隣国からの手紙2
第三王子スカイティアの私室。
部屋の主である彼には、隣国で世話になったリズベルト公爵家からの手紙が届いていた。
「……リズベルト公爵家から別々に来るとは」
ダンスの手解きを請け負ってくれた公爵家の兄妹とは親しくなった。友人と言っても差し支えないだろう。……兄のクローディアとは愛称で呼ぶ間柄にはなったのだから。
「何か、気になることでも?」
「いや。ただクロードの手紙には、次の使節団として行けないのが残念だって」
「それだけにしては随分と分厚い手紙ですね」
手紙の厚さの割に、随分とあっさりとした内容である。レーウィスが気にしたのは、そこだろう。相手は大国の宰相を父に持つ騎士クローディアだ。王女の従兄妹という身分は、王家の勢力の一角を担う重要な人物となる。
しかし、その手紙の内容はどう見てもお遊びの誘いであった。……いいのだろうか、それで。
「殆ど愚痴だよ…『行きたかった。今度は城下を一緒に回りたい、屋敷に泊まりにおいで』と」
「それは仲良くなられましたね」
初めての友人は、人懐っこい犬を連想させられる。年上であるが、余りにもパーソナルスペースの狭い人であった。遠慮なく近づいてくる彼の顔を掴んでしまったが、笑って流す寛大な心を持っている。……そういうことにしておこう。
「最終日もそうだけど、クロードがわからない。人懐っこい犬みたいな性格かと思えば、俺に近づいてくる者に対して狼の如く目を光らせていたし…」
「周囲へ牽制されたのですね。スカイティア様が国賓である以上、守るのは当然。しかし、それを仕事としてだけではなく、クローディア殿個人がスカイティア様を好ましく思っているという表れでは?」
そうなのだろうか。その割には令嬢に誘われる度に剣呑さが増した気がするのだが……まぁ、初めてできた友人が気にかけてくれるのは素直に嬉しい。
「ところで、リズベルト公爵からは?」
「えーっと、『ライゼルスに来る時は是非、我が家に滞在してください』と」
「それだけですか?」
「要約するとね。屋敷の魅力を語ってくれている」
「……そうですか、流石に今の段階で縁談を持ち込むことはないでしょう」
レーウィスは考え込むような素振りを見せたが、問題はないと見たようだ。
いきなり縁談とは吹っ飛んだ話題だが、ルゼノの第三王子を名乗った以上、そういった話になるのは一般的に見れば当然なのだろう。ルゼノでは価値のない『黒髪』の王子が隣国との縁を結ぶ為の政略結婚の駒となれるならば、それも王子としての役割と割り切るべきなのだろう。
両国の利害の一致で結ばれるにしても、それはスカイティアに価値を見出すには政略結婚の駒としかない、ということではあるけれど。
「では、シーラ嬢はなんと?」
「夜会でのエスコートに対するお礼状みたいだね…寧ろ此方が指南して頂いた側だというのに、律儀な方だ」
女性らしい柔らかな文字と文面に、表情が緩む程度には彼女とも親しくなった心算だ。紙面から漂う微かな花の香りは、彼女が好んでいると聞いて送った花の香水と同じものだった。好んで使ってくれているなら、嬉しい。
「左様ですか」
シーラからの手紙に、レーウィスは却って思い悩んでいるようだった。解せぬ。
「何かあった?」
「いえ…お三方へのお返事はお早い方が宜しいかと存じますので、ご用意致しますね」
「ありがとう」
礼を述べると、レーウィスは返信用の手紙を用意する為に退出した。
静まり返った部屋に、ふと、今は自室に引き籠って隣国の王太子からの手紙を読んでいるであろうヒカルを思い浮かべた。
ヒカル宛にライゼルスの王太子──アレクシスから手紙が来ていることを、異母兄達は何処まで知らせたのだろう。ルゼノ王は知っているだろうが、そもそもヒカルがライゼルスで違法奴隷であったことをルゼノに知らせることは、ライゼルスにとって悪手だろう。
ルゼノでは奴隷が合法的な存在であるが、ライゼルスでは二代前から奴隷の所有が廃止されていた。ライゼルスにとって、ヒカルの存在は都合が悪い筈だ。
包み隠さず告げることをアレクシスの誠意と言えば、聞こえはいい。しかし、ルゼノ国内がすべてライゼルスの味方ではない以上、『違法奴隷がいた』という事実は秘匿するべきだったのではないか。
「……分からないな、どうする気だろう」
クラウディアとスカイティアがユエ達に報告した内容は彼らによって纏められるだろうから、アレクシスとの関係に罅を入れるようなことにはしないだろう。シュナイザー伯爵も、親しい間柄のリズベルト公爵が困るようなことにはしないだろうが、ライゼルスに付け入る隙になる機会と捉えられないこともないのではないか。
