友好の夜会
ライゼルス滞在最終日の前夜、夜会が開かれた。
初日から色々とあったが、ライゼルスの膿は無事に取り除かれ、またルゼノとしても第二、第三王子が初めて訪れた隣国で友好関係を築くことができた。
まぁ、小姓モドキの俺が語ったところで、説得力は無いけど間違いはあるまい。
ルゼノの第二王子クラウディアと第三王子スカイティアは、夜会でそれぞれ友好を深めたライゼルスの第三王女ルカリアと、リズベルト公爵令嬢シーラをエスコートしている。
夜会が始まり、一度目のダンスが終わった後、クラウディアもスカイティアも次々と相手を乞われて参加者と踊っては回数を熟していた。……ダンスなんてできないと駄々を捏ねていた頃が懐かしいですね。
慣れれば全く問題ないようで、クラウディアは勿論、スカイティアもなかなか上達したようだ。今の所失敗はしていない。内心、ハラハラしているのは否めないけど。
「シュナイザー伯爵は踊られないのですか?」
「老体に鞭を打たないでください」
「……老体?」
何処が?とありありと怪訝な表情を浮かべるが、シュナイザー伯爵はどこ吹く風と答える気はないようだ。
えぇ…聞いただけでも、先日の夜会ではご活躍された様ですけど?
貴方、若い頃から文官であって騎士ではないとお聞きしましたけど?謀反を起こした貴族を足蹴にして、尋問したとか。……あぁ、噂ですよね?きっと、尾ひれがついたのです。そういうことにしておきましょう。
もういいや、とヒカルは貰ったグラスに口を付ける。
今宵は平和だ。初日の騒々しさもすっかりと息を潜め、あとは王太子アレクシスの采配がものを言うだろう。
「ヒカル殿?」
「少し風に当たってきます」
グラスを置いて、夜会の会場を後にする。初日の様な騒動がなければ、警備の混乱もない。少し外へ出て行っても、問題ないだろう。酒の酔い醒ましに外に出る者もいるだから。
今宵は、月が綺麗だ。深い青い空に散りばめられた星が寄り添うように月と並んでいて、その存在を主張する。
会場から聞こえるゆったりとした曲が鼓膜を揺らす。
花が咲いている。初日に見つけた毒が上塗りされた植物だ。見ているだけならば綺麗なのだが、流石に触る気にはなれない。
「──夜会はつまらないかい?」
不意に聞こえた声に、ヒカルは肩越しに振り返ってから、身体を向き直す。そこには正装したライゼルスの王太子──アレクシスの姿があった。
「これはこれはアレクシス王太子殿下、今宵の月の如く威風堂々とされておられますね……主催が抜けて来て、宜しいのですか?」
「少しくらい構わないよ。ルカリアと、リズベルト宰相一家がいるからね」
「左様ですか。問題がないなら、何よりです」
アレクシスは今宵の主役だ。大々的には公表されていないが、病床に伏した父王から譲位を約束されているという。まだうら若い王太子が、隣国の王として即位するのは間近だ。これから彼が背負う物は大きい。
「……君には感謝しているよ」
「はい?」
「ルシルを見つけてくれて」
「……私は、報せを遅らせただけです」
ルシルの願いを、ヒカルは叶えられなかった。彼が命を賭した選択を、ヒカルは活かすことができなかった。
「それは此方の落ち度。それに、ルシルだって…言い方は酷だけど、一文官の言葉だけでは当時の伯爵家に捜査の手が及んだかどうかも怪しい」
「……そう仰っていましたね」
それでも、もっと早く告げられていたら、ルシル様や他の仲間達を何時までも誰も知らない、冷たい土の下で眠らせておくことは無かったのに。
今尚そう思わずにはいられない。それでも彼らを見捨てた後悔に苛まれることからも目を背けて、感情に蓋をして、意地汚くも、一人だけ生き残ることを選んだのは紛れもない自分自身だ。
その選択そのものを悔やむことはないし、ヒカルを責めることは誰にもできないけれど。
(分かっていても、一度思い出せば、彼のことを考えてしまうけど)
「少しだけ、付き合ってくれるかい?ヒカル殿」
アレクシスに誘われるままに、王城の庭を進んだ。幾つかの建物を抜けて、行き着いたのはルゼノ一行の逗留先でもない、立派な建物だった。
「此処は?」
「ルシルと彼の恋人の逢瀬場所」
ライゼルスの王城にある大図書館の裏手だというその場所には宵闇の中に多くの美しい花々が咲き、その花々に囲まれるように二つの名を刻まれた石が並んでいた。
「え…?」
「そして、彼ら二人の眠る場所だ。生きて一緒にはなれなかったが、眠る場所は同じにしてやりたかった」
アレクシスは名が刻まれた石に手を伸ばして、その名をなぞる。
『ルシル・フィデース』
一つの石に刻まれたルシルの名と、その後に綴られた『忠義』という文字。
「フィデース?」
「彼の忠義をかって、彼個人に姓を与えた。名実ともに、彼はライゼルスの、私の忠臣……そして彼女の、生まれた時には私の婚約者であった幼馴染の、最愛の夫だ」
「それは…」
生れながらに身体が弱くなければ、アレクシスの妻──王太子妃として、そして将来は国母となる筈だった令嬢だったのか。
彼女が短い人生の中で愛した男性が歩んだのは、彼女と同じく短い人生だったけれど、精一杯この国に忠誠を示した。正しく彼こそが忠義の人だと他でもないアレクシスが、次代の王が認めたということ。
「ルシルの忠義に報いる、その誓いを。ライゼルス王太子アレクシスの名に懸けて……彼に恥じぬ主となることを、君に誓う」
ライゼルスの次代の王は威風堂々と。今宵の月のように、清廉とした姿で誓いを立てた。
(でもね、それを俺に言われても…!)
