王家の従兄弟
蒼空は高く、雲は白い。本日も洗濯向きの天候なり。
こんにちは、ルゼノ第三王子付の小姓モドキ、ヒカルです。
現在、またもや第一王子ユエルディーネのお使いで城下の喫茶店に立ち寄って来たのだが、本日は帰り道の裏路地で問題とかち合った。
その問題を目にするなり、ヒカルは高い空を見上げ、浮かぶ雲の数を数えた。現実逃避して何が悪い。
だって、街中で人が転がっている状況ってどういうこと?行き倒れですか?
おい、いくらクラウディア様に喝を入れられたからといっても、彼らは連絡を受けるまでは動かんぞ?こんな人気のない場所で寝ていたら、追剥に遭ってもおかしくないぞ?
大通りから外れた人気のない、小道の一つ。昼間は大通りに人が集まる分、小道は閑散として今は人っ子一人いない。御遣いを終えて、王城に戻るのに便利な道である。ヒカルの『黒髪』はローブで隠していはいるが、人目に付かないに越したことは無い。
ただ、本日、その道にローブを纏った成人男性と思しき者が生き倒れていた。
……どうしろって言うんだ、この状況。大通りに戻って警邏兵を呼ぶべきか。いや、正直、城下の人と余り関わりたくないし。髪色で色々言われるのも……うーん…仕方ない。
暫し逡巡。城下で買った日持ちする焼き菓子をお供え物の如く置いていく。
さぁ、できることはした。後は申し訳ないが見なかった振りをしよう。
妙な達成感を胸に、踵を返そうとして、ヒカルは転んだ。否、足を掴まれて前につんのめった。そして、石畳に勢い付けてぶつかった。
「痛っったぁぁぁ!」
久しぶりにこんな声を上げた気がする。
ヒカルの足を引っ張ったのは、先程の行き倒れである。顔を上げて起き上がれば、ローブを纏った青年がじとっとヒカルを見ていた。清んだ深青色の目だ。
「そこは、先に声を掛けないかい?何時からこんなにも城下の者は冷たくなったのか…」
何時から、というが、どう見ても青年は二十代。その年齢で何度も行き倒れていたのか、と寧ろ哀れんでしまうのだが、今のご時世そんなことになれば奴隷狩りに遭うだろう。何を隠そう、ヒカルがそうだった。
まぁ、それはさて置き、ヒカルは行き倒れの青年に向き直る。その顔が誰かに似ている気がするが、それよりも何故に第一王子の御使いの度に厄介事──前回は王城の使用人に絡まれる事件──に遭遇せねばならないのか。
「……行き倒れている所で申し訳ありませんが、生憎と連れ帰れませんので」
行き倒れを助けられる術など持っていない。精々、手持ちの菓子を備えるくらい。その程度ならば、まだ許される。
しかし、ヒカルが勝手に手を差し伸べても、王城で面倒を見られる訳ではないので、此処で話を聞くのは悪手。面倒を見られないならば、最初から手を伸ばすべきではないだろう。
だから、最大限の譲歩が焼き菓子の供え物なのに、この行き倒れめ!何をする!?
貴方を王城に連れ帰ったら、クラウディア様に怒られるのも、スカイティア様とレーウィス殿に困った目で見られるのも、ユエ様とステラ様に面白がられるのも俺なんだぞ!多分、後で唖然としたヴァイス様に問い詰められるのも俺なんだから!
此処は警邏兵を呼んでくるべきか。いや、起きたなら、警邏兵の元まで連行するべきか、と思考を巡らせていると、彼はゆっくりと眼を瞬かせた。
「……君、王城に行くんでしょう?」
「は…?」
何故、そんなことを聞くのか。そもそも何故断定的な内容なのか。もしかしたら、王城で見かけたのかもしれないが、王城の関係者がこんな所で行き倒れていると思えないのだが。
「──俺はユオ」
ヒカルが警戒しているのが分かったのか、のそのそと起き上がった彼は自己紹介した。ローブを外し、その下の金色の髪と深青色の双眸が露になる。……やば、本当に貴族だったか!
