リズベルト公爵家
ライゼルスの宮殿の一角である、先王の弟が賜ったという離宮に招かれたルゼノ第三王子スカイティアは困惑していた。
「……あの」
「はい、如何なさいましたか?」
離宮の所有者であるリズベルト公爵との挨拶を終えて、今は令息クローディアと令嬢シーラがスカイティアの相手である。
「何故、私をお呼びに?」
「あら、お相手が私達では務まりませんか?」
「いえ、そうではなく…」
にっこりと微笑む令嬢に、スカイティアは頭を抱えたくなった。
……悲しいですけど、俺は今まで友人がいなかったのです。今更、貴族の社交場に放り出されるとか、どういうことですか。まだ、お相手が既知の人物だけと言うことは有難いですけど。でも、今回は勉強会じゃないのですが。
「そう固く考えないで頂けると助かります。我々も、ライゼルスの忠臣である公爵家の者として、この度の殿下方のご協力に感謝の念を禁じ得ません」
「いえ、それは……国同士の協力ですし、国外に出ることのなかった私が、お役に立てたのであれば幸いですが…」
クローディアはシーラの横に立ち、スカイティアに正面から感謝を告げた。
「殿下、我が家は公爵家です。丁寧な物腰はとても好印象ですが……それは我が家を友人として扱って下さることはないという線引きでしょうか?」
「え、それは…」
余りな直球な物言いに、スカイティアは狼狽えた。レーウィスに助けを求めるも、彼は少々困ったように肩を竦めるだけだ。
これは自分で対処しろということか?今日はそういうことなんだね、レーウィス…!
最近というか、時々垣間見られたことはあったが、レーウィスは方針を決めると少々強引にもことを進めに行く。部屋を掃除すると言い張り、宮殿から追い出されたこともある。今思えば、一日で掃除しきれる筈はないのだから、別室にいればよかっただけなのに。
それは兎も角、現状はそのように逃げ場がない。ライゼルスとは異母兄達を通して友好的な関係を築いているが、その足を引っ張る訳にはいかないのだ。
「……友人、ですか?」
一先ず、現状を整理しよう、と向き直る。
ライゼルスとの友好関係は深くて損はない。ユエを初めに、ステラもルカリアを通してリズベルト公爵家とは縁が深い。クラウディアは王女ルカリアと、スカイティアはリズベルト公爵家の二人と交友を持っておけば友好の楔は更に深まるだろう。
短絡的か?リズベルト公爵家に友好関係が偏り過ぎている?いや、ユエ兄上達がそこまで考えていない筈がない。
ライゼルスが反王家の勢力を排除して、国力が揺らいでは元も子もない。リズベルト公爵家が王家の一角であることには変わりないが、ルゼノとの関係が諸外国との関係調整に使われているとしたら?
それはいいのか?いや、ライゼルス程の大国がルゼノに縋るか?だが、現にルゼノを、ユエ兄上を頼ったのが今回の一件で…。
ぐるぐると頭を巡る可能性に、スカイティアは頭が沸騰しそうだ。疑心暗鬼になりすぎても得る物はない。現段階で、スカイティアが今後の親交を断る理由も、材料もない。
そのような思考を巡らせていただけなのだが、スカイティアの反応を拒否と捉えたらしいクローディアとシーラは真摯な表情を崩さなかった。
「身の程知らずと切り捨てて下さっても、構いません…ですが、少々お話しすることをお許しください。スカイティア殿下の為人を今回初めて知りました。ユエ殿下やステラ殿下のお話には聞いておりましたが、お話の通り、とても博識でありながら驕らず謙虚で……こうしてお話する機会に恵まれたことを幸運に思っております」
「今すぐに、とは申しません。どうか今回の出会いを、スカイティア殿下の中に少しでも留めて置いて頂ければと思います。次は我らリズベルト公爵家が殿下のお力になれるように精進致します」
スカイティアが外交慣れしていないことを二人は分かっているし、ダンスの手解きをしてくれたのもこの二人である。それでも取引や駆け引きで強硬に友好を求めて来ないのは──権力皆無のルゼノ第三王子に取り入っても利点は少ないということはあるだろうが──、あくまでもルゼノには感謝をしているという意思表示だろう。……それならば、そこまで身構える必要はないだろう、と結論付けた。
「私のような世間知らずでも仲良くして下さると言うならば、是非今後とも宜しくお願いします」
