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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
ライゼルス
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ルゼノとライゼルスの友好

「──え、ルシル様のお墓ですか?」


 エリステオ伯爵邸探索の二日後、エリステオ伯爵が甥であるルシルの殺害を認めたという報告を、何故だかアレクシス王太子殿下自ら伝えに来た。二日間に過去の件を尋ねられることはあったが、それは彼ではなかった。

 エリステオ伯爵とともに捕まった娘カナリアは相変わらず『ルーイ』という意中の男を探す言葉しか発しないらしく、今は夢遊病に近い状態だという。他に捕縛した貴族達から順調に供述が取れているので、ライゼルスを揺るがす問題は解決に向かい、もう心配ないとアレクシスは断言した。

 協力への感謝の言葉とともに告げられたのが、先日のエリステオ伯爵邸から見つかったルシル達の遺体のことだった。


「あぁ、他の者達は残念ながら奴隷であったこともあって、正確な身元は分からなくてね。せめて身元がはっきりしたルシルだけでも、名前を入れて個別の墓を立てようかと」


 アレクシスは、ずっと行方不明になったルシルのことを気に掛けていたらしい。しかし、渦中のエリステオ伯爵家は反王家の嫌いがあり、アレクシスはその立場からも接触ができない状態だったという。


「ルシル様は反王家派の家系に連なるのに、ですか?」


 先に亡くなっていようと、ルシルの血統がエリステオ伯爵家のものである以上、彼は反逆者の一族に他ならない。彼が王家に着こうとして殺害されたことは事実でも、それは過程であって結果的には失敗している。


「ルシルの行動をね、証言してくれた者が君以外にもいたんだ」

「そう、なのですか。ルシル様のことを覚えていた人が、他にもいたんですね」


 当事者であったヒカルだが、今はルゼノに属する者である。詳しいことは聞けないが、証言を元にルシルの行動を正しく評価した結果が、反逆者一族との隔離。反逆者一族のルシル・エリステオとしてではなく、ルシル個人として葬ることで、彼の名誉を守ることにしたのだろう。


「あぁ、ルゼノ一行が滞在するのは明後日までだから伝えておきたくて。それから……これを」

「何でしょう?」


 アレクシスはテーブルに小箱を置いた。まるで宝石でも入っているかのような装飾された箱に、ヒカルは首を傾げる。


「ルシルの形見として、君が持っていてくれ」

「は…?あ、失礼しました。ですが、それは困ります!」


 ルシル様の形見だと?もしかして、あのブレスレットか?アレクシス殿下が大事そうにしていた?


 ヒカルの予想は的中し、箱の装飾も然ることながら中に入っていたのは、ルシルが身に付けていたものと同じ意匠のブレスレットだった。細かい装飾が施されたブレスレットは貴族が付けていてもおかしくない立派なものである。


 待って、それは不味いだろう。ルシル様のものを勝手に?


「あぁ、これはルシルから取ったものではないよ。あれはルシルと一緒に埋葬する。これは同じ意匠のブレスレットだ」

「え?」

「これはね、ルシルの恋人の物だったんだ」

「恋人…?」


 何故?というか、恋人の物だ(・)っ(・)た(・)?それってどういうこと?


 怪訝な眼差しを向ければ、アレクシスは何処か困ったように笑った。


「君はライゼルスの家系図を知らないだろうが……彼の恋人は私の従姉妹だった。元々身体は強くなくてね、政略結婚における価値は殆どなかった。自室と、王宮の奥にある図書館に通うだけの生活の中、新米文官だったルシルと出会い、恋に落ちたと言う。……楽しそうに彼のことを話す彼女を見ることで、救われていたよ。政略結婚の駒という役割も果たせないと見放されていた彼女を、彼が笑わせていたのだから」

「……その繋がりで、ルシル様のことを?」


 従姉妹の恋人という立場が、王太子であるアレクシスと結びつけたのか。たかが新米文官に過ぎない伯爵家の──それも反王家派の嫌いのある家だ──人間であるルシルとの接点は、意外なものだった。


「あぁ…彼女に幾ら政略結婚の駒としての価値がなくても、反王家派であるエリステオ伯爵家に降嫁させることは認められない。だが、もしもルシルがあの伯爵家から独立し、エリステオ家から影響が及ばない程の力を持てるならば、彼女との婚姻を認めよう、と」

「ルシル様は、それで?」


 あの時、エリステオ伯爵に直談判しに行ったのか。伯爵家の罪が公になれば、ルシル自身も無傷では済まないが、それでも恋人と一緒になる道が開ける筈だったのだろう。伯爵家が潰れれば、間違いなく干渉を受ける未来がなくなるのだから。


 ……ルシル様って、結構計算高いのか?でも、たかが少年奴隷だった俺に伯爵家を告発させるのは無謀な気がする。実際に俺は彼の信頼を裏切っているし、そもそもアレクシス殿下は対応できなかったと明言しているし。それは、俺が伯爵家の被害者であっても、それが時の権力者次第では握り潰されるだけだっただろうから納得だ。


