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元・奴隷の少年は王宮を駆け回る  作者: 水月
ライゼルス
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訪問準備3

「──で、結局、筋肉痛ですか」


 翌朝、自分の寝室から居間にやって来たスカイティアの様子から、ヒカルは開口一言呟いた。歩けるので踊れない訳ではないだろうが、足が気になる程度には痛みがあるらしい。


「言わないでくれるかな、ヒカル」

「予想通りでしたね」


 レーウィスと思わず目配せして、今日のダンスの練習は中止かな、と思う。だって、幾ら乗馬とは使う筋肉が違うとはいえ、ダンスの練習で筋肉痛とは普段からどれだけ筋肉を使っていないのか。まぁ、基本引き籠りですしね、仕方ない。


「おかしな癖がついても困りますからね…シーラ嬢と相談しながら練習しましょう」

「クローディア殿にも申し訳ない」

「…では取り敢えず、迎えに行けばいいのですか?」


 練習は第三王子の宮殿内で行われる。王子達に与えられた一つ一つの宮殿は非常に広く、様々な用途の為に部屋数も多い。……まぁ、普段使われていない部屋が第一王子のせいで書庫になっているが。

 昨日書庫を探してみたが、スカイティアの部屋にはライゼルスに関する書物もあった。その国の人間がいるのなら、ダンスの練習ができないにしてもライゼルスのことを知る良い機会になるだろう。


「いえ、お出迎えだけで十分です。クラウディア様が送って来てくださるので」

「では、ダンスの練習以外に……ライゼルスに関することを学びますか」


 今日は余り動かない方が良いだろう。それならば書物を運んで来て、紅茶と一緒に勉強を兼ねて団欒する時間にするか。


「そうですね、ユエ様が持ち込まれた書物や、ルカリア王女殿下が持っていらした資料もありますし」

「あ、そうだ。昨日、読んでいて聞きたいことがあったんだった」

「あぁ、あの走り書きのメモですか」


 昨夜から大量に書き出されたメモの山。確かに初めて国外に出るということもあって、知りたいことも多いのだろう。


「少々、浮かれているのかな」

「スカイティア様はそのくらいが良いと思います」


 基本、引き籠りの根暗だからな。うちのご主人様は多少なりとも浮かれているくらいで丁度良い。機会は逃さないことが大切です。


「ヒカル、何か言った?」

「いえ、何も」


 何故か凄みを感じさせる微笑を浮かべたスカイティアに、ヒカルはにっこりと笑みを返した。……思っただけで何で分かるんですか、スカイティア様。


「仲の良いことで」

「今の状況で、そう言いますか。レーウィス殿」

「えぇ、本当に仲が良くて何よりです」

「左様ですか」


 時折、レーウィス殿はよく分からない。あぁ、優しい貴公子様なのは間違いないですが。


 取り敢えず方針を決めて、約束の時間になる前に出迎えの準備をすることに。ライゼルスに関する本と、娯楽要素も兼ねたルゼノの本も数点用意。元々スカイティアが昨夜から読み漁って、割と近い部屋にあったので、大して手間も掛らなかった。

 そろそろか、と時計の針を確認して、時間通り来訪を告げる声がした。

 扉を開けば、昨夜揃って出て行った四人が揃っている。クラウディアと、侍女に扮したライゼルスの王女ルカリア、リズベルト兄妹クローディアとシーラの四人は美形揃いとあって目立ちそうだが、大丈夫だったのか。


「お早う、スカイティア、レーウィス、ヒカル」

「お早うございます、兄上」


 朝の挨拶もそこそこに、クラウディアが連れて来たリズベルト兄妹にスカイティアの筋肉痛を説明すると。


「まぁ!それは大変ですね」

「初めての練習で一日踊れば、筋肉痛にもなりますよ」

「……お優しいことで」


 早々に理解を示してくれたので、本日は勉強会になった。クラウディアはリズベルト兄妹に理解への感謝を述べると、「後は任せた」とルカリアを連れて去って行った。


「では、勉強会ということですが…ライゼルスの情勢に関しては昨日お話した通りです。他に何か気になることがおありですか?」


 ライゼルスに関して詳しく聞きたいと言う旨を伝えると、クローディアはシーラと顔を見合わせた。


「取り敢えず、昨夜からお聞きしたいことを書き溜めたのですが…」

「……これは」

「昨夜からライゼルスに関する資料を漁りまして……お聞きしたいことがあって。勿論、お答え頂ける範囲で結構です」


 卓の上に目の前に積み上げられた質問用紙の山に、二人は目を丸くした。


「これだけの量を一晩で?」

「スカイティア殿下は知的で好奇心旺盛だとは聞きましたが…」

「待って下さい、それは何所からの情報ですか?」


 思わぬ単語が飛び出して、スカイティアが目を瞠る。好奇心旺盛は兎も角、『知的』という評価は過大評価だ。そもそも『知的』というの評価がおかしいだろう。


「ユエルディーネ殿下とアルトステラ殿下からお聞きしたと、ルカ様からです」

「兄上、姉上ぇ……」


 予想通りの答えではあったが、それでも脱力する。ヒカルは失笑し、その先では項垂れたスカイティアとそんな反応に首を傾げるリスベルト兄妹がいた。……首を傾げる方向が一緒ですね、お二人とも。流石ご兄妹。


