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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
ライゼルス
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ヒカルの過去

『──ルーイ、ルイ……私の、ルイ、様…』


 おぼろげな姿をした影が、途切れる声で、嘗ての名前を紡ぐ。

 まるで、幼い娘のような装いが目の前をちらつく。大きな明るい色のリボンが揺れ、ドレスの裾を翻す。彼女の所作はまるで無邪気な子供のそれ。歩き方も落ち着きがなく、一つ一つの所作がまるで幼女だ。


『何時、迎えに来てくれるの──?』


 知るか、俺は人形でもなければ、誰かの代替え品でもない。どれだけ微笑みかけられようと、そ(・)れ(・)が見ているのは俺ではない。


『どうして、私を見てくれないの…?』


 ──お前が俺を見ていないからだよ。


 そう吐き捨てて、彼女の幻影は消えた。


◆◇◆◇◆


 ふっと、浮上した意識。

 見覚えのある天井が、視界に広がった。その瞬間、ヒカルはばっと勢いよく体を起こした。


(スカイティア様…!)


 声にはならない呼びかけとともに寝台を抜け出そうとすれば、そこには目を丸くした探し人──スカイティアがいた。ヒカルが寝ていた寝台の横で椅子に腰かけていた彼の顔には安堵の滲んだ表情が浮かんでいる。


「目が、覚めた?気分は?」

「平気です。スカイティア様は?」

「俺も先程目が覚めたばっかりだけど、問題ないよ。盛られていた薬も抜けたし」

「……そうですか。それならばよかったです……って、あの後はどうなったんですか?」


 ほっと息を吐いたのも束の間、ヒカルは眠らされた後のことを問い質した。


「……俺もヒカルの後で眠らされたよ。だから、詳しいことは……でも、エリステオ伯爵とその娘カナリアは捕縛された。これでも俺はルゼノの第三王子だからね、かなり重い罰になるだろう」

「そう、ですか…」


 ヒカルはほっと息を吐く。

 あの伯爵親子は誰にとっても害悪だろう。過去を振り返れば振り返るだけ心象が悪くなる親子の記憶を封じて、今の問題に向き合うとしようか。


「……では、問題のライゼルスの反乱分子事件は解決したのですか?」


 少なくとも、エリステオ伯爵はライゼルスの中でもルゼノに対する強硬派だ。彼を唆した輩がいたとしても、一緒に芋づる式に捕えられただろう。


「夜会は滅茶苦茶で大乱闘になったらしい」

「……それは大変ですね」


 確か、あの部屋に現れた女性は『私兵が正規の騎士に勝るとでも?』と挑発的に笑っていたが、そこそこ大きな戦いになったのだろうか。ヒカル達が通された控室は夜会会場から離れた喧騒も聞こえない部屋だったが、そんなことになっているは露とも思わなかった。


「クラウディア様達は?」

「それがね、夜会そっちのけで剣を振るっていたらしい。レーウィス曰く『護られるお心算があるのか不明でした』と。幾ら騎士ではあっても王族なのだから、きっとユエ兄上とステラ姉上に怒られるだろうってさ」

「……左様ですか、ご無事ならばよかったです」


 相変わらず、クラウディア様は行動型と言うか。……ん?ということは、エリステオ伯爵は別件だったってこと?何それ迷惑。


「……所でさ、ヒカル」


 一人腹を立てていると、スカイティアに呼ばれた。


「何でしょうか」

「あの、エリステオ伯爵親子についてだけど…」

「……過去に飼われていた件ですか。まぁ、俺も驚きましたけどね」


 顔を見るまでは忘れていたし、思い出したくもなかったけれど、まさかライゼルスの貴族だったとは驚いた。奴隷時代には地理的感覚もなければ外に出る機会もなく、その屋敷が何処にあるかなんて考えもしなかったのだが、まさか出張先で過去にぶち当たるとは不運というか何と言うか、何にしても嬉しくない再会であった。


「ライゼルスでは奴隷が禁じられているんだ」

「え?そうなのですか?」


 俺の扱いは奴隷でしたよ?つまり、違法行為でしたか?ということは、過去の余罪に関しても色々穿り返せそうですね。


 復讐ではないが、ヒカルが暴露するだけでそれなりの報復になりそうだ。


「ライゼルスの三代前までは法で認められていたんだけど、今は奴隷を所有することが禁じられている。でも、貴族階級では裏で取引したりして、今でも奴隷を持っている貴族もいると聞いたよ」