「国の関係って、難しい」
ルゼノの第三王子を名乗ることは、国に属する者として生きることで。
国を通して親しくなれた者達との関係は、国の情勢関係によって崩れることもあり得るということで。
「兄上達は、こういうことを顔色を変えずにやっているんだよね…」
スカイティアはお手上げとばかりに溜息をついて、机に突っ伏した。
◆◇◆◇◆
一方、第二王子の宮殿──クラウディアの私室。部屋の主であるクラウディアは、隣国ライゼルスの王女ルカリアから送られてきた手紙を眺めていた。
「……次はあちらから、か」
そう遠くない日に、ライゼルスの王女が再びやって来る。今度は正式な訪問だ。その訪問には、王太子であるアレクシスも身分を伏せて同行すると言う。友人である第一王子ユエルディーネと、王女アルトステラに会いに来るのだろう。
「しかし…」
ぽつり、とクラウディアは呟いた。
綴られている文面は今度訪問する予定についてだが、差出人であるルカリアは意図的に文を区切り、別の意味を持たせていた。
”お会いしたいです”
”お慕いしております”
ライゼルスを訪問した際にルカリアから告げられた、クラウディアへの思慕。彼女の言葉を思い出して、顔が熱を持つのが分かる。誰かから──異母兄弟は別として──好意を向けられるのには慣れない。
無愛想だという自覚はあるし、ヒカルに至っては『意地悪顔が似合う』とまで言われる第二王子の何所に、隣国の王女が好意を寄せると言うのか。
騎士としての功績は、確かに上げている。しかし、それはあくまでもルゼノ国内の功績であり、〈ライゼルスの狩人姫〉に好かれる要素ではないだろう。……それとも、その功績を鑑みて、ライゼルスへ引き抜く為の甘言か。政治的意図のある言葉なら素直に考えられるが、こうして裏の見えない──そもそもあるのかも分からない──好意的な言葉にはただ戸惑う。
「何処まで本気なのか……っと!」
自分で溜息交じりに溢した言葉に、はっとした。今更だが、此処には王族護衛〈影〉に所属するティエラストと専属侍女ガーディアが控えているのである。
つまり、彼らには手紙を読んでいる間の──ことある毎に愛情表現を加えて来る為、反応に困った──百面相を見られていたことになる。二人は無言だが、その表情が何故だか微笑ましそうで、手紙を読んでいる様子をずっと見られていたのだろう。
「……ティエラスト、ガーディア、何か言いたいなら言え」
「「いえ、何も」」
二人揃って微笑ましそうに、声を揃えて否定する。本当に息の合った護衛と侍女である。兄妹でもないのに。
「ですが…敢えて申し上げるなら、安堵しています。クラウディア様が私的なお手紙をやり取りされるなど初めてですから」
「確かに、個人的なやり取りをするのは初めてだな」
騎士団に所属する者の中に手紙のやり取りをする者がいない訳ではなかったが、精々それは仕事を絡めた内容であって、私的な用事とは程遠い。一方的に送り付けられたこと──異母姉による忠告──はあったが、それは差出人が分かったことも最近で、クラウディアから送ることは無かった。
「……ただ」
「ただ?」
含みを持たされた言葉に、クラウディアは眉を顰めた。
「クラウディア様宛にライゼルスの王女殿下からお手紙が来たことで、厄介事にはなっています」
「何だ?」
ティエラストの言葉に、クラウディアは眉を突っぱねた。ユエを介して渡された以上、必要以上に広まることはないだろうと思っていたが、何処からか漏れたのか。
「クラウディア様と文通をしたい、と」
「は…?」
何故、そうなる?
「日頃から仕事を第一に考えられておられるクラウディア様と直接お話をできる方は、本当に限られておりますので…」
「クラウディア様と会話をされる機会に恵まれずとも、お話したいことがある方はたくさんおられます。特に、騎士団の中に」
「……話を聞きまわった方が良いのか?」
城のどの部署にも要望書の提出という形で、自分の意見を述べる方法はある。しかし、騎士団の要望書をクラウディアが全て目を通している訳ではない為、もしかしたら見逃した案件が──誰かが握りつぶした可能性も含めて──あるのかもしれない。
それは非常に不味い。騎士が懸念する材料を、どこぞの馬鹿上司が自分の怠慢や権力欲で握り礫いたならば、それは即刻対処しなければならない。
(ユエ兄上とステラ姉上の顔に泥を塗るような真似はさせんぞ…!)
