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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
ライゼルス
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隣国訪問

「──ようこそおいで下さった、ルゼノご一行」


 凛と響く、低い声。

 荘厳なる出迎えに、ヒカルは目を瞬かせた。


 えーっと、こんにちは、ルゼノ国、第三王子付元奴隷・小姓モドキのヒカルです。

 ただいま、俺達──第二王子クラウディア、第三王子スカイティア、側近レーウィス、そして第四王子の後見人であるシュナイザー伯爵と揃って、隣国ライゼルスに来ております。


 あぁ、勿論、護衛はユエ様とステラ様が選ばれた方々です。クラウディア様のご友人でもあるそうですが、意外にご友人が多いですね、クラウディア様。

 因みに、クラウディア様とスカイティア様はどういった経緯で護衛が選ばれたか知りません。俺も詳しくは知りたくない。ユエ様が「血で血を洗うことにならなくて良かった」と意味深に微笑んでおりましたので、その先は聞いてない。……恐ろしくて聞けない、が正しいけど。


 まぁ、それはさて置き。

 ライゼルスは大国らしい煌びやかな宮殿を背景に毅然とした騎士が並び、ルゼノ一行を出迎えている。その中心では今回の接待役であるライゼルスの王太子と第三王女が威風堂々と佇んでいた。


 凄いけど、物凄く豪華なお出迎えだけどさ…何でって思うよね?俺が何で此処にいるのって。

 ……仕方ないじゃないですか、第三王子の宮殿が空っぽになったら──元々第三王子と側近の二人が住人であり、あとは〈影〉と呼ばれる護衛しかいない為──、主について来るしかなかったの。……半分はユエ様の脅…いえ、ご依頼も入っていますけど。


「この度はお招き頂きありがとうございます、アレクシス王太子殿下」


 ライゼルスの王太子に対して、ルゼノの代表として答えるのは、この中でも一番身分の高いクラウディアだ。相手が集団の最高位である以上、此方も礼儀として答えるのが、一行の最高位と言う訳である。


「此方こそ、その若さでルゼノ騎士団の実力者と呼ばれる第二王子殿下にお会いできるとは…光栄だ。この度は弟殿下もお連れ頂いたと聞き及んでいるのだが」

「えぇ、此方が我が弟、ルゼノ第三王子スカイティアです」

「お初にお目に掛かります、スカイティアと申します」

「初めまして、ライゼルス王太子、アレクシスだ」


 ライゼルスの王太子──アレクシスと名乗ったのは、二十代半ばと思われる青年だ。彼は銀色の中に、一房濃紺色が混ざった髪と言う、少々珍しい髪色が印象的だ。その下から覗くのは、エメラルドの様に深い緑色をしている双眸だ。


(大国とだけあって、民族種は雑多なんだよね……血統も混血っぽいかな)


 ライゼルスは前王朝を倒した際に周辺のいくつかの国を併合したこともあり、民族的には雑多。元々大陸の中腹に位置する為、こうして髪色も様々であると言う。


「長旅でお疲れだろう。今日は部屋に案内するので、ゆっくりと休んで頂きたい」

「感謝します」


 初日は軽い顔合わせのみで、部屋で休むように促された。

 通された部屋は、迎賓館と呼ばれる一棟の館だ。


「……国賓の部屋の規模ってすげぇな」


 スカイティアの部屋も十分に広いと思うが、スカイティアとレーウィスは落ち着いた内装を好むため、煌びやかさとは遠い。価値としては十分だが、赤と金と銀と……派手さが酷い。目がチカチカする。


「本音が漏れていますよ、ヒカル」


 くすくすと上品に笑うのは、言わずもがな、王子達と並んでも見劣りしない第三王子の側近レーウィスである。


「今日は顔合わせだけって話でしたけど、この後はどのような予定ですか?」

「ライゼルスの方々にお会いするのは、明日の朝食以降ですね。本日は…まぁ、馬車の移動もありましたし、お部屋で食事を済ませて就寝という流れです」

「……成る程」


 つまり、ノープラン。

 ヒカルはレーウィスの説明に、少々眉を顰めた。確かに長旅であったが、まだ日も落ちていない。しかし、王族相手の外交である以上、滞在している間のもてなしは国家への評価を左右する。


 この迎賓館も贅の限りを尽くしましたって感じ?ライゼルスの財力顕示、余裕の見せ所ってところかな。時間的に慌ただしくしてしまうと、それだけ余裕がないのかって思われるだろうし、粗雑な扱いをして港を擁するルゼノとは喧嘩したくないだろう……少なくとも穏健派は。


(つまり、今回の出迎えにいたのが、王太子率いる穏健派といった所か)


