隣国からの手紙
ルゼノ王弟子息ユオルディーラは『放蕩息子』として、王宮では有名な御仁らしい。
「……嘘だぁぁ」
思わず呟いた言葉は咎められるどころか、その場にいたユエルディーネとクラウディアとレーウィスに肯定された。面識がないスカイティアだけは首を傾げていたが。
「だよね。先に本人に会ってしまうと、その噂も意味をなさないのだけれど」
ユオにより連れ帰られた王城。彼は城門から少し離れた場所でヒカルを下すと、王城に一緒に入ることはしなかった。……まぁ、そこは身分差があるので当然といえば当然なのだが。
ヒカルが礼を述べると、彼はローブを被って何処かへと姿を消した。その背を見送って第三王子の宮殿に戻ると、スカイティアとレーウィスの他に異母兄二人──ユエとクラウディアがいた。最近集合率が何故か高い。
「何故、そのような噂を?」
どう見ても、あの優しくも有能な──投擲は結構難しいのに、見事に命中した模様──王弟子息が『放蕩息子』などと噂される様が想像できない。
「確か、ユオルディーラ殿下ご自身に王位を狙う意志がないと主張する為、でしたか?」
「王弟は王位を諦めていないから、ユオを担ぎ上げる勢力もあるんだ。王弟が王位に就くのは年齢的に難しくても、王弟子息にはまだ望みがある……ライゼルスにも、あっただろう?正当なる血筋に拘る輩が、先王と先王妃の間に生まれた王女の、その子供を王位に就けようと画策した一件が」
「あぁ、それで…」
思わず、失笑し納得する。
道楽に生きる王弟子息を王位に就けるなんて、自分の傀儡にしたいと自ら主張しているようなものではないか。ユオとしては表向きは放蕩息子を装い、裏で暗躍中ということか。……ユオ様も大変だ。
「まぁ、ユオも色々と功績を持ってるから仕方ないんだよね。過去の功績を、放蕩を装って過去の栄光にしようと、本人は頑張っているんだけど」
溜息交じりのユエに、ヒカルは過去に聞いた話を思い返す。
「成人前のヴァイス様よりも功績持ちの従兄弟殿って、ユオルディーラ殿下でしたか」
「最初は王位継承権を放棄、と思ったらしいんだけど……何分、継承権を持った『金髪』の王族が少ないと言うか」
「え?」
ルゼノの王侯貴族は皆『金髪』である。勿論、クラウディアのような『赤髪』やスカイティアのような『黒髪』を持つ者もいるが、それはあくまでも側室などから生まれた子供であり、正妻から生まれた子供は『金髪』を持つように見合った階級で政略結婚が行われているのではないのか。
「その疑問も当然だよね……あれだけ『金髪』に拘っている癖に、妾にはそれ以外の女性を選ぶんだ。正妻が跡取りの男子を生めなかった時は、愛妾に産ませた子供を本家に連れてくる輩もいる。そこで政略結婚を行うと、血筋の関係か、髪色の異なる子供が生まれる例も少なくない」
それは、嘗て『黒髪』の子を産んだことで、夫から不貞を疑われたヘラーザと同じことではないか。
「今、王族で王位継承権を持っているのは僕とヴァイス、そしてユオ、王弟だ」
「もう一人、弟殿下がいらっしゃいませんでしたか?」
「あぁ、あの子はまだ正式には持っていない。今度の誕生日を以てして、正式に与えられるんだ」
年齢の問題か。まぁ、そこは王家の取り決め事でもあるのだろう、と納得する。
右も左も分からない幼い子供を王にして、摂政役に付いた後見人が実権を握る。
そんな有りがちな構図を避けるためにも、ある程度の年齢に達するまで王位継承を認めないというのは、一種の牽制だろう。
「だから、今は見込みも込めて王家には継承権持ちが五人いる。だが、逆に言えば、その五人に何かあった場合には次は公爵家の継承順位へと移る」
「成る程。意外にも王家に王位継承権を持つ王族が少ないが為に、ユオルディーラ殿下は舞台から降りる方法である継承権の放棄ができない、と」
それ、本人としても辛いな。放蕩息子を装っているから無事ではあるが、隠さずに功績を重ねていたらヴァイス様よりも担ぎ上げられる要素が大きいってことだもんね。
確かに、ユオ様はユエ様と同じ年頃だし、ある意味いい勝負なのか?功績もある以上、ヴァイス様よりリードしてるんだもんね。
「まぁ、僕達の婚期が遅れているのも、その理由の一つなんだけどね」
「そう仰りながら、俺を見るのは止めて下さい。兄上」
あぁ、さっさと婚姻を結んで子供を作れば、それだけ王位継承権を持つ王族は増える筈なのに、今の状態では子供どころか婚姻すらもできていないんですよね。
ユエ様は婚約者の有無すら不明、ステラ様は従者殿との恋仲説があるが事実は不明。クラウディア様も婚約者が不在の筈……ですよね?
