隣国訪問2
庭の探索を終え、迎賓館の部屋に戻った。勿論、毒性の疑いがあった植物は庭師の許可を得て入手・分析した。その結果が今、夕食前の時間である。
「──確かに有毒でしたね」
庭先で花を咲かせた植物は一般的に毒性を持たないが、栽培された場所や気候などの条件を満たすと毒性を持つことがあるらしい。
しかし、あの植物はライゼルスの環境下では毒性を持つことはない筈である、というシュナイザー伯爵の言葉より『意図的に同じ植物の毒性を上塗りしたのではないか』という懸念が上がった所である。
因みに、レーウィスがスカイティアを止めたのは、植物から漂う香りが「過去に暗殺に用いられた毒と同じ臭いだったから」である。……それが誰に対するものだったかは聞かないけど。
「あんな庭先に?それも誰が触るかもしれない場所に、でしょう?」
スカイティアはもう少しで自分が毒に侵されたかもしれないという恐怖や怒りよりも、『他の誰かが巻き込まれる可能性を考えないのか』という発想に行き当たるらしい。……ヴァイス様の印象のままだね、清らかなスカイティア様。
「あの庭に続く部屋を与えられたのは、我々ルゼノ一行のみ。その中で、自然に興味を持ちそうなのは…」
「スカイティアか、ヒカルだな」
「え、俺達ですか?」
ルゼノ一行を狙ったとしても、有毒となる植物に触れる可能性は低い。そういった点で『有毒植物に詳しくない者を狙った』という仮説が立つが。
「スカイティア様が狙われた、と?」
例え、ヒカルが怪我を負ってもルゼノにはダメージがない。ルゼノとライゼルスの良好な関係に亀裂入れる為の布石ならば、狙われたと考えるべきは第三王子であるスカイティアだ。
「そこまでは何とも言えないが…俺達は誰が狙われてもおかしくないしな」
「では、スカイティア様は手袋を装着しておく必要がありそうですね。毒物に耐性なさそうですし」
「それを言われると…」
スカイティアは元々ルゼノ王宮の勢力争いから遠く、毒殺の危険性も殆どなかった。その為か、毒性に対する耐性をつける機会がなかったという。
……ある意味、『黒髪』そのものが忌避されていても存在感が薄ければ安全なんだな。毒見をするような食し方が癖になっていたクラウディア様が気の毒になるけど。
「あぁ、俺の手袋なら予備があるぞ。大きさは合うか?」
「ご心配なく、クラウディア様。スカイティア様の身の回りの物は一通り揃えてありますので」
「そうか、それならいいが……スカイティア、念の為に何かを口にする前には解毒薬を呑んでおけ」
「……はい」
スカイティアは何処か浮かない表情で返事をした。毒物混入ありきで食事するのは気が進まないだろう。
というか、食欲が失せるよね。俺だって嫌だ。しかも、今は夕食前だし、時機悪過ぎだよ。
「一先ず、本日は休みましょう。明日、シュナイザー伯爵は別行動ですよね」
「えぇ、交渉の前準備を。オルネリア伯爵と話し合いの場を設けています」
「そうか。では明日はくれぐれも周囲に気を付けてください、伯爵」
一人別行動となることに不安を覚えたのか、シュナイザー伯爵を案じるクラウディアに、伯爵はやはり慣れないのか瞠目して、軈て噴出した。
「ふふっ、殿下に心配を頂けるとは思ってもみませんでした。ご心配ありがとうございます」
「……あの、シュナイザー伯爵。表情を繕わない様子は、その、嬉しく思いますが……いい加減慣れて頂けないか」
くすくすと笑う伯爵に、気恥ずかしくなったのかクラウディアが抗議すれば、伯爵はやはり笑う。