 王太子アレクシスと第三王女ルカリア、そして彼らに連なる家は穏健派と捉えられるだろう。他にも王宮にいる大半の勢力は、王太子に完全なる支持を表明していなくても、ルゼノと事を構えたくないと考えているだろう。


 しかし、調べた限り──これはユエ様とステラ様情報によると──、一つ上の代の問題がある。

 現在、王太子に靡いている勢力は良いが、今の王は病に伏しがちだ。王太子が王の代行をしているが、それを万人が評価している訳ではない。王太子は、まだ二十代半ばの青年だ。舐められるし、王宮が完全に味方とも言えない。大国は大国なりに問題があるらしい。


 また、王妃の権力が健在というのも、不穏さを増加させた。王妃が生んだ子供が第一王女、第二王女とあって、王妃に連なる家の動きがあるらしい。王と王妃の子供こそが王位継承に相応しいと考えている輩もいる様で、王女に継承権がないならば王女が生んだ子供を王に、と担ぎ出すことも考えているらしい。


 これ、めっちゃ不穏じゃん。しかも、第一王女は別の国に嫁いでいるけど、第二王女はまだ王宮にいます。あれか?あれなのか?これ、やっぱりクラウディア様が狙われていますか?


 スカイティアは母親の実家という後ろ盾がない分、婚姻による旨味は少ないが、その点に関してクラウディアの母は三大公爵家の血筋である。シーザス公爵家が首輪付とはいえ、これはまだ国外には漏らしていないだろう。つまり、クラウディアは未だに第二王子という肩書の他に、ルゼノに大きな影響力を持つ三大公爵家の血筋という重要性を持っているのである。


 過程は兎も角、ライゼルスの過(・)激(・)派(・)が(・)穏(・)便(・)に(・)動(・)く(・)としたら、ライゼルスの第二王女とクラウディアを婚姻させる方向だろう。大国の後ろ盾を得たクラウディアをルゼノの王に立て、また王妃となった第二王女が生んだ子供をライゼルスに戻し、王にする。


 長い道のりな気もするが、徐々に穏健から過激に成り代わって行くという未来予想図が描ける程度には動きがあるらしい。……何処の国も大変だね、他人事だけど。


「時間があるあらば、探索は可能ですか?」

「散策ではなく、探索、ですか」


 ヒカルの問いに、レーウィスは少し考え込む。


「ヒカル…此処がルゼノではなくライゼルスであることを自覚してくれ」

「え?勿論、分かっていますよ。寧ろ、ライゼルスだからこそです」


 国賓として宛がわれたこの建物内外がどのようになっているか、頭に入れておきたい。

 万一にも襲撃された時、逃げ道の確保は必要だ。婚姻策には証人を立てるにしても、多勢に無勢の状況で襲撃されたら逃げるしかない。


「流石、聡明な小姓殿ですね」

「……その『聡明な』という部分を消して下さい」


 シュナイザー伯爵の言葉に、ヒカルは目を据わらせた。彼の噂『第三王子の小姓は第一王子を初めとして王族に頼られている』は勿論、事実無根である。


「いえ、とても聡明です」

「この年の割には、でしょう?」


 そこは撤回してくださいよ、伯爵。俺はそれを望みます、平穏なる生活の為に。

 まぁ、その言葉の裏には第四王子殿下への皮肉と言うか、日々の鬱憤が感じられますが。今頃何をされていますかね、ヴァイス様は。


 ヒカルのジト目と台詞に何かを感じ取ったのか、シュナイザー伯爵が珍しく眉を寄せた。


「……貴方には話し過ぎましたかね」

「さあ?私には何のことだか」


 俺が聡明だと言うならば、情報の与え過ぎは宜しくないですよ?優秀なる第四王子派のストッパー様。……あぁ、いえ、俺は決して聡くないので、何を仰りたいのかさっぱり分かりませんが?


