城下散策
ルゼノ王都シルーバは栄えている。景色もよく、治安もいい。
少し前にクラウディアが出動する事態になったこともあり、警邏兵が増員されたことで、城下は女性が一人で歩いても問題ないくらいに安全だと言う。
……豪い回復度だな?だって、それまでクラウディア様出動要請レベルだった訳でしょう?言い方が悪いけど「王族が主導で捜査してます」って都民に触れ回る為、また問題が長引いた場合は責任を全て第二王子に押し付ける為の出動だったんじゃないの?
訝しく思うくらいには、ヒカルは階級社会の黒い部分を知っている。
しかし、こうして何度目かの王子のお忍び視察──と言う名の城下散策──は、クラウディアが城下の警備を見直して以降、何の問題もない。ヒカル自身、城下に一人で出かけたこともあるし、裏路地は少々暗いが夜の街程ではない。
まぁ、王子が気軽に出かけられるくらい治安が回復したと言うならば何も文句はないが、と視線を転じて、ヒカルは現実を直視する。
ヒカルの視線の先にいるのは、第三王子スカイティアである。スカイティアはローブで頭からすっぽりと身体を覆って、髪色を隠している。しかし、その顔に憂いはなく、寧ろ嬉々として城下の店先を覗いている。本当に、好奇心旺盛なお子様のようである。
「治安が良いと評判とはいえ、王族が気軽に何度も城下散策されるのも如何なものかと思いますがねぇ」
「まぁ、護衛もいるし、良いじゃないか」
城下に降りてきた今、〈影〉と呼ばれる護衛は勿論、騎士であるクラウディア──彼自身が第二王子だが──とレーウィスもいる。しかし、最近になって街に繰り出す機会が増えた気がする。……本当に明るくなりましたねぇ、スカイティア様。
「まぁ、あの騒ぎも、少し考えればおかしいんですけどね」
第二王子が城下に出るまでに発展した、『黒』の再来を恐れる市民意識。そこまで発展したのはルゼノが『黒』に馴染みがないからだと言うが、誰かが意図的に『黒』の存在を貶めているようにも聞こえる。
それこそ、ヴァイスが嘗て教え込まれた「金色の髪はこの世界の創造主からの贈り物」という認識から『金髪至上主義』を掲げた者がいるように、ね。
ヒカルははっと内心で嘲笑う。
王侯貴族・市民・奴隷と階級を作ったように、誰かを祀り上げるために他を蹴落とす。階級社会は、便利と言えば便利なのだ。大多数の民を管理する中で、その更に下に奴隷という存在がある以上、市民は多少の不便に文句を言えなくなる。不手際があれば、また運が悪ければ、更に過酷な階級に落とされることを知っている以上、開いた口も閉じざるを得ない。
下の階級から見ると、物凄く不条理だけどな。特権階級って、国への忠誠と功績が認められたからこそ得られた筈なのに、その後に続く後継者が、立派に民を導く指導者の一人になるとは限らないし。寧ろ世襲を当然とした階級制度が、貴族の堕落を招いている節もある。……まぁ、堕落だけならまだしも、腐敗したらアウトだけど。
「何の話だ、ヒカル」
じとっと、ヒカルが視線を向けた先にいるのは勿論、件の中心人物のクラウディアである。
「あの騒ぎって、本当にクラウディア様が出る必要があったんですか?」
クラウディアが態々異母弟の部屋を訪れてまで「仕事が長引いて暫く部屋を訪れられないかもしれない」と告げた日、思わずスカイティアと一緒にフリーズした。
まぁ、実際二週間ほど彼の足は遠退いた。途中報告と言う形で顔を出した日はあったが、結局目撃情報があった『黒髪』の人間は見つからなかったらしい。しかし、別の成果が上がったらしいが。
「そうだな。堕落した警邏兵の処分や配置転換など、相応の待遇改正の機会にはなったぞ?」
「……俺にはそれが目的かと」
くつくつと笑うクラウディアに、ヒカルは肩を竦めた。
「最初から俺は狙った訳ではないぞ。そもそも俺自身が警戒していた。『黒』の再来が如何のと言うより、それに伴う人々の混乱に関して、だが」
「〈黒の予言者〉が再びやって来ることで、またルゼノを震撼させるような事態になるのではないかと怯える民の混乱、ですか」
「そういうことだが、話を聞く限り、本当に『黒髪』らしき者が目撃されただけで、それ以降は何の問題はない。寧ろ…情報を集める際に王都の警邏兵が無能なのが問題だった」
「……えっと?」
確かに王都の警備に関して、見直す点が多々あったようだけど…?