「……法の目を掻い潜っての横行という訳ですか。何処の貴族でも悪い奴らがいますねぇ」


 ルゼノの貴族でも事件が続き、他国で貴族の犯罪があろうと驚きはしない。……ま、自分が当事者なのは頂けないが。


「そこで、ヒカルにライゼルスから要請があったんだ」

「……取引場所やその場にいた貴族を教えろ、とか?」


 スカイティアの言いづらそうな表情に、ヒカルは首を傾げた。要請といえばそれくらいしか思いつかないが、国として動く気があるならば協力は惜しまない。いや、惜しめない。


「──察しが良くて助かる」


 不意に聞こえた声に、ヒカルははっと顔を上げた。何時入ってきたのか、まったく気づかなかった。


「アレクシス殿下!」


 レーウィス、クラウディアとともに部屋に入って来たのはライゼルスの王太子アレクシスだった。三人の案じる視線が痛々しい。


 ほら、レーウィス殿、クラウディア様、何処から見ても俺は元気でしょう!?アレクシス王太子殿下も、俺は元気ですから心配しないでください!


「元気そうで何よりだ……今回はライゼルスの問題に巻き込んでしまい、申し訳なかった」

「いえ、お顔を上げてください!」


 アレクシスに謝られるようなことはされていないし、そもそも囮になることはルゼノの第一王子であるユエルディーネに了承している。


 っていうか、王子のスカイティア様に対してなら兎も角、王族、それも次代の王が小姓モドキに頭下げちゃいけないでしょ!!とっとと頭上げて下さい、心臓に悪いんです!


 ……とは言えず、周囲に訴える。誰か気付いて!!


「ヒカルもああ言っていますから、殿下、お顔を上げてください」


 クラウディアに促され、アレクシスは漸く頭を上げた。


 ……ありがとうございます、クラウディア様。王族に頭下げられるとか心底落ち着かないので、二度と御免です。王太子に頭を下げさせた小姓モドキとか、悪い噂しかないじゃん!


「本当にすまない…ルゼノの皆には迷惑を。ユエとステラ……ユエルディーネ殿下とアルトステラ殿下には本当に助けられているんだ、感謝しきれない。クラウディア殿下、昨日は本当に鮮やかなお手並みだった」

「ライゼルスの王太子殿下にお言葉を抱けるとは光栄です」


 第二王子でありながら騎士として武功を立てたクラウディアの活躍は後程聞くとして、ヒカルは寝台から降りようとしたが、止められた。……まだ起きるな、ということですね。


「では、先程の話の続きをしても大丈夫だろうか?」


 申し訳なさそうな表情を改めて、アレクシスはヒカルに向き直る。それに了承すると、今度はルゼノ一行の表情が暗くなる。


 ……すっげぇ、同情されてる感じ?今更ですよ、奴隷生活なんて。そんな生活を終わらせてくれた方々に悲しい顔をさせるのは、俺としても凄く不本意なのですが。


「正直、この国の現状は芳しくない。昨日の夜会のように事件が起こることも、珍しくないんだ」

「……その水面下にあった、強硬派の行動が目立っていると?」


 ルゼノを訪れていたルカリアの話にもあったが、此処まで強硬策に出るならば他国に借りを作ってでも一斉に摘発したいと思うのは当然だろう。


「あぁ、その通りだ。私はライゼルスの王太子として、不穏分子を一掃することに尽力する。しかし、今は国王の力が衰え、私に対しての圧力も強まり……情けないことに、ユエルディーネ殿下達に縋ってしまった」


 ……大国の王太子に恩を売りつけているんですかね、あのお二人は。何をするにも国外のお仲間は多いに限りますし。まぁ、事情説明はその辺で良いので、次行きません?……お二人への恩は高くつきそうですが、王太子なら返せないことは無いでしょうし。


 不穏な予測が頭を過るが、ヒカルには関係ないのでスルーする。


「不穏分子というのは、奴隷の合法化を復活させようとする勢力が含まれるということですか?」

「あぁ、そうだ。それから私兵の数の増員……今回の一件で分かるように貴族には私兵を持つ家も多い。傭兵崩れだったり、騎士を金で買ったりした寄せ集めのような集団だが、油断できない力がある。何より、国より勝る力を持とうとする動きがあるというのが……情けないが」