「……ユオ様、失礼致しました」
これ、どうしよう。マジで貴族だった場合、俺、首跳ねもの…!?
貴族を見殺しにしようといたと捉えられても不思議はない。というか彼の立場がものを言うぞ、これ…!
「改まらなくていい……あぁ、俺が君のことを一方的に知っていて悪いけど」
「……何処かでお会いしましたか?」
ヒカルが小首を傾げれば、ユオは悪戯をする子供の様に笑う。
「俺はルゼノ王弟子息、ユオルディーラ……君達の敵筆頭だよ」
「は!?」
王弟といえば、先の第四王子ヴァイスルナハルトの誘拐事件の容疑者であった。しかし、明確な証拠はなく、実行犯とその雇い主の王弟派の貴族が何人か──内数名は、王弟子息を担ぎ上げることを目論んでいた勢力らしいが──失脚したらしい。
あの事件に関して、従兄弟の派閥の人間の声がしたと証言したヴァイスは後に「派閥の混在していたようだ」と言っていたが、つまり、担ぎ上げられていた従兄弟というがこの目前の人物──ユオルディーラということか。
いや、何でこんな所にいるのさ!?王弟子息って、紛れもなく王族でしょ!何、軽々しく王城を抜け出してんの!?何で皆様揃って、そんなに脱走が好きなの!?
「……と言うのは半分冗談だけど」
「は、はぁ…?」
ど、何処から半分?というか、敵筆頭って…そういう認識なの?
「王弟子息なのは本当。これ、身分証ね」
きらきらと輝く金色の身分証を目の前に掲げられ、ヒカルは目を瞬かせた。
「でもね、敵対する気は全くない。俺はユエが好きだ。ステラが好きだ。序に言うと、両親が大嫌いだ」
「……そうなのですか?」
「うん、大嫌い」
ヒカルが聞き返せば、ユオはにっこりと笑って肯定する。……ちょっと胡散臭く見えるのは、軽薄な口調のせいだろうか。
「この際、それは置いておきまして。その王弟のご子息ユオルディーラ殿下が、何故王城外で行き倒れていらっしゃるのですか?」
「叔父上の領地の様子を見に行った帰りで、空腹と眠気で倒れた」
……ちゃんと食事と睡眠をとって下さい。ユエ様やステラ様がご覧になったら、お怒りになりそうですが。
「叔父上様と言いますと」
「アルセル侯爵ディアルトハイト殿だけど、知ってる?」
「一度お会いしました」
そういえば、アルセル侯爵はユエ様の叔父上でしたか。王と王弟にそれぞれレイビス公爵令嬢姉妹が嫁いだから、お二人にとってレイビス公爵家の子息であるアルセル侯爵は叔父に当たる、と。
「……そう、そのアルセル侯爵の所に、ジルって子がいるじゃん?」
「ジル?…ジルバートのことですか?」
そういえば、彼はアルセル侯爵の元へ行ったのだった。アルセル侯爵はジルバートのことを働き者のいい子だと言っていたが……ちゃんと上手く生きの抜いているのだろうか。
「そうそう、そのジルバート。君と同じ奴隷商館から来たって聞いてさ。それで君のことを一方的に知っているんだけど」
「ジルバートの話だけで、私がその話の人物だと?」
ジルバートはヒカルが王城にいることを知っている。しかし、彼が知っているのはそれだけだ。奴隷商館で使われていた『シュヴァルツ』という名を知っていても、今は本名の『ヒカル』を名乗っている。勿論、容姿に関してはこのルゼノで『黒髪・黒目』という条件に当てはまる子供は少ないだろうけど。
(…ジルバートは元気そうだな。ちょっと安心した)
ヒカルがジルバートに最後に会ったのはルゼノの王城に入ってから、一週間経った日のことだった。あの日は本当に寿命が縮むかと思った。
当時はまだスカイティアのことを理解できず、クラウディアは孤独な環境下で歪んでいて、レーウィスは遣る瀬無い状況に悲しんで、ユエは少々苛立っていた。
思えば、あの時の環境から随分と変わったものだ。今なら全力でジルバートを歓迎できる気がする。アルセル侯爵閣下、また連れて来てくれないだろうか。
「あぁ、それとユエとステラからの情報も込みで。この城下で『黒髪・黒目』の少年は珍しいからね」
二人の情報となれば、ヒカルが第三王子付の小姓であることも知っているのだろうから、先の問いに不思議はない。
「それで、私が王城に行くと?」
「そう。王都とはいえ、この裏路地は人気が少ない。君みたいな子供は格好の餌食だよね」
「っ!?」
不意に立ち上がったユオに抱き抱えられ、ヒカルは息が詰まりそうになった。ユオは物陰に向かってナイフを投げつけた。その瞬間、微かに呻く声が聞こえた。
「ユエは君を信用しすぎじゃないかな……あぁ、このまま行くから振り返らないでね」
「な、何ですか?」
「……君は元・奴隷の割に、少々警戒心が疎かになっているね」
「え…」
ユオの思わぬ言葉に、どくん、と心臓が高鳴った。つまり、あれはヒカルを狙っていたと?
