ライゼルスからの帰郷
「──おや、これは…」
ルゼノ王城、第一王子の宮殿の一室で、早馬で届いた手紙に目を通していたユエは目を瞬かせ、思わずと言った様子で呟いた。
「何ですの、兄上」
「見て、これ。アレクからの手紙」
隣からユエの手元を覗き込もうとしていた異母妹ステラにライゼルスから王太子から届いた手紙を差し出すと、彼女もまた「まぁ…」と言葉を漏らす。
「ステラも、行きたかった?」
「そうですね。でも、今度はあちらからやってきますし」
月を跨いで直ぐに、今度はライゼルスの使節として第三王女ルカリアと、非公式ながらも王太子であるアレクシスがやって来る。本来ならば、この使節団から相談を受ける筈だったが、ライゼルス内の動きの不穏さが目立ったことで、非公式でのライゼルス第三王女の来訪を経て、ルゼノの王子二人が派遣されたのである。
「ですが、その前に…」
「あぁ、これは問題だね」
再び送られてきた手紙に目を落とし、二人揃って苦笑を浮かべた。
アレクシスは誠意を示す意味でも、異母弟達が帰って来る前にその内容を包み隠さず、ありのままのことを知らせてくれた筈である。勿論、国家機密などの問題は省くだろう、醜聞も少ない方が良いに決まっている。
しかし、そこに綴られている内容には呆気に取られ、また苦笑するしかない。
”初回の夜会で、反王家派による暴動が発生”
”乱闘騒ぎにはなったが、クラウディア殿下の活躍により無事に鎮圧に成功した”
”餌に吊られて夜会にやって来てくれたお蔭で、隙だらけの屋敷の警備は潜り抜けるのが簡単だった”
”ルゼノの港で見つかったという薬物の、その密売人の元締めは我が国にいたようだ”
”望むなら、首を届けさせようか?”
アレクシスによって綴られた、大国の王太子らしい冷酷さを見せる私的な手紙──一応、公に残すものは確りとしているからいいとして──を抜粋すると、ルゼノから見ても穏やかとは言えない内容であった。
ルゼノの王子を囮──餌とも言う──にして、夜会に敵を誘き寄せることは聞いていた。大規模な摘発になるだろうことも、想定していた。しかし、夜会そのものが乱闘になることは予想していない。
「……何故、夜会で乱闘になるのかな?」
「アレクも思い切ったことを…ですが、それよりもクラウディアが率先して敵を狩っては駄目でしょうに」
クラウディアへの説教案件である。
二人揃って溜息を吐きつつも、その内容には安堵した。以前ルゼノで発覚したアージェスト子爵家の密輸事件の関係者がライゼルスで捕縛されたことは朗報だ。第二王子誘拐未遂事件なども重なり、黒幕追求がうやむやに成り掛けていた。
やはり、持つべきものは意識・思考などを共有できる仲間である。同志、大事。物凄く大事。自分では気づかないことを客観的に評価、また自国が動けない時の別部隊となる。
手紙に綴られたアレクシスの文字を辿り、夜会の出来事から発覚した問題に今後の方針を立てる。
「スカイティアは薬物に弱いね」
「耐性をつけないと、ですね」
分かっているが、外に出る機会のないスカイティアには経験が必要だ。しかし、それに伴って危険も隣り合わせになる。身を守る護衛は着けても、遅行性の毒を混ぜられては毒見は無意味。耐性をつけることは勿論、夜会などでは解毒の時機を逸しないことが重要だ。
”シーラとクローディアに乞われて、スカイティア殿下はリズベルト公爵の屋敷を訪れたそうだ”
”リズベルト宰相が目を輝かせていたから、きっとこれからスカイティア殿下を讃えると思う”
”シュナイザー伯爵が釘を刺してくれたが、目に余る執拗さだったらバッサリ切ってくれていい”
”寧ろ、推奨”
アレクシスがスカイティアの行動を簡単に綴った文面によると『リズベルト公爵に目を付けられたから、頑張れ』(意訳)である。
「スカイティア…リズベルト公爵にまで会ったんだね。親交を深めたのはいいけど…」
「人脈を作ることをクリアしたと思いましょう、兄上。スカイティアの後ろ盾です、国外にもあった方が良いのですよ」
隣国同士、頼り頼られる関係ならば、誠意は大事。今回は特に。
しかし、だからと言って、此処まで明け透けに書かなくていいと思う。それがユエの心境であった。
もう少し国外に漏らす内容を精査した方が良いのではないだろうか、と思う程に、寧ろ嬉々として語っているようにすら感じるのだが。
”やはり君の妹弟は良いね。つくづくステラとの婚姻が白紙に戻ったのが残念に思えるよ”
”あぁ、今回の事件を除くと、最近では縁談相手と話をすることが仕事に近いのだけど、ステラを相手にしている時と同じ対話力を求めてはいけないよね”
”話にならない”
最後の愚痴の様な文章に、ユエは言葉を詰まらせる。否、最後ではなかった。その後、数枚に渡って長々と綴られる縁談の回数や内容に対する愚痴には唖然としたし、思わず額に手をやった。
……ねぇ、アレク?僕は君に弟を貸すとは言ったけど、現段階であげる心算は毛頭ないよ?君の妹が嫁いでくるなら歓迎するけどね。
ステラが理想の伴侶と言う話は何度も聞いたけど、縁談相手には少しくらい手加減してやってね?ルゼノの第一王女が有能だなんて、大陸中で知られているからね?