「何かありましたか?」
しかし、ユエ様、それで何故クラウディア様に視線が行くのでしょうか?
クラウディア様、目を逸らしていませんか?
レーウィス殿、その微笑みの意味は何でしょう?
スカイティア様、俺と揃って蚊帳の外ですか?本日はお仲間ですね。
ヒカルの問いかけに答える声はなかったが、まぁ、それはいいとして。
「それにしても、ユオ様はどうしてヒカルと?」
「帰り道で、行き倒れを演じられていましたよ?」
「い、行き倒れ?」
うん、謎ですよね。何故に王弟子息が王城外で行き倒れになっておられるのか。行き倒れの割に力強く、また動きも鈍っていなかったけど。
「あぁ、ユオは確かアルセル侯爵の所に行ったとか」
「えぇ、その帰りだそうで」
「アルセル侯爵の所で何かあったかな?」
「「「え?」」」
ぽつり、と呟かれたユエの言葉に不穏さが増す。
待って、不穏過ぎる。ユエ様、アルセル侯爵は貴方の叔父上ですよね。心配は……あぁ、ご自分の血縁だからこそ、心配の度合いは少ないんですかね。
ヒカルとスカイティアとクラウディアの声が重なって、ユエは苦笑する。
「直ぐに僕の所に来ない時点で、問題ないと思うよ?気にはなるから聞いてはおくけど」
「それならいいのですけど」
「まぁ、ユオもヒカルのことが気になったんじゃないかな?」
「へ?」
安堵したのも束の間、ユエからは聞き捨てならない発言があった。……気になる?俺のことが?何故に?解せぬ。
「だって、ユオは噂上の君のことしか知らないからね」
それは、もしかしなくとも『第三王子付の小姓は王族達に頼られている』とかいう…?
その答えはノーです、ユオ様。誤認です、尾ひれがついたのです、事実無根でございます。
最初はその噂に釣られてヒカルに接触を図ろうとしたのであろう貴族も、実物のヒカルを目の当たりにし、現実を見て、噂が虚像であったことを理解したであろう。あれ以来、来ないからきっとそうだ。
「現実と結び付けて下さって、何よりです」
「うん、そうだね。ユオには感想を聞いておくよ」
「何だか含みがあるように聞こえますが」
「何も含んでいないよ?」
第一王子様は何時ものように、お伽噺の王子様の顔をして微笑みました。しかし、中身は為政者の王子様であることを忘れてはいけません。
「ライゼルスの王太子殿下にも、俺のことを話しましたよね?」
「あぁ、アレクから手紙が来ているよ」
すっと差し出されたのは、獅子の絵柄の蜜蝋で封をされた白い封筒であった。齧った程度の知識だが、その紋章が隣国ライゼルスの紋章であることは理解できる。
「……は?」
しかし、ユエと差し出された手紙を見比べ、理解するまで、たっぷりと五秒はあった。……だって、俺だよ?小姓モドキだよ?何故に王太子から手紙が来るのさ?
「何故、俺に?」
「アレクと仲良くなったんだろう?」
仲良くなった?俺が?隣国の王太子殿下と?いえ、否定は……え、アレクシス殿下の中ではどういった認識をされているのでしょうか?
ありありと顔に浮かべた疑問は、お伽噺の王子様の顔をした為政者の王子様に流された。
「それから、これがリズベルト公爵家からスカイティア宛、ルカからクラウディア宛だね」
ユエは数通を纏めて括られた手紙の束をスカイティアに、一通の手紙をクラウディアに手渡した。……ん?スカイティア様に複数?
「え、三通?クロードと、シーラ嬢に…あ、シレ…リズベルト公爵からだ」
「待って。スカイティア、リズベルト公爵のことを名前でお呼びしてるの?」
「お会いした時はそう呼んで欲しいと…」
スカイティアの呟きを聞き逃さなかったユエは思いっきり眉を突っ撥ねた。
まだ『義父上』でなくてよかったじゃないですか、ユエ様。そんなに眉を顰めたユエ様のお顔、初めて見ましたよ。お伽噺の王子様のお顔が剥がれております。
異母弟妹を溺愛している長兄様はまだ弟離れができそうにないらしい、とヒカルは苦笑を浮かべた。
「クラウディア様は、ルカリア王女からですか」
「あぁ、元々帰国したら手紙の遣り取りをする約束だったからな…思ったより早かったが」
何もなければいいのだが、と呟くクラウディアは此処で手紙を開封することはせず、懐にしまった。
ライゼルスの不穏分子排除に加勢したルゼノとしては、今後の状況も気になるのも当然だ。ルカリアからクラウディアへ宛てられた手紙は、きっとそのようなことが綴られているのだろう。
「何です?兄上」
「んー?何でもないよ」
「本当ですよね?」
それなのに、第一王子から第二王子へと向けられる視線が生温かいように感じるのは何故だろう。
ユエの穏やかに細められた空色の双眸に捉えられたクラウディアが、罰の悪そうに視線を逸らす。……なんだっけ。あぁ、先程の婚約者の有無の話の時と同じような感じだ。
「ふふっ、将来が楽しみだなぁ」
「俺とルカ様は良くて、スカイティアとリズベルト公爵の交流は眉を顰めるのですか?」
くすくすと笑うユエに、クラウディアは首を傾げて問いかける。
ですよねー、リズベルト公爵ご本人は兎も角、彼のご子息ご令嬢をダンスの指南役に招いたのはユエ様とステラ様でしょうし、嫌でも関わる結果になりそうですよね。まさか、予想外ではないですよね?
