら、ちゃあんと、切り殺されてやるから」


唇が触れた時、シャンドラは目をぱちくりと瞬かせて、そして、触れ合ったその瞬間に、その瞳の中から、闇が慌てふためく動きで、後退していった。

シャンドラの腕から剣が落っこちる。おれは傷の痛みを無視しようと努力して、ゆっくりと、逃げ出した理由を、話す事にしたのだった。


おれの書いた小説の結果、シャンドラが野郎に惚れまくってて、どんな女性よりもそいつがよくて縁談が断られて、最終的には野郎の相棒と結婚した、なんて思われている事に申し訳なさがあったのだ、と淡々と話したおれに、シャンドラは言う。


「ヴァミーが男でも女でも、関係ないだろ? 俺の好きなヴァミーはどっちだろうが好きなまんまだ」


「そもそもおれはお前がおれの事を、そういう意味で好きだなんて、欠片も想定してなかったんだよ。こんな残念見た目の男女」


「見た目で惚れたわけじゃねえし。ヴァミーだから好きになっただけで」


「その根本的な事実を、てめえもおれも吐き出した事がねえの。おかげで親友との友情を恋愛だって勘違いされてるなんて言う、ひでえ勘違いを続けて逃げちまったじゃねえか」


「その言い方だと、ヴァミーが俺の事を愛しているみたいないい方じゃねえか」


「愛してなきゃ、二人っきりの命の保証のねえ魔王退治の旅になんか、三下のおれが同行するわけねえだろ」


「愛していたから、あの過酷な旅を続けてくれたのか」


「風の便りで死を知るよりも、目の前で死なれた方が、まだ納得がいくからな。墓だって作ってやれるし、最後の時に、そばにいてやれるだろ」


愛していなければ、そんな事考えもつかなかったんだよ。ただしそれを、気取られたくなかったんだがな。


「愛していたから、ずっと勇者の俺を支えてくれていたのか」


「大盤振る舞いだったんだよ、旅の間じゅう、ずっとな」


「旅が終わって塩対応だったのは」


「そりゃあ、おれの役割はしまいだと思ってたからだ。旅の間支えた相棒は、平和な世の中じゃ血なまぐさすぎるって思ってたんだ」


それを聞き、シャンドラが嬉しそうに笑って、おれの肩の傷に手をやった。

そして回復呪文を唱える。

そこまで重傷じゃなかったおれの傷は瞬く間に回復する。


「ヴァミー、だったら、一個だけ言わせてくれ」


「ああ。おれも言わなきゃな」


「ヴァミー、俺と添い遂げてください」


「シャンドラ、人生が終わる時まで、おれと並んで息をしてくれねえか」


二人で言った後、二人でバカみたいに笑えて来て、笑った時だ。

ずるり、とシャンドラの中から闇の塊みたいなものが抜け出し、ぼろぼろと崩れだした。


「無念……勇者が闇に落ちれば……復活の肉体となったものを……」


「てめぇは何者だ?」


おれがナイフを構えて言うと、闇の塊は、おれを見るような感じになって、こう言った。


「真なる勇者、神が選んだ娘。愛するものを殺し、闇に染まれば、良い肉体となったというのに……無念」


それだけ言って、闇の塊は、呆気にとられているシャンドラから抜け出し、消滅していったのだった。


「……なあ、ヴァミー」


シャンドラはそれを見てから、おれを見てこう言った。


「たくさん秘密を、お前は抱えたみたいだな、でも、それも話してくれるんだろう?」


「……ああ。これから先の人生は、長いからな」




とある実録風小説は、大騒ぎの結末を迎えていた。

というのも、連載中、ずっと男だと思われていた勇者の相棒が、何と男に見える女だった事が最後に明かされ、勇者と相棒が、二人きりの結婚式を、廃墟と化した魔王城で上げた結末だったからである。

これを読み、勇者と相棒の道ならぬ恋だと思っていた読者は、

「最初から痴話げんかしてたのかよ!」

と突っ込みながらも、ハッピーエンド待ったなしの結末に喜び、その実録風小説は、大ヒットのまま終了したのだった。


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