まぁ、ステラ王女レベルはいないから諦めろとばかりに、多種多様な特技・特徴がある(意訳)令嬢達との縁談を押し付けられているのも大変だろうけど、ステラで牽制は無理じゃないかな?調うならとっくに調っている縁談だし。
「アレクも大変ですわね」
「ステラ、君の友人で、最も有能なる令嬢を紹介して差し上げて」
「あら、此方からも縁談を?」
残念ながらルゼノ王家にはアレクシスと年齢が釣り合う姫が、ステラ以外にいない。しかし、ステラはルゼノが手放せない。しかし、せめて有力な候補さえ上がれば、候補に匹敵する姫や令嬢以外との縁談は見合わせられる筈だ。
ステラは本当に論外なのだ。規格外なのだ。王女に継承権があれば、或いは彼女が王子として生まれていたならば、本当にユエの一番の対抗馬だった。
「アレクが不憫だから」
「……候補を纏めておきますわ」
アレクが女性嫌いになる前に妃候補を確立してあげて、と思わずにいられなかった。
ユエの懸念は伝わった様で、ステラは早速リストアップを始めたのだった。
◆◇◆◇◆
ルゼノ王城、第三王子の宮殿には少々暗雲が立ち込めていた。
昨日ライゼルスから帰還した第二王子クラウディアと第三王子スカイティアは、正面のとある存在から視線を逸らしていた。
彼らは無事に帰還した。うん、無事だった。
けれど、無事ならば内容はどうでもいいと言う訳ではないってことだよね。
二人の前にはにこやかな微笑みを浮かべつつも、珍しく凄み感じさせる第一王子ユエルディーネと、第一王女アルトステラがいた。
因みに、長椅子に隣り合って座るスカイティアとクラウディアの後ろに同行した騎士の代表が並んでいるのも忘れてはいけない。
めっちゃレアですね、お怒りなのは。あ、第二王子誘拐事件でもあったか。特にクラウディア様は騎士として動く余り、王子としての自覚に欠けるって。……あれー、クラウディア様?反省点を生かせていませんよ?
「この時間を設けた理由は分かるよね?」
「……先のライゼルス滞在に関する任務について、ですね」
クラウディアの気まずそうな答えに、ユエとステラは頷く。笑みを消した二人は恐ろしや。
「まずは、スカイティア。君は、薬物耐性を付けようか。夜会とはいえ、解毒薬を持っていないのは不味い。まして、あの夜会で狙われることは分かっていただろうに」
「はい、申し訳ありません」
提供される食事の前後には解毒薬を飲んでいたが、夜会の中では飲む時間がなかったこともある。しかし、実際には何かと理由を付けてその場を離される術も考えねば、今後は危ういだろう。
誘拐犯とその娘の愚行は反王家派の動きとは別とはいえ、案内されるままに会場から出たのは余りにも迂闊だった。……というか、あの場にいた女性の話はどうなったのだろうか。そういえば謎のまま。
「でも、報告を聞くに会話は弾んだようで何よりね。あの夜会では人脈作りもして欲しかったし、その点は良かったわ」
「ありがとうございます!」
最後にはにっこりと笑ったユエとステラに安堵し、スカイティアは漸く緊張を解いた。
しかし、それも束の間。次はクラウディアへと視線が移る。
「次に、クラウディア?貴方には端的に言うけど、求められた役割・立場を間違えないこと。何故、騎士の面を全面的に出してしまうのかしら?」
「…申し訳ありません」
「薬物にいち早く気付いて、囮の仕事を全うしたのは良い。君なら薬物に侵されようと動けただろうし、人質になっても不意打ちできるだろう…でもね、君は一人じゃないんだから、周りを頼ることを覚えようか」
「はい…以後、気を付けます」
以前もあったのに気を付けられてなかったぞ、第二王子殿下。それだけ一人で物事を遣り通すのが習慣づいているんだろうけどさ。……その割に騎士団には親しいご友人多いのね、解せぬ。頼れよ。
「まぁ、お蔭でルゼノの株は急上昇だけど。あぁ、あとクラウディアへの縁談と指導を受けたいっていう申し出が殺到しているけど、此方は陛下と相談だね」
「……え」
呆気に取られたクラウディアに、ユエとステラが忍び笑う。
ユエ様とステラ様は嬉しそうですね。縁談は国との繋がりだけど、指導を受けたいと言う申し出はクラウディア様自身の価値だろう。初日の対抗戦でクラウディア様の指導を受けた騎士達が勝ち上がっていたし、クラウディア様ご自身、夜会でもご活躍されていたようですし。
夜会のことは詳しく知らないが、兎に角、ライゼルス側からの絶賛が凄い。
期待値が爆上がりだね、ルゼノ第二王子クラウディア殿下。ライゼルス王家とはルゼノ王家ぐるみでのお付き合いになるのでしょうか。
「さて、レーウィス?君も説教の対象ね」