忘れていた感覚に息が詰まり、鼓動が速まる。嘗て何処とも知れぬ場所を、何処を目指しているかも分からぬ土地を逃げ惑う中で感じた恐怖や、囚われていた時の屈辱などすっかりと忘れて、今の安寧が続くことを疑っていなかったことに気付いて驚いた。
奴隷であった頃の警戒心が疎かになるほどに、今の快適さに慣れきっていて。
誰かに守られていることなど考えもせずに、ただ安穏と過ごしていて。
(だって、王城の中はそれなりに事件があったけど…)
度重なる誘拐事件や巻き込まれ事件も、王子達の主導の元、無事に解決していた。それが無意識下の信頼になっていた。指摘されて漸く気づく己の行動の迂闊さと、その根底にあった王族達への信頼に愕然とする。……あれだけ毛嫌いしていた支配者階級への信頼が高いな、本当に。
いや、それもそうだけど、この状況は可笑しくない…!?何故に王弟子息のユオ様が自然に俺を抱っこしてるの?本日初対面の小姓モドキを抱き抱えて帰還する王弟子息って、問題ありじゃない!?
不審者の気配を感じ取ってヒカルを抱き上げたまま、王弟子息は裏路地を進行中である。競歩?競歩なの?と思うくらいの速さだ。
「あの、降ろして下さいませんか?」
「やだ」
短く断られた。何で!?
「え…その、流石に身分を…」
「俺が無理やり抱き上げているのだから、気にしなくていい。君も、まだ護衛もなしで出かけるなんて止めておいた方が良いよ。クラウディア殿下の喝で、警邏兵の仕事がマシになったとはいえ、監視網がひかれている訳ではないから。……この国はそれほど優しくない」
優しくないという言葉とは裏腹に、彼の声は悲しくも何処か温かく感じる。
「……ですが、皆様は優しいです」
ユオ様、本当に行き倒れていたのですか?十分、力強いのですが。
俺のこと、何処かで見かけて態と倒れていたのでは?……そんなことをする意味は分かりませんが、心配して下さったのですか?
頭に浮かぶ問いは声に出さないが、ユオはヒカルを大事そうに優しく背中をポンポン、と叩いた。
「君がそう言ってくれるくらいには、ユエ達の力が働いているのかなぁ…?」
何処か嬉しそうに聞えた声に、ヒカルはほっと安堵する。
ユオルディーラは、本当にユエ達が好きなのだろう。まるで宝物を扱うかのように、ヒカルを抱く腕が背中を優しく撫でる。
あの、大変居心地がよいのですが……王弟子息ユオルディーラ様、何故に小姓モドキを抱き抱えて帰還するのでしょうか。クラウディア様並の安定感ですね。
ユエ様、ユオ様のこれは貴方の影響ですか?いえ、この場合は王族の血でしょうか。何故に皆様は小姓モドキに甘いのですか…!?