破棄される前に一度見直さなければ、と──思考的には『兄弟至上主義』による反射が六割、騎士団の矜持が四割くらいで──立ち上がろうとしたら、ティエラストとガーディアは揃って失笑していた。何故だ。
「いえ、そうではなくて、ですね?」
「クラウディア様個人として、ということです。クラウディア様は口を開けば仕事、頭の中は常に仕事かご兄弟のことばかり…」
「……俺は、そんなに仕事人間か?」
否定できないかもしれないが、誰かにはっきりと言われたのは初めてだ。……というか、頭の中に仕事と兄弟のことしかないって、俺の頭の中が見えるのか?
「自覚がありませんか」
「いや……あぁ、そうだな」
失笑まじりの問いかけに、クラウディアは項垂れた。
他人を排して、自分を守るのは自分だけだと思っていた。元々『赤髪』の王子として価値のない存在であることを理解し、だからこそ他の部隊が避ける危険な任務であろうと請け負った。クラウディアが任務を受ければ、当然クラウディアが受け持つ部隊が任務に当たる。その中には、クラウディアを確かに『王子』として、そして信頼できる上司──仲間として見てくれる者達がいたと言うのに。
(俺は任務から離れれば、騎士団の者達と友好を深め、親しむこともしなかった…)
友人といえるのだろうか、その関係は。クラウディアの身を案じ守ろうとしてくれる彼らにとって、クラウディアは上司であるだけでなく、ルゼノの第二王子という存在ではあるだろうけど。
ライゼルスに同行した騎士達は異母兄達が選抜した者達である。その中にはクラウディアが有する部隊の者が三分の一を占めていたが、残りの三分の二は他部隊──ユエとステラの護衛部隊──の騎士達であった。
スカイティアとヒカルの世話を焼きたがる騎士の姿が、ちょっと兄上達に似ていた気もするが、あの辺りから積極的に話しかけてくる騎士達が増えた気がする……箱入りで周囲に疎いスカイティア達は兎も角、俺はサバイバル生活もできるのだから、自由にしてくれて構わなかったのだが。
「一先ず、これを機に交流を深めるのもよいことかと」
「……そうだな」
ティエラストの言葉に、クラウディアは頷いた。手始めに、隣国の同行してくれた者達を改めて労いに行こうか、と。
「ただ、その前にライゼルスの王女殿下からのお手紙にお返事を」
「隣国との関係を蔑ろにしてまでの交流は、他の騎士達も求められてはいないかと」
送られてきた手紙には早々に返事をしなくてはならない。ライゼルスの情勢を伝えてくれた王女にはその感謝と、それから彼女に告げられた思いへの返事も書かなくてはならないだろう。
そこまで考えて、クラウディアはピタ、と動きを止めた。
え…どうするべきだ?求められている役割がはっきりしていれば、どんな依頼でも熟せる……いや、まだ動き様があるのだが、ライゼルスの王女から告白された場合の、最良解とはなんだ?
隣国との関係は良好にしておきたい。しかし、クラウディアとルカリアと二人の間で決めていい事柄でもないだろう。ユエに相談するべきか、と思ったが、ルカリアの好意を勝手に知らせることは無粋ではないかと思い悩む。しかし、黙秘することは国に属する者の最良とは言えないし、それはルカリアは理解してくれるだろう。彼女は紛れもない、大国の王女なのだから。
だが…純粋に好意を寄せてくれる女性に対して俺自身の答えが出ていないこと自体が、最も礼を欠いているのではないだろうか…?
しかし、王子として生まれたからには、何時か政略結婚の駒となるだろう。この先クラウディアが誰かと婚姻する時、その理由が利害の一致以外であることは有り得るのだろうか。
思い悩む主人の傍らで、護衛と侍女は何処か生温かい眼差しを向ける。
「「前途多難ですね」」
声を揃えた二人を、クラウディアは恨みがましく見た。
やはり、お前達は俺の頭の中が読めているのではないか?
読めているのならば、現段階の最良解を俺にくれ。