「シーラ嬢とクローディアとの交流は構わないよ。寧ろ推奨。ただ、一度気に入られると厄介なのが、リズベルト公爵だからなぁ……まぁ、アレクは『公爵が鬱陶しかったらバッサリ切っていい』と言っていたけど…」
「宰相が、何か?」
ユエの後半の物騒な呟きは聞えなかったのか、スカイティアはきょとん、と眼を瞬かせる。
「スカイティア、何も言われてない?」
「これからもクロードとシーラ嬢と仲良くしてくれ、と言われたくらいでしょうか」
「そう……着々と手中に収めようとして来ているな。アレクにも一応釘を刺そうか」
何故だか、第一王子は目を据わらせて決心を露にした。当事者である筈のスカイティアはやはりよく分かっていないようだ。
スカイティア様は良くも悪くも他人との接触経験が希薄だからなー。ユエ様の心配も分かるけど、少しくらい様子を見ては如何でしょう?きっと、これは弟殿下の成長の機会です。
「──まぁ、君達に宛に手紙が来た訳だし、返事を忘れずにね」
一息吐いたユエの号令により、クラウディアとスカイティアはそれぞれ自室で読むことにしたらしい。この場はお開きとなった。手紙が来たという括りに入れられたヒカルも、自室に戻らざるを得なかった。
でもさー、何故に隣国の王太子、それも即位間近の身分の高い方から、国籍も身分も異なる小姓モドキの俺に手紙が来るのさ。
「何か、ルシル様のことで何かあったかな?」
獅子の紋章が光る、如何にも高貴な方からの手紙であることがひしひしと感じられる。……重い、物凄く重い。重圧感が。
第三王子付きの小姓が受け取る手紙など価値がある訳ではないだろうが、ユエはこの中身を知っているのだろうか。
「……読むしかないか」
悩んでいても仕方ない、とさっと封を切る。
宛名と、前半はライゼルス滞在間における御礼状の様な、差当りのない文が続く。最後の方は彼の家の処罰に関して綴られていた。
でも、あの家の爵位が剥奪されるって言うのは、俺に知らせるべきことか?まぁ、個人的に知らせておこうと思ってくれたんでしょうね。
「……ルシル様のことは、心配しなくていいんだもんね」
結局、貰ってきてしまったルシルが最後まで身に着けていた同じ意匠のブレスレッドは、本来だったら彼の恋人に渡る物だったと言う。ルシルが遺した恋人への贈り物だと言うのに、それを赤の他人のヒカルに譲ってしまうのはどうかと思うのだが、と呆れつつ、王太子から譲られては断る訳にもいかなかった。
「…ん?」
”これは、君に贈ったブレスレットに関して、ルシルの恋人が書き残したものだ”
追伸、と書かれた最後の文を辿った先にあったのは、王太子が使っていた紙とは質の劣る、それも少し草臥れた紙だった。
「……嘘」
”これは、何時かの為にとって置いて頂きたいと存じます”
”ルシルと生きる未来がないことを、私は理解しております”
”このブレスレッドはルシルが家のことで悩み苦しむ中、それでも病弱な私を励まそうとしてくれた宝物です”
”私の亡き後、このブレスレットはルシルの元へ帰して下さい。彼が望むままに、使って欲しいのです”
「……いや、それで俺にこれを贈られても」
ヒカルがルシルから譲られたところでも困るが、まして一度も会ったことのない恩人の恋人から譲られるとは。
脱走奴隷として逃亡中ならば、遠慮なく換金していたところなんですけどね。今は生活維持にも困らない、寧ろ過剰なほどに贅沢をしている気さえする状態ですし……まぁ、身に纏っていると傷つけてしまうだろうから貰った箱にしまっておくけど。
「……まぁ、これを見る度に、ルシル様のことを思い出すんでしょうけどね」
胸のつっかえは漸く取れた。これで彼も漸く安眠できるのかもしれないと思えば、アレクシスと出会えたことも、きっと何かの縁で結ばれていたのだろう。
でも、これで最後ですよね?俺、これ以上ライゼルスにとって有益な情報は持っていないですからね?洗い浚い吐きましたよ?
一抹の不安を抱えつつも当たり障りのない返事を書く為に、ヒカルはレーウィスを訪ねたのだった。