ヒカルは身に余る場に引っ張り出された気分だ。肌寒い訳でもないのに、ヒカルはその身を戦慄かせた。
何故に王太子殿下の誓いを、俺が聞かねばならんのです…!?
俺は隣国の小姓モドキですよ!身分制度は如何した!?
ルシル様、今、夜ですから化けて出て来るならマジで今ですよ?驚きません、寧ろ歓迎します!
カモン!俺の為にも今すぐ!!
直ぐそこにあるルシルの墓石に向かって叫びたい。当然ルシルが都合よく化けて出て来る筈もなく、しかし、何も言わない訳にもいかない。
(俺が、できること…)
王太子に対してできる宣誓など持ち合わせていない。隣国とはいえ、世話になった王太子に虚偽の申請などできる訳もない。
だから、とヒカルはじっとアレクシスを見上げた。
「……ではお約束を、私も一つ。彼が救ってくれた命を、全うします」
「うん、君はそれでいい。君は私より長生きして、見届けて欲しい…時には、また奮い立たせてくれると尚いいかな」
月を背にして嫣然と微笑むライゼルスの王太子は美しくも、堂々としている。
でもね、この王太子、小姓モドキに難題を齎したぞ。
そりゃ単純計算なら、俺の方が年下だから長生きするでしょうけど?
見届けるって、遠くからで良いのですか?それって、俺が何時までも王宮の内部、更に言えば王子付から離れない前提で話していませんか?
王太子の厳かな宣誓とは裏腹に、小姓モドキの内心は非常に複雑だった。
◆◇◆◇◆
思わぬ王太子との再会から、何故だか誓いを立てられて。
おかしいな……風に当たりに行ったのに身体が軽くなるどころか、寧ろ重い。精神的に。
「──随分と遅いお帰りですね。しかも、お疲れのようで」
夜会の会場に戻って開口一言目、シュナイザー伯爵の言葉である。……分かって言ってないか?この人。
「伯爵は、結局誰とも踊られずに?」
「二度言いますが、老体に鞭打つ真似は止めて下さい」
……踊れないのだろうか。真顔だけど。
「あ、ヒカル。戻って来た」
丁度そこにやって来た、我らが主人スカイティアの穏やかな笑顔に安堵する。……アレクシス殿下はあれだね、ユエ様の同類だから一々発言が心臓に悪い。
「あれ、クラウディア様は?」
「ルカリア殿下とアレクシス殿下と一緒に話されているよ」
「……仲良くなられましたね、本当に」
スカイティアの視線の先では、確かに三人が話しているのが見える。中々会話が弾んでいる様で、時々クラウディアが顔を背けて笑っている。……何を話しているのやら。
「──此方にいらっしゃいましたか、スカイティア殿下」
ふと、そこへ中年の男性がやって来た。ライゼルスでは積極的にスカイティアに声を掛ける貴族が多い。ライゼルスの王太子が招いた客人であることは大きいだろうが、スカイティアが会話に積極的なのは意外だ。
ルゼノ王と同世代くらいの男性は、既にスカイティアと知り合っているらしく、スカイティアも笑みを浮かべて歓迎した。
「リズベルト宰相閣下。先日はお招き頂き、ありがとうございました」
「此方こそ、殿下とお会いできて光栄です。……是非、今度は王都郊外の屋敷にお招きしたいのですが」
おっと、宰相様でしたか。スカイティア様、人脈の広げ方が凄いな。……ん?リズベルトってことは。
「此方はリズベルト公爵。ライゼルスの宰相で、あのお二人のお父上です」
「あぁ、シーラ嬢とクローディア殿の…」
シュナイザー伯爵の注釈に、ヒカルは納得した。確かに二人と何処となく似ている気がする。
「機会がありましたら、是非ともお伺いしたいです」
「末娘のセーラもすっかりと殿下に懐いておりまして…この夜会に参加したい、と我が儘を言い出す始末ですよ」
「セーラ嬢が?それは光栄ですね」
にこやかに会話をしている二人にほっこりする。
「お父様、そこは私を売り込んで下さいませんか?」
「それは確かに。俺の売り込みでもいいですけど」
そんな会話に参加するのは、リズベルト公爵兄妹だ。騎士の正装を纏うクローディアと色鮮やかなドレスを纏うシーラは並ぶと絵になる。
父親が宰相で公爵家という身分もあるだろうけど、お二人に関しては国内の令息令嬢が狙っているんじゃないだろうか。固まっていていいのか?