問題があればレーウィスや他の──レーウィスはファーレン侯爵家の者なので、並べるなら公爵家の──護衛騎士が止めているだろう、という他力本願も込めて了承すれば、クローディアとシーラは一瞬目を見開いて、笑みを浮かべた。
「是非、宜しくお願いします」
二人の柔らかな笑みを見て、スカイティアは漸く息を吐けた。思った以上に緊張していたようだ。
「つきましては、今宵の夜会でのシーラのエスコートをお任せしても?」
「え…?」
明日にはルゼノへと発つが、その前日である今夜も夜会を開くとは聞いていた。夜会には参加はするが、誰かをエスコートをする予定などなく、習ったダンスも披露することなく終わるとばかりに思っていた。
(でも、あっさり終わりにはしてくれないんだね…)
「お兄様、それは時期尚早ですわ」
「だが、ルカ様は早々にクラウディア殿下に交渉しに行かれたぞ?次どころか、今宵に間に合うようにされたのだろう」
「え、そうなのですか?」
そういえば昨日はルカリアと二人で話していた筈、と思い出すと同時に納得した。ライゼルスの反王太子派の力を削いでいるのだ。此処で王太子の力を見せるには、隣国ルゼノとの関係の良好さをアピールするのが一番いいだろう。クラウディアはその意図を悟って断らない筈だ。
それに加え、王太子派の公爵家の令嬢をルゼノの王子がエスコートするならば、よりルゼノとの関係を強固に見せることができる。……此処は乗っておいた方がいいか。
「未熟者で申し訳ないのですが……私の初めてのエスコートを受けて頂けますか?」
「勿論、お受け致します!」
未熟者のエスコートで良いと言ってくれるシーラに感謝して、ふと思いついたのは彼女の隣でニコニコとしているクローディアの立場である。
「その場合、クローディア殿は何方かエスコートをされる方はいらっしゃるのですか?」
「いえ、私は護衛の任務がありますので。もし、殿下に断られてしまったら、妹のエスコートをすることになっていただけです。解放して下さって、ありがとうございます」
「そうなのですか?そういえば、クラウディア兄上も基本的には騎士としての夜会の参加だと…」
「ルゼノの夜会では、確かに護衛としていらっしゃったところをお見かけしましたわ。今宵は、ルカ様をエスコートしてくださるでしょうか」
「仲が良さそうですし、恐らくは」
思い返すと、クラウディアには余り親しい関係の女性はいない。ステラは姉として距離は近いが、その他に近づく令嬢は皆、王家ではなくシーザス公爵家の繋がりを求めているとばかりに切っている面がある。王家への取り入りならば、軽視されているクラウディア自身よりも、ユエやヴァイスを狙うだろうと認識しているから。
そういう点では、既にユエやステラと友好関係にあるルカリアはある意味、安牌だ。正面から噛み付いたり排除したりする必要のない、初めての女性ではないだろうか。
「ルカリア殿下はクラウディア兄上の、初の女性の友人でしょうか」
「「……友人」」
喜ばしいことだと笑みを浮かべるスカイティアに対し、リズベルト兄妹は声を揃えて微妙な表情を浮かべた。
「何か?」
「いえ、そうですね、まずは友人として仲を深めて…」
「いや、ルカ様のことだから早々に狩りに行く気が…」
「かり?」
借り?狩り?上手く聞き取れなかった言葉を聞き返すと、二人は揃って首を振った。
「いえ、此方のお話ですので」
「そう、ですか」
二人にとっては余り聞かせたくない話らしい。レーウィスをちらっと伺うと、彼は何処か微笑ましそうだった。取り敢えず、悪い話ではないらしい。
「では、今宵は迎えに上がります。シーラ嬢」
「はい、お待ちしております」
夜会の約束を取り付け、そろそろお暇する方が良いかと思った矢先。
「スカイティア殿下」
「はい?」
「私のことを、『クロード』と呼んで頂けませんか?私の愛称なのですが」
にっこりと笑みを浮かべたクローディアの提案に、スカイティアは目を瞬かせた。……いきなり愛称呼びですか。
「お兄様、図々しいですわ」
「お前はエスコートして頂けるだろう、俺にも利点を寄越せ」
「でしたら、スカイティア殿下、私を呼び捨てにして呼んでください」
「それも狡い!」
妙な所で兄妹喧嘩の様なものが始まった。愛称か、呼び捨てか。スカイティアに如何呼んで貰うかと何故だか揉めている。
「えっと、どうすれば…」
「どうぞ、ご随意に」
レーウィスを振り返れば、変わらず笑みを浮かべていた。……レーウィス、最近は放任主義が過ぎないかい?一応、相手が友人だから?