「いや、その前に彼女は流行病で亡くなった」


 ヒカルの予測に、アレクシスは首を振る。

 つまり、どのような結果になろうと、恋人と一緒になる未来はなかったということか。それでは猶更ルシルの心の内は分からない。


「これは、想像だよ?ルシルはエリステオ伯爵家の王家への忠誠心、あるいは罪悪感を試した。これには勿論、死を覚悟していた。あの家に贖罪の気持ちがあるならば、ともに罪を償う心算で。駄目ならば刺し違えてでも、彼らに罪を償わせようとしたのではないかな」


 無残にも、その結果は彼が死するだけだったけれど、とアレクシスは呟いた。


「彼は胸を張って、彼女に逢いに行こうとした。恋人に恥じない男であろうとした。……なんて、綺麗な物語に僕が思いたいだけなのかもしれないけど」


 ずっと行方不明だったルシルは、恋人を亡くして自暴自棄になって姿を消した訳ではない。

 ライゼルス王家への忠誠の為、そして自分と恋人の為に実家を告発しようとして、恋人の元に旅立って行った。

 確かに勝手な想像だ。ルシルが何を思ったのか、それは彼のみぞ知る。しかし、勝手であってもそれが確かに彼が生きて、自分達と関わったという証明なのだ。


「それで、いいじゃないですか。亡くなった方の想いなんて、私達には分かりませんし……貴方様の中のルシル様がそういった方ならば、きっとそう思っていたんですよ」


 少なくとも、ヒカルが知るルシルはそういう性格だから。

 きっと、彼は生真面目すぎて不器用だから、恋人のいない世界で上手く生きる自信がなかったのかもしれないけれど。


「君がこの国を再び訪れたのは、もしかして生真面目すぎるルシルが『そろそろ解決しろ』って、天界からせっついたのかもしれないね」

「……確かに、あの方の生真面目さは亡くなっても治らなそうですしね」

「あぁ、彼には生まれ変わったら、もう少し柔軟になって欲しいね。ヒカル殿みたいに暗躍しろとは言わないから」


 クスクスと笑うアレクシスに、ヒカルはジト目になった。


 ちょっと、アレクシス王太子殿下?それは聞き捨てならないのですが、どういう意味でしょうか。

 そう仰るなら、ルシル様が生まれ変わってもライゼルスを選びたくなるくらい、良い国にして下さいよ?


 クスクスと笑い続けるアレクシスは、肩の荷が下りたようだった。転生輪廻の話は兎も角、これでルシルの件は一区切りできたということなのだろう。


「スカイティア殿下も、すまなかったな」

「え?」


 急に話を振られ、スカイティアが目を瞬く。


「夜会の件だ。まさか、あのエリステオ伯爵家が別件で動くとは思わなかった」

「あ、いえ…」


 そういえば、あの時に現れた女性は誰だったのだろうか。女性騎士にしては華奢な印象だったが、随分と凄腕だった。……でも、技が蹴りなんだよね。格闘家なの?〈影〉の護衛だろうか。


「そういえば、報告では敵味方ともに倒れていたと聞いたのだが…」

「えぇ、お恥ずかしながら…」


 スカイティアの体の不調から休憩室として用意されていた部屋に案内されたことまでが、スカイティアに──これはヒカルも込みだろう──仕掛けられた罠であった。飲み物に混ぜられた薬物は四肢の動きを鈍らせる作用があった。あのまま救助の手が差し伸べられなかったら、エリステオ伯爵邸に拉致されていただろう。


「いや、護衛が間に合わず、申し訳なかった」

「え…あの女性はライゼルスの方では?」

「女性?……いや、護衛の騎士は皆、男だが」

「「……え?」」


 スカイティアとアレクシスは揃って首を傾げた。ヒカルは目を瞬き、記憶を振り返る。


 ……え、待って。じゃあ、あの女性は誰?確かに、ライゼルスでは金髪の方は少な目のようですが……それでは彼女はどちらの何方でしょうか?


「レーウィス、今回同行している中に、俺が顔を知らない女性騎士っている?」

「いえ、事前に紹介した方々だけですよ?」

「……警備網が、緩んでいたと?」


 スカイティアの確認にレーウィスは否定し、アレクシスが愕然とした。……そうだよね、幾ら混乱した夜会とはいえ、そこで盗賊とか入ったらアウトだもの。


「……すまない、先に確認しておくべきことだった」

「いえ、此方こそ、話し忘れてしまって…」


 無事だったからよかったものの、あの女性が味方ではなかったらスカイティアとヒカルはどうなっていたことか。


「あの女性、誰かに似ていたような…」

「スカイティア様もそう思われますか?」


 スカイティアの呟きに、ヒカルは顔を上げた。

 そう、気になったのは何処か既視感を覚えたことだ。初めてレーウィスと会った時にヘラーザの面影を感じたように。何処かの誰とは言えないが、何処かで会ったことがあるような気がしてならない。