 王家の求心力の問題ということか。それはルゼノでも言えることだが、野心家が多い国なのですかね。勿論、それを押さえてこその強者──王が君主として臣下を従わせるというのが世の摂理──正し自然界の掟であり、人間は外れることが多い──ではあるけれど。


「奴隷の合法化によって死んでも金で補充できる私兵とする、という点もあるのですかね」

「恐らくだが……個人が防衛力を持つというのは、辺境では珍しくない。他国と自国の境を守るのだから、それは寧ろ王家としても賛同したい。しかし、今はどうにも打倒・王家(クーデター)を目的としている家の集まりがあってね」


 ヒカルの予測に、アレクシスは頷いた。顔色は余りよくないが、大丈夫だろうか。

 反王家派の動きに関する今度の対応は王太子としての手腕が問われるのだろうし、隣国のライゼルスの今度という話ではルゼノにとっても楽観視できない展開だ。


「王は病に伏し、王太子はまだ若く、人によっては好機と言う訳ですか。……そんな状況下となれば、先に潰せる目は潰さないと軈て牙を剥きかねない、と」

「そういうことだ…やはり、ルゼノは特別なのかな?君くらいの歳でこういった話が理解できるとは思わなかったが」

「ヒカルが特別なだけです、城に来た時から非常に頭が回るので……少々国のことにも関わるようになってますが」

「成る程……ユエ殿下達が話に交ぜた方が面白いことに気付く、と言っていたのだが本当なのだな」


 信じがたい者を見るような、何処か感心したような表情を浮かべるアレクシスに、ヒカルは自国にいるであろうユエとステラを思い浮かべた。


 あの、ユエ様にステラ様?他国の王太子殿下に何をお伝えしているのでしょうかね?俺はただの小姓モドキです。皆様に覚えめでたいのは光栄ですが、平穏なる生活と程遠くなるので遠慮したいのです。


「国の現状はそういうことなのだが、どうだろう?君が嘗てエリステオ伯爵の屋敷にいたと聞いて……ライゼルスで行われている取引場所や関係者に関して覚えていることはないだろうか?」

「……そうですね、王城外に出ることは可能ですか?」


 正直、ルゼノでの生活が強烈な為──いい意味も含めて──、過去の記憶を振り返るのが大変なので実際の場所を辿りたい。

 ライゼルスの宮廷侍医による許可──今更だけど、何で俺まで好待遇なの──を貰い、アレクシスと護衛の騎士、そして今回の同行者一行を連れて、悍ましい体験をしたエリステオ伯爵邸へと向かった。


「──此処が、エリステオ伯爵の屋敷だ」


 王都郊外にあるという邸宅は、長年ライゼルスという国の中枢に役職を確立していた伯爵家らしい豪華絢爛な建物だった。馬車から降りてその建物を見回すと、ヒカルの横にアレクシスが並んだ。


「覚えはあるかい?」

「……外観はおぼろげながらも覚えがありますが」


 当代の伯爵の趣味が個性的な割に、歴史ある屋敷は豪華絢爛でも個性的とは言えない。きっと、先人の伯爵達の趣味は良かったのだろう。華美とも言える屋敷の外観の装飾も内外への財力誇示として必要だし、王都郊外ならば絢爛さも許容範囲だろう。……基準は知らないが。

 しかし、此処が件の伯爵邸ならば、確実にそれを証(・)明(・)で(・)き(・)る(・)ものがある。


「私がいた頃と変わっていなければ、敷地の隅にア(・)レ(・)もありますね」

「あれって何?」


 首を傾げるスカイティアに、ヒカルは何の感情もないかのように端的に告げた。


「奴隷達の墓(・)です」


 静まり返ったその場に、音を立てて強い風が吹いた。それが運ぶ花の香りが鼻孔を擽った。舞う花弁が視界に映り、季節の巡りを感じる。

 そんな中、彼(・)が死んだのも、この花が咲いていた頃だったと不意に思い出した。


 お久しぶりです。ル(・)シ(・)ル(・)様。貴方のことを忘れていた心算はないけど、どうやら穏やかな気持ちで此処を訪れることができたようです。


 ヒカルはそっと息を吐く。


 ……こんな俺を薄情だと、貴方は罵るでしょうか?

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