語気に不穏さを纏うクラウディアに、ヒカルは「地雷踏んだ?」とやや表情を強張らせた。
「警邏兵の仕事がなっていない。奴らは俺達騎士と同じく国や民を守るために存在するというのに、治安を守れぬ癖に都民に対して態度だけは一人前だ……役に立たぬ愚物に、せめて警邏兵とは何かを理解させる程度に教育をしておいた」
「……左様デスカ」
その教育がどんなものかは聞きませんよ。国に忠誠を尽くす王子であり、騎士のお仕事ですものね、小姓モドキは口を挟みませんよ。
「……それで、あんな感じですか」
「……まぁ、それは仕方ないだろう」
ヒカルが示した先を捉え、クラウディアはやや視線を逸らした。
きっちりと制服を着込んだ警邏兵の姿が城下の至る所で見られるが、クラウディアを捉えては──勿論、髪色を隠してるが──敬礼をする。しかも、その顔は何処か恍……否、崇拝しているかの様な表情を浮かべている。
何をしたんですか、クラウディア様。警邏兵には少々教育しただけですよね?それなのに、この反応ってどういうこと?え?教育って言葉は本当に合っていますか?
「……まぁ、クラウディア様って意地悪顔が似合いますしね」
「聞えているぞ、ヒカル」
思わず呟いた現実逃避の言葉により、クラウディアの報復がヒカルを襲った。別名『髪の毛ぐしゃぐしゃの刑』である。これ、癖毛の人間には結構キツイ。
だって、あの恍惚とした視線って、結構危ない趣味嗜好に走ってない?クラウディア様の教育(?)の賜物の結果ってことは、そういうことじゃないの?
妙な思考が過る程度には、ヒカルにも色々と見てきたのである。大変嫌な経験だが、お蔭で警戒心は養われた。
「まぁ、これで王都の治安回復と、都民の不安も落ち着いただろう」
「……それならいいですけどね」
「ヒカル、一応言っておくが。アレは、俺のせいではない」
「…そうですか」
取り敢えず、否定はしておくんですね。そうですね、クラウディア様の配下になった騎士達が全てああなったら、流石に問題だと思いますので。そういうことにしておきます。
◆◇◆◇◆
「……で、スカイティア様は何が気になっているのです?」
とある酒場兼食事処で昼食を取ることにしたのだが、王都とあるだけあってその賑わいは盛大だ。大テーブルの一席を確保して食事を頼んだところで、スカイティアの視線の先が気になった。
「向こうのテーブルが騒がしいなって」
「……昼間でも、此処は酒場ですからね」
三つほど離れた席では、同じく大テーブルを囲う数人の人影がある。大事にならなければいいのだが。
「陽気に酔っていても、急に態度が変わることもありますからね。少々警戒は必要かもしれません」
レーウィスがそれとなく席を移動し、スカイティアとクラウディアを庇うように相手席から隠す。
酔っ払い相手には何が原因で絡まれるか分からない。酔っ払いからは存在そのものを隠すのが、一番いい守り方だろう。
少しして料理が運ばれ、酔っ払いの存在も忘れて舌鼓を打つ。王宮で食する高級料理とはまた別で、これもまた香ばしい食欲を誘う匂いが漂った。
「これ、なんていうの?」
「えーっと、これは鶏胸肉ですね。で、こっちが…」
二種類のパンと、鶏ときのこのクリーム煮、香草サラダ、魚のムニエル、野菜とコンソメのスープ、それぞれの飲み物など。テーブルを覆い尽くす料理の数々に成長期の男性らしさを感じる。多分、これでも足りない。
此処にいるのは、まだまだ成長期の男性陣である。特にクラウディアは騎士であり、栄養補給のためにも人一倍食べる。まぁ、テーブルが埋まる程の料理が彼の身体の何処に入るのか謎ではあるが。
「あ、これ美味しい」
「これなら日持ちしそうだな」
「クラウディア様、お土産は別にしましょうね」
「駄目か?」
「今度、一緒に来られると宜しいかと」
「あぁ、そうですよ、兄上。兄弟揃って外食する機会はないし」
クラウディアの持ち帰れそう発言から、今度のお出かけ予定まで発展する。仲が良くて何よりだ。
兄弟揃って……そういえば、兄弟全員は知らないな。上から第一王子ユエ様、第一王女ステラ様、第二王子クラウディア様、第三王子スカイティア様、第四王子ヴァイス様……で、更にお二人…王子と王女が一人ずつ、でしたか。……っと、先程のテーブルが怪しいですね。
ヒカルはふと視線の矛先を変え、その先のテーブルを捉える。
「……レーウィス殿」
「えぇ、少々…警戒が必要ですね」
レーウィスの視線がすっと細められる。酒場を兼営する食事処では珍しくもない酔っ払いの騒動だ。酔っ払いの乱闘にでも発展したら、王子二人とともに速やかに撤退しなければならない。