「うん……一瞬だけだったけど、何処かで見たような…」

「あ、そういえばエリ……犯人はあの女性の顔を知っているようでした」

「ヒカル、今…何でもない。そういえば、そうだったかも」


 事件を振り返り、思い出すのも嫌な輩の名前を排除したら、スカイティアが何か言いたそうだったが。まぁ、言葉にされなかったのでスルーしよう。


「ふむ…今一度問い詰めるか。いや、助命を懇願するだけの話にならない奴でな。変わった話題ならば、口を割るかもしれない……まぁ、ヒカル殿の証言もあって、他の輩を問い詰めるにも随分と楽になった。ありがとう」


 問題は完全には解決していなくとも、目処が立ったのだろう。穏やかに笑うアレクシスに、ヒカルも笑みを返す。


 つーか、まだ助命を乞うとかふざけてる?客人として招いた国の王子に薬を盛って誘拐しようとして……それでも長い間、この国中枢に地位を確立していた伯爵家の当主かよ。ルシル様と血縁って、嘘じゃないの。


 夜会当日と、嘗て命を賭けてヒカルを逃がしてくれた恩人を思い出し、ヒカルの腸は煮えくり返りそうだった。


 ルシル様と比べるまでもなく、あれは人間の底辺だ!育ちの違いかもしれないけど……本当に、その地位にルシル様が着いていれば絶対にまともな伯爵家になったのに…!!

 ライゼルスは本当に惜しい人材を失くした。あのルシル様なら、この王太子殿下の元で、そしてルゼノとの橋渡し役も熟せただろうに…!

 希望的観測?いいえ、期待されるだけの何かがなければ、この王太子に、そして恋人であった女性にも気に留められる筈がありません。何より、俺自身が救われた事実は変わらないし、死を覚悟して家の罪を償わせようとする気概のある方を、ユエ様とステラ様は好まれるようですし。……良い例が、アージェスト子爵家の跡継ぎかな。


「それでは、そろそろ失礼するよ」


 話の区切り的にか、時間の問題か、アレクシスは退席の準備をする。


「もし、何か他に気になる点などあれば…」

「あぁ、また尋ねさせて貰おう。本当に助かった。君達とは今後も友好的でありたいと思っている」

「此方こそ、宜しくお願い致します」


 穏やかな表情で挨拶を交わす中、ふと、アレクシスは小さく溜息を吐いた。


「あぁ、将来…いや、君のように素直に慕ってくれる弟がいるユエが羨ましい」


 おっと、それは本音ですか、アレクシス王太子殿下。ユエ様のこと呼び捨てだし。……ブラコンの気質もあるんですか?まさか、ユエ様の類友ですか?


「殿下には、弟君がいらっしゃいませんでしたか?」

「いるにはいるが、絶賛反抗期中だ……まぁ、誰も寄せ付けない割に、ルカにはべったりだからね。そういう点では今回の騒動に巻き込まれなくて、非常に良かったと思う」

「左様ですか…」


 あぁ、これは何と返すべきか悩みますね。どうにも兄弟の仲と言うのは難しい。


「つくづく、ステラと婚姻できなかったことが悔やまれる」

「え…?」


 王太子の思わぬ言葉にスカイティアの口から声が漏れ、ヒカルはっとした。


 …そうだった、ステラ様はアレクシス王太子殿下の妃候補でしたね。


 スカイティアとヒカルの反応をどう思ったのか、アレクシスは否定するように緩く首を振る。


「あぁ、ステラとの関係は今も昔も友人だよ?ただ数多くいる縁談相手の中でも、彼女ほど理想的な伴侶がいないのが残念でね。彼女のことを知れば知るほど、他の令嬢に求める条件が高くなってしまって」


 ステラ様…大国の王太子殿下から『理想の伴侶』とまで言われていますが、流石、女傑の王女様ですね。しかし、どうやら婚姻条件のハードルを上げ捲っているようですよ?思わぬ弊害ですが……他のご令嬢が可哀相なので、手加減して差し上げて下さい。あ、無理か。


 溜息を吐きつつ苦笑を漏らすアレクシスに、ヒカルはふっと遠い目をする。


 アレクシス王太子殿下、少しハードル下げて、代わりに補佐を付ける形では駄目なのでしょうか?ステラ様のような女傑は恐らくいらっしゃらないかと思いますので。……というか、探して見つかるなら、ルゼノの王妃も何年も空位のままじゃないと思うんだよね。


 アレクシスとステラの話とは、ちょっと別のことが頭に浮かんだのは秘密だ。此処は、アレクシスのお相手が無事に見つかることを祈ろう。


 そうなればライゼルスとルゼノの将来も安泰ですし。安定はとても大事、俺の生活の為にも。……え?打算的?人間、皆そんなものでしょう?

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