「……シュナイザー伯爵、そんなにクラウディア様は冷たい印象ですか」
「そう…あぁ、いえ。クラウディア様はご兄弟の中でも一番情が深い方ですね。ユエ殿下に忠誠を誓い、与えられた任務を忠実に熟す。しかし感情が豊かな分、苛烈で冷酷に、そして優しくもなれる方でしょうか」
「……その辺りで結構です」
自身への評価が気恥ずかしくなったのか、クラウディアが待ったを掛ける。
……クラウディア様が恥ずかしさで死にそうです。先程から顔を片手で覆って、顔を背けていますが。耳まで真っ赤ですが、そんなに恥ずかしいですかね。
「そう思われているならば…あぁ、そういう訳ですか」
レーウィスがふと何か思い付いたように口にして、何故か微笑ましそうに口角を吊り上げた。
「察して下さいますか……クラウディア様が情を向けられるのは身内限定かと思っていましたので。驚くと同時に、余りにも光栄でしたので」
「さ、左様ですか……まぁ、その。あぁ…!勿論、ユエ兄上とステラ姉上に外交を任された以上、失敗できないので…!」
クラウディア様、今更ツンデレですか。ツンデレキャラ再来ですね。真っ赤な顔で言われても、ただのツンデレです。ただ、伯爵には理解されないだろうかと思えば。
「えぇ、存じております」
しかし、伯爵は余裕で躱した。流石、大人の対応です。
「そ、そうですか…」
クラウディアは何処か納得がいかなそうな、けれど真っ赤な顔のまま視線を逸らした。
クラウディア様、照れると湯で蛸になるんですよね。スカイティア様の部屋でもそうだったし、照れ隠しがバレバレです。
◆◇◆◇◆
翌朝、朝食を済ませ、シュナイザー伯爵と御付の護衛騎士を見送った後、ヒカル達が向かった先はライゼルス騎士団の練兵場だった。日々鍛錬や模擬戦などを行っているらしい。
「騎士団同士で模擬戦?」
「あぁ、だから兄上達が選抜隊を組んだらしい」
……いや、それはただ単に、愛する大事な宝物である──決して大げさな表現ではない──弟殿下達を守る為だと思います。……模擬戦に関しては序としか思えないのですが。
クラウディアへの説明は、そうだろう。勿論、国外へと外交に向かうのであるから護衛は必須であり、選りすぐりの騎士が王族の護衛に付くのは何処の国でも同じ。しかし、その護衛に選抜された面々をすべてユエとステラが選んだとすると、理由は『何が何でも弟達を守ってね?序に敵を狩って、恩を売って来て』にしか思えない。……あぁ、勿論、恩を売るのは序ですよ?その恩を貸しにして、何処で返して貰うかはユエ様達次第でしょうけど。
「近衛騎士団への入団条件は、基本的に身分が高位貴族であること。王族の傍に置くに相応しい、教養と身分を兼ね備えたエリートってところだな」
「……左様で」
クラウディアの説明に、理由は理解できるが解せない点がある。
高位貴族というのを重要視している割には、王子であるクラウディアは兎も角、選抜されたルゼノ騎士選抜隊にいる『金髪』は七割ほどだろうか。残り三割はクラウディアのような鮮やか紅色の髪を持っていたり、中にはライゼルスのような明るい茶色の髪を持つ騎士もいる。
「……その割には髪色が不思議ですね」
それを素直に言っちゃいますか、スカイティア様。
ヒカルは内心で同意しつつも、唇に歯を立てた。
恐らくスカイティアは何も考えておらず、純粋なる疑問としての提起であるが、それが却ってルゼノの差別意識を無意識に肯定しているという悪癖に思える。……長年の意識は簡単には変わらないだろうけどさ!