「……お兄様、お姉様?」
「え?」
突然舌足らずな言葉遣いが聞こえて振り返ると、扉の向こうに小さな影があった。小さな女の子だ。幼い子供を目にする機会など殆どなく、年齢は定かではなかったが。
「おぉ、我が妹よ!」
「セーラ、お客様の前よ。ご挨拶を」
早々に少女を確保したクローディアは彼女を抱き抱えられたままスカイティアの前にやって来ると、シーラが自己紹介を促した。
「セーラ、です」
「こんにちは。私はルゼノ第三王子スカイティアといいます。小さなレディ、お会いできて光栄です」
クローディアとシーラに挟まれた少女は確かに二人とよく似ていた。
「失礼致しました、殿下。此方は末の妹、セーラと申します」
「お二人とよく似ていますね、お可愛らしい」
「セーラ、かわい?」
「はい、とても」
聞き返されて笑みを浮かべて肯定すると、セーラはぽっと頬を赤らめて、照れたようにクローディアの胸に顔を埋めた。
「ほう、殿下はレディの扱いがお上手で」
「揶揄していますか、クロード?」
「いえ、まさか。…え?今、呼んでくださいました?」
「さぁ?何の事やら」
「待って下さい、今のもう一回!」
「何故に、そんなに必死?」
意趣返しに顔を背ければ、クローディアは詰め寄って来た。……あの、クロード。セーラ嬢がいることを忘れていませんか。
「兄様、狡いですわ!」
「シーラ、俺は今、スカイティア殿下との友情を育んでいるんだ」
「私との友情は?」
「お前は後で愛情を育め!」
「抜け駆けですわね?させませんわ!」
何故だか、またもや兄弟喧嘩に発展した。何時の間にやらクローディアの腕の中から脱出している末妹は兄姉の様子に呆気に……いや、何処か達観した様子で眺めていた。
「セーラ嬢、そちらは少々危険地帯になった様ですので、此方に来てください」
「はい」
慌てる様子もなくスカイティアの元へと駆けて来る令嬢は、もしかしたら日頃から兄姉の喧嘩を見慣れているのかもしれない。
「セーラ嬢、貴女の兄君達は何時もあのようなのですか?」
「はい、お兄様とお姉様は好きなものが一緒なのです。だから、何時も喧嘩しています」
「…そうなんだ」
果たして、この兄弟喧嘩の起因は何だっただろうか。此方に飛び火しない限り構わないが、公爵家の侍女達も慣れているのか、兄妹喧嘩を止める気はないらしい。
仮にも客人がいるんだけど、それでいいのか。リズベルト公爵家。まぁ、堅苦しくなくていいけど……もしかして、俺は気遣われているのだろうか。
スカイティア自身、王族に求められる礼儀作法ができている訳ではない。リズベルト公爵家が家ぐるみで、気負わせまいとしているのならば、寧ろ頭の下がる想いである。
レーウィス達が何も言わないのも、こうした状況を不快とは思っていないからだろう。彼らの表情が微笑ましいものを見る様なのは何時ものことだが。
ヒカルは「護衛の騎士達がユエ兄上達の影響を受けているのか、まるで幼い弟達を見てるようですが」と言うけれど、悪い事じゃないよね?多分。というか、セーラ嬢の何処か達観した様子がヒカルをも起こさせるのだけど。
「お兄様、お姉様、煩い!」
ぴしっ!と彼女の兄姉の動きが留まった。まるで一瞬で凍りついたようだ。
末妹の言葉は一撃必殺なのだろうか、とスカイティアは首を傾げると、隣で何処か誇らしげなセーラがスカイティアを見上げていた。思わずスカイティアはふっと噴き出して笑い、セーラもくすくすと笑った。
……まぁ、レーウィス達が終始笑顔だったのは「リズベルト兄妹は末妹に弱い」と知っていたからなのか定かではないけど、その日のお茶会は平穏なる時間を過ごすことができたから、よしとしよう。