「お前達をセットにすると、ろくな事にならん。……こんな愚息達ですが、少しでも殿下のお力になれれば幸いです」
「えぇ、お二人にはとても助けて頂いています。今後も宜しくお願いします」
さらっと息子達を流して、スカイティアに戻るリズベルト公爵。そんな紳士に、スカイティアは苦笑する。……おぉ、第三王子の宮殿内限定の微笑みがでましたね、仲よくなったようで何よりです。
「スカイティア殿下も、あのように笑われるのですね」
「おや、ご存知ない」
「クラウディア殿下の表情の変化も、存じませんでしたから」
「そう言えば、そうですね」
初日の会話を思い出し、ヒカルは顔を背けて思い出し笑いを堪える。マジで、久し振りに見たツンデレぶりだったしな。
クラウディアの性格はヴァイス程ではないが、非常に分かり易い。最近スカイティアも楽しむくらいにはクラウディアの性格に耐性が付いたと言うか。
「では今回の二人の王子に同行したことで、貴方にも得るものがあったということですか」
「そうですね…ユエ殿下とステラ殿下には、そうご報告させて頂きます」
「…それが何を意味するかは存じませんが、悪い方に転ばぬことを祈りますよ」
まぁ、あのお二人がスカイティア様とクラウディア様を貶めることは有り得ないし、悪いことにはならないだろうけど。
「えぇ、悪い事にはならないと思うのですが」
「何です?」
物凄く引っ掛かるぞ、その言い方。
「あのリズベルト公爵に気に入られては大変だと」
「どういう意味でしょうか」
「余り失礼な物言いをしないで頂こうか、シュナイザー伯爵」
ヒカルが聞き返すと、丁度そこに声を被せて来たのは件のリズベルト公爵であった。緑色の瞳がギロリとシュナイザー伯爵を捉える。
「おや、聞こえていましたか」
「古くからの友人とはいえ、少々物言いが過ぎるのでは?」
「その時代から存じているからこその言葉です。我が国の王子まで貴方の毒牙に掛けたくないので」
(毒牙…?)
流石に聞き逃せない単語に眉を顰めれば、二人は微笑みつつも何処か恐ろしい。
「人聞きの悪い。素晴らしい才能を愛でて何が悪いのです?」
「才能を愛でることは結構です、その度合いの問題です、今にも其方のご令嬢と我が国の王子をくっつけようとしているでしょう、情勢を顧みることなく『婿に欲しい』とか言い出す前に釘を刺しておこうと思ったのですよ」
「駄目なのか?何か不満か?私の妻は王妹だし、血筋には問題ないと思うが?」
「それに関しては私ではなく、ルゼノ王家に縁談を申し込んでください。私は第四王子の後見人であって、クラウディア殿下とスカイティア殿下に関しては迂闊に発言できないのですから」
仲良しですね、しかし、此処は夜会の会場。噂になっても知りませんよ。それでなくともスカイティア様がシーラ嬢をエスコートしていたから、これで一層広まりますね。……これ、どうなるんだろうか。
「スカイティア様、大変ですね」
「え?シーラ嬢とクロードとは友人として、仲よくしている心算だけど?」
「えぇ、もうこれ以上にない仲ですよね、ティア様」
「クロード、近いです」
ぽつり、と呟いたヒカルの言葉に首を傾げるスカイティアは、伯爵と公爵二人の会話から遠ざけられるようにシーラとクローディアに挟まれていたから、多分理解してないのだろう。
クローディア殿、スカイティア様に顔を掴まれていますけど良いのですか、その扱いで。シーラ嬢も笑われていますし、いいのですかね?俺は知らない。
「まぁ、この先がどうなるか、スカイティア様次第ですものね」
スカイティア様はご自分の存在価値を皆無だと、まだ思っているのだろうか。どうみても、このリズベルト公爵家に望まれているのに。
今夜の夜会は無事に終わり、翌日は昼前にルゼノへと帰路に着いた。因みに、その際には往路と同様に甲斐甲斐しく世話を焼く騎士達が再登場した。
……まぁ、帰って早々に初日の夜会に関する反省会と、ルゼノ第一王子と王女によるお説教が待っていたけど、それはまた別の話だ。