「それ、兄上の前では言うなよ」
「え?」
クラウディアの溜息混じりの言葉に、スカイティアは首を傾げた。
「兄上は誰よりも、ご自分が『金髪』であることを疎んでいらっしゃるからな」
「そう、なのですか?」
何処か悲しげな言葉に、スカイティアは言葉を詰まらせた。
時々狂気じみた感情を見せるユエの根底にあるのは、ルゼノの差別意識によって虐げられている異母弟達への想いだろう。その点に関しては、ルゼノの現状を諦観し受け入れてしまっているスカイティアには理解できない内容かもしれないが。
「兄上も姉上もルゼノが歪んでいると、幼少の頃から感じられていたそうだ。シュテルインのように隠された貴族の子供を探しては引き揚げ、能力に見合った職に就く機会を与えている。身分がなければ、第一王子派の貴族や、取引内容次第では良い返事をくれる中立派の貴族の養子縁組をさせると言った形でな」
……そこまでやっていたんですか、ユエ様、ステラ様。そりゃあ慕われますよね。というか、クラウディア様、詳しいですね。あぁ、そういえばシュテルイン殿はアルセル侯爵…ユエ様の叔父上の家のご養子でしたか。そういった機会を与えられれば、精進しようと奮起する方々もいらっしゃるのでしょうね。
「……知りませんでした」
「これから知っていけばいい。その為に陛下や兄上達が与えてくれた機会なんだからな」
「はい、精進致します」
ぎゅっと拳を握って笑みを浮かべたスカイティアに、クラウディアも笑う。
そんな王子二人の様子を遠巻きに見守る騎士達にも恐らく会話が聞こえているのだろう、何処か雰囲気が柔らかい。しかし、そんな光景にヒカルは一抹の不安を覚えた。
「……レーウィス殿、時々思うのですが」
「何でしょうか」
「ユエ様とステラ様の配下の騎士様方って、あのお二人の影響を受けていませんかね?」
時々、いえ馬車での移動中も、これでもかと言うくらいの世話焼きと過保護具合だったのですが。あれです、弟妹大好きな長男長女様を彷彿とさせるほどに。いえ、そこまであからさまなものではありませんでしたが……見る目が物凄く優しいと言うか。
今もスカイティアを見守るクラウディアのようなほのぼの光景に捉えているようですが。
現在、ヒカル達は完全に護衛の騎士達に囲まれている状態である。視界の範囲に入るのは数名だが、辺りをよく探ると死角がないように布陣されている様である。この陣形の名は知らないが、護衛と言うのはこのようにしているのが一般的なのか、と首を傾げた。
ルゼノの王子様や王女様方は俺が知る限り、誰一人まともに護衛を付けない──〈影〉と言う名の護衛はいるが見えない──から。見える範囲にザ・護衛という形で騎士が並んでいるのが、物凄く不思議な感覚だよ。
視線を上げた先に見えたのは、ルゼノの騎士服を纏った黄昏時色の髪──クラウディアの髪色のように夕暮れの赤よりも金色を含めたような絶妙な色合い──を持つ青年だ。きっとルゼノで生まれなければ、美しい髪色だと誇れただろうに。
「彼らも其々複雑な家庭環境にありましたから、何処か頭のネジが抜けている様な所もありますが、基本的に良い方々ですよ」
「……左様ですか」
レーウィス殿、それはフォローになっていません。その頭のネジが抜けているとか、正直怖いです……いえ、俺は何も言いませんよ。例え養子であろうと立派な貴族の仲間入りされている方々に、小姓モドキの俺が何を言える訳でもありませんしね。
「──では、始めましょうか」
「はい、宜しくお願い致します」
そうこうしている内に、国対抗の模擬戦が始まるらしい。登壇した騎士二人は剣を構え、試合開始の合図が響く。剣が交わる金属音が、地面を蹴る足音が響いては歓声に消えた。
練兵場における国対抗試合は周辺の建物からも見えるため、ちらちらと人影が集まる様子が伺える。その中には態々バルコニーまで出て、乗り出すようにして観戦する者達もいた。
凄いな、そこまでして見たいか。それだけ熱心なのだろう、と思わず生温かい気持ちになったのも束の間。
「…え?」
その中にある一つの影を取らえ、ヒカルは思わず声を上げた。
「どうしました、ヒカル」
「あ、いえ…」
レーウィスに問われ、ヒカルは首を振った。
そんな筈ない。ありえない。彼奴らが此処にいる筈など、ないのだから。
ヒカルの態度を不思議に思い、レーウィスは首を傾げた。しかし、問いかける前に試合の勝敗が決まり、歓声が上がる。まずは、ルゼノの一勝だった。