「……シュナイザー伯爵とヒカルは仲が良いの?」

「最近は良くお会いになっていらっしゃるようですよ」


 会いたくて会っている訳ではないですよ、レーウィス殿。俺は拉致誘拐されたんですぅ。


「確かに、ヒカルの話は一理ある。ユエ兄上のお話通り、何もないとは限らないしな」

「……ですが、出歩けるのはこの周辺だけですよ」

「十分ですよ、これだけ広いんです」


 襲撃されることを想定するならば逃げ道の確保、襲撃犯の確保の為のシュミレーションはしておくべきだ。まぁ、襲撃犯の確保は騎士様方の出番ですが。


「じゃあ、俺も一緒に行くよ」


 心なしか、ご主人様はウキウキとしている模様。そういえば、意外とアウトドア性質でしたね、スカイティア様。


「二人が一緒って、何か不安だ」

「え、どうしてです?」


 顔を顰めるクラウディアにスカイティアは首を傾げるが、クラウディアは生温かい目を向けるだけだった。


「レーウィス、何かあったらすぐに知らせろ」

「はい、クラウディア様」


 クラウディアの意図を悟り、レーウィスは了承する。


 おや、心配性ですね、兄上様。ちょっとした散歩ですのに。……確かに、レーウィス殿や護衛騎士の方々がいらっしゃらないと防御力も攻撃力も皆無ですが。


「伯爵は如何します?」

「私は資料を纏めておきますよ、散策はご自由にどうぞ」


 あっさりと同行者の許可は得られたが、クラウディアは何処か不安そうである。


「……問題が起きたら、手助け願います」

「えぇ、勿論。ユエ殿下とステラ殿下からお預かりした、大切な弟君達ですからね」


 一先ず、話は着いた模様。……というか、基準はやっぱりユエ様とステラ様なんですね。仕方ないけど。

 そう思いながら、ヒカルはスカイティアとレーウィスとともに迎賓館の散策に出かけた。


「流石、整理整頓が行き届いていると言うべきか…」


 見た所、目ぼしいものはない。何処まで美しい回廊が続き、ガラス張りの向こうには緑豊かな庭園が広がっている。

 そんな中、回廊の前方からやって来たのは三人組。ライゼルスの第三王女ルカリア、御付の護衛であろう騎士はクローディア、侍女はシーラである。……ルカ様ご一行登場です。


「あら、散策されていたのですね。スカイティア様」

「ルカリア様、この度はお招き頂きありがとうございます」


 ルゼノでの紹介が功を奏したのか、スカイティアの人見知りも鳴りを潜めている。


 ……いや、これ本当に問題なのね。だって対王女となれば、此方は王子であるスカイティア様が相手をするしかないではないですか。


「此方こそ、遠路はるばるご足労頂き感謝致します。お部屋に不自由ございませんか?」

「とても美しい部屋を用意して下さり、とても快適に過ごせそうです」

「まぁ、よかったですわ。クラウディア様とシュナイザー伯爵はお部屋に?」

「えぇ、散策は我々だけで」

「左様ですか。楽しんで頂けたら幸いですわ。私はこのままお二方にもご挨拶させて頂きます」


 二人は当たり障りのない挨拶を済ます。……何とかミッション・クリアですね。

 三人と別れて、ヒカル達は散策を続行。庭に降りられる場所を見つけ、外に出てみる。ルゼノよりも少し温暖だろうか。春とはいえ、海風が冷たいルゼノより暖かい気がする。


「綺麗な庭園だね…何の花だろう」


 庭園に咲く花や生い茂る木々を観賞するスカイティアを横目に、ヒカルはさっと視線を走らせた。スカイティアにも護衛は着いているが、スカイティア自身は警戒心が薄い。


「スカイティア様、その木は触らないでくださいね」

「どうして?」

「肌が被れますので」


 花に手を伸ばそうとしたスカイティアに、レーウィスが声を掛けた。にっこりと、しかし何処か有無を言わせない迫力のある笑顔を浮かべたレーウィスに、スカイティアは首を傾げつつ「被れるのは嫌だな」と笑って手を引っ込めた。

 その矢先、迎賓館の方からクラウディアがスカイティアを呼び、スカイティアは其方に意識を持って行った。


「……レーウィス殿、それ何か塗ってあったりします?」

「正解です、ヒカル。少しでも触れていたら、毒に耐性の無いスカイティア様は危険な代物ですね」


 レーウィスは嫣然と微笑みながら、騎士に指示を出す。こんな危ないもの、放っておけませんものね?


 レーウィス曰く、スカイティアには毒物への耐性がない。一般的に王族や貴族は幼少の頃から多少なりとも毒に慣らされるものらしい。クラウディアの毒見のような食べ方も、その一環で習うという。……いや、普通は毒見役がいるらしいけど、買収されて役に立たないって言っていたし。

 しかし、スカイティアにはその機会がなかった。何れ王宮の外に出るであろうとされたスカイティアは隔離状況で毒殺される心配は殆どなかったし、何かを持ち込まれた際はレーウィスが見抜く。


 毒への耐性が必要ないって寧ろ喜ぶべきことなんだけどなぁ、と毒が塗られた部位が回収される様子を見ながら冷笑を浮かべた。


 これはまた危ないものを仕込んできますねぇ、ライゼルスの過激派の皆様?

 万一、此処でスカイティア様が倒れた場合、ルゼノから客を招いたライゼルスの王太子は一気に危機的状況に陥りますが……それを狙っておいでですかね。陰険ですね。

 まぁ、本当に今回は気を抜けなさそうな任務になりそうですよ?……ユエ様、ステラ様。これ、俺のミッションも兼ねてますか?

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