「はい、覚悟しております」
クラウディアへの説教とライゼルスの絶賛を終えて、次の標的は第三王子付の側近レーウィスである。
「初日の有毒植物採取と報告、分析に関しては問題ない。しかし、夜会に関してはクラウディアの性格上、突っ込んでいくことは予想できただろう。先に言い含めておかないと」
「ごもっともです」
「スカイティアの傍を離れたことも、褒められないね。ついて行く前に、代理に指示をしてから動くべきだった」
「はい、反省しております」
恭しく頭を下げるレーウィスだが、ヒカルは王子達へと視線を向けていた。
これはレーウィス殿への説教だけど、王子二人にもグサグサと刺さってるな。狙って…いや、どうだろう。ユエ様って時々わからない。
全体への反省と説教が終わったのは、一時間後だった。二人の王子と騎士団への駄目だしは終わったが、その一時間で彼らの精神をザクザクと削って行ったようだ。……まぁ、今後に活かされるだろう。
「──では今回の反省点を、今後の指針としてくれるかな」
お伽噺の中のような王子様は嫣然と微笑んで、その傍らには女神の如く慈愛の笑みを浮かべる王女様がいて。……切り取ると、一枚の絵画のようだね。煌々と輝いているようですよ。
「はい、気を付けます」
「それでは、僕らはこれで失礼するよ」
説教を終えると、彼らの異母兄姉は席を立つ。
「え、もう行かれるのですか?」
「あぁ、アレクの婚約者候補を見繕いに」
「「「え…」」」
思わぬ人物の名が出て来て、クラウディアとスカイティア、そしてヒカルの声が重なった。
「アレクがね、縁談攻撃に辟易としている様でね」
「私の友人に声を掛けて、アレクと合わせようかと。調うかどうかは別として、アレクへの負担軽減の為にね」
あぁ、王太子殿下ですからね、しかも戴冠式も間近の。それなのに現在は王太子妃がいらっしゃらない状況……アレクシス殿下と婚姻を結んで直ぐに王妃へとなられるというのは、中々にハードルが高そうですが。
「……成る程、確かに大変そうですね」
「うん、だから負担軽減策プラス良い縁になればと思って」
「候補となりますと、公爵家ですよね?レイビス、ミストリア、シーザスは除くとして…ネクター家ですか?」
三大公爵家を除き、次に名を上げられたネクター公爵家は昨今に侯爵から爵位を上げた家だという。
「えぇ、何人か候補は挙げるけど、有力なのはネクター家の令嬢ね」
「ネクター家の、ノエル嬢ですよね。確かにあのご令嬢ならば、アレクシス殿下ともお話が合いそうですが」
「あら、クラウディアも知っているの?」
「えぇ、大図書館でよくお見かけしますよ。最初にお見かけしたは北側の、ルゼノ創設期から始まって。最近では南側の地域分から海運業の分野まで進まれているようですが」
……え、何で知ってるの。クラウディア様って、大図書館に通われていたんすか?日々鍛錬している印象だったけど。
「あら、〈黄昏時の君〉は彼女に気付いていたの」
「は?何です、その呼び名は…」
ステラ曰く、ネクター家の令嬢は「夕暮れ時、鍛錬の後に現れることと、紅の髪色を掛けて〈黄昏時の君〉と呼んでいた」らしい。……成る程、色合いは確かに『赤髪』というより『紅』という表現の方が合う気もする。
「左様ですか……まぁ、隠れて利用している訳ではないですけど、公爵家にまで上がったネクター家の令嬢が継承権もない王子の存在に気を掛けているなどとは…」
「クラウディア、その発言は駄目よ?」
「アレクが聞いたら、君を強制的にライゼルスに連れ帰る算段を付けそうだから止めて」
「え…?」
ユエとステラがクラウディアの発言に慌てた様子で異母弟に詰め寄った。……レアですね、そんなお二人は。クラウディア様、めっちゃ、きょとんとしてるし。
「アレクは二人のことを相当気に入っている様でね……うっかり言質は取られていないよね?」
「え、えーと…そのような話はなかったと」
「少なくとも記憶している限りでは…」
二人の自信のなさそうな返答に、ステラは口元に手を当て考え込み、ユエは珍しく目を眇めてレーウィスに確認する。
「……アレクには釘を刺しておこう」
「えぇ、ルカにも確認するわ」
「何だか、ご心配をお掛けしてしまったようで。申し訳ありません」
まぁ、弟妹大好きなお二人からすれば、横から掻っ攫われるような真似は許せませんよね…いつも余裕綽々のお伽噺の王子様と女神な王女様の必死な姿がちょっと珍しい。
というか、アレク様も大概ですね…このお二人から弟王子を取り上げたら、大変なことになると思いますが。
反省会の内容よりも不穏な雰囲気になってしまったが、ちょっとほっこりしたヒカルだった。