……酷いとか言わない。王族を守る使命があるレーウィス殿からすれば当然だし、王族は本来なら外に安易に出てはいけないのである。しかも王子を巻き込んだら、ただの酔っ払いの喧嘩では済まない。これは加害者・被害者、現場の酒場としても問題になってしまうので、『王子は此処にはいなかった』ということにするのが最良解なのだ。
警戒したまま食事を続けるのも味気ないのだが、仕方あるまい。小さく息を吐き、様子を伺いつつもフォークを動かす。
「──失礼ですが、お客様。他のお客様のご迷惑になりますので」
凛とした佇まいの、何処か気品すら感じさせる給仕が酔っ払いに声を掛ける。
「あぁ…?」
声を掛けられた酔っ払いが、険を含む視線を向けたその先で、艶やかな白金髪が灯に照らされて輝いていた。その給仕の容姿は一見貴族階級かと思うような色合いで、酔っ払いも一瞬で目を醒ましたように目を見開いた。
「……あ、す、すみません」
「食事をお楽しみ頂いていたところに無粋な真似を……失礼致しました。お詫びと言っては何ですが、此方を」
にっこりと微笑んだ給仕の青年は、背後で待っていたもう一人の給仕が用意していたグラスをテーブルに差し出した。
「此方は、サービスです。良いお酒と、良いお時間を」
……暗に、それを飲んでさっさと出て行け、と。
あの給仕の台詞は、そう解釈すべきだ。白銀とも見紛う色素の薄い『金髪』は、一種の牽制。『金髪』が王族並びに貴族に属する者の髪色とするならば、彼はそういう階級に縁のある者と捉えられるだろう。貴族に喧嘩を吹っ掛けるほど、この国の民も馬鹿ではない。
そういった認識があるだろうからこそ、あの髪色の給仕が出て来たのだろう。実際に彼の給仕が貴族の落胤かどうかは知らないが、それが事実かどうかは問題ではない。脅しのようだが、騒ぎを大きくしない・店の評判を傷つけない、一番スマートなやり方だ。
案の定、酔っ払いとともにいた席の者は皆、サービスとして提供された最後のグラスを空にして帰って行った。
「……騒ぎにならなくて済みましたか」
「そのようですね…流石の手際と言いましょうか」
「お知り合いですか?レーウィス殿」
「えぇ、ステラ様の〈影〉のお一人です」
ほっと息を吐いたのも束の間、レーウィスから聞き捨てならない言葉が飛び出す。
ステラ様の〈影〉……王族の護衛ってこと?そんな人が、どうして此処に?
ヒカルが疑問を浮かべている間に、彼の給仕が横を通る。紺色の給仕服はどう見ても、此処の酒場で働く者と同じだ。即興で誂えたものではない。
ということは、元々用意していたんですね。流石ですねぇ、〈影〉の皆様。潜入中ですか?それとも本当に護衛?
「お疲れ様です、ルーカス」
「サービスは如何なさいますか?」
「デザートに、甘味と紅茶を」
「畏まりました、お客様」
席を囲うクラウディアとスカイティアに非礼のない程度に──王子達がお忍びである以上、丁寧過ぎる礼は正体がばれるからだろう──挨拶を交わして、給仕は柔和な笑みを浮かべて通り過ぎた。
「まさか、ルーカスがいるとは」
「クラウディア様もご存知で?」
「あぁ、シュテルインがいない時、姉上に着いているのが彼だし、騎士団にも出入りしているからな」
「え…シュテルン殿がいない時ってあるんですか?」
「非番の日はあるぞ」
「それでも大抵一緒にいますけどね」
それは、ステラ様とシュテルイン殿の恋仲説が濃厚になる奴では?いや、そこはスルーしよう。穿り返す様なものではないし。
ヒカルは思考を頭の隅に寄せ、話を戻した。
「何故、そのルーカス殿が給仕の姿で?」
「先回りしていただけです。他の王都の店にも何人かユエ様とステラ様の配下の者がいますし」
あぁ、城下の治安維持の為にも必要なことですか。警邏兵は呼ぶまで来られませんもんね。……というか警邏兵が役に立たなかったのって、問題が未然に防がれていたからじゃない?問題がなければ、気も緩むよね。
この国の策士な王子と聡明な王女を思い浮かべ、ヒカルは納得すると同時に浮かんだ疑念に首を捻った。
ユエ様、ステラ様、警邏兵の緊張感って、貴方方が削いだのでは?……いや、だからって仕事放棄していい訳じゃないし、その必要があった以前の状況が問題だもんね!
まぁ、その警邏兵達にはクラウディア様が喝を入れたみたいだし、少しは〈影〉の皆様も楽になったのですかね。本日も第一王子と第一王女の有能さを垣間見た。……まぁ、姿形が見えなくても存在感は抜群ですね、お二人とも。
その後は何事もなく、サービスで提供された甘味に舌鼓を打ったのだった。