「あのお二人が自慢したいと思われるのも、分かります。これだけの疑問を持ちになるのは、やはり根柢にある好奇心の旺盛さと、附随する知識があってこそ」

「あの、それは少々誇張と言うか…?いえ、多大なる誤解……というか、兄上達の過大評価です!」

「いえいえ、これほどの疑問を思い付くなど、怠惰な者ができることではありません」


 リズベルト兄妹の絶賛に、スカイティアは大慌て。……まぁ、証拠(=山ほどの質問用紙)があるし、否定しても謙遜としか受け取れないわな。


「ですから、その……」


 スカイティアも褒められて慣れていない模様。否定の言葉を紡ぎつつも、顔が真っ赤だ。


 クラウディア様もそうだけど、王族の方々って、褒められ馴れていないのですかね。……いや、それともこのルゼノで、『赤髪』の王子と『黒髪』の王子だから、だろうか。

 ユエ様やステラ様は普通に褒められても流すだろうし……其方は其方で、その言葉の裏を探ってそうだけど。


 スカイティアは、己に悪意を抱く人間の言葉では動かない。裏のない言葉だからこそ、照れるし恥じ入るのだろう。


「我が祖国ライゼルスにご興味を抱いて頂けたようで、我らとしても嬉しい限りです」


 クローディアの心底嬉しそうな笑みに、スカイティアも笑った。


「昨日から、資料と本を読んでいて…本当に興味深かったです」

「では、もっと詳しいことをご説明いたしますね」


 落ち着いたところで、勉強会開始です。


 昨夜から読み深めていた資料に関して小難しいことを話し出すスカイティアと、補足をするクローディアとシーラは直ぐに意気投合したようである。

 国の起こりから現在の経済分野、更には地域の文化まで、事細かなことを問い掛けては答えを貰い、また疑問へと発展しては三人揃って議論を交わす。


 ……今更だけど、スカイティア様の初めてのご友人となる訳ですかね。リズベルト公爵家のご兄妹は。


 元来の引き籠りの性質は、人見知りとイコールにはならないらしい。興味深いと思えば知識を貪り、自分なりの意見を論じ、他人と言葉を交わしては更に思慮を深める。今のリズベルト兄妹とスカイティアは正に理想的な関係だろう。

 このルゼノという国では今後もそういった相手はできないかもしれないが、こうした友人という存在があることはスカイティアにとって悪いことにはなるまい。国外に出ることで知的好奇心を満たし、今後の動向を見極めることも重大だ。

 国外、と思って、ヒカルは思いつく。


 ──スカイティアがこの城で幸せになれる道が描けない。


 それは、ユエの言葉だ。『この城で』という限定的な言葉は──異母弟の幸福という極めて曖昧で、不明確な条件だが──説得力がある。『金髪』を尊ぶのはまだいいが、『黒髪』を蔑まれるという差別的な環境下では、スカイティアは今のように生き生きと発言することはできまい。

 この王宮を出るかどうかは別としても、スカイティアが王宮の中で無為に時間を過ごすことはなくなるだろう。

 今後の動向はスカイティアが望む道次第だが、この先どうありたいかを模索する時間と、方向性を決める要素が必要だ。その要素の一手が、友人候補であるリズベルト兄妹の訪問ということか。


(それなら、いっそ…例えば…)


 ──もしかしたら、縁談と言うのも、強ち間違えではないかもしれませんね。


 レーウィスが呟いたように、スカイティアがルゼノから出る理由を作るとか。それも、国として重要な駐在大使などの地位を得られるならば、その存在感を示すことができるだろう。髪色に囚われることのない国外で、王子としての務めを果たせれば、ルゼノでの評価も変わるかもしれない。


「……いや、幻想か」


 ルゼノという国の根底にある意識──選民思想とも言うべき差別は簡単には変わらない。どれだけ訴えようと、嘆こうと変わらないからこそ現状がある。ヒカルが奴隷であった時のように。


『──君の居場所を見つけて』


 嘗てヒカルを想い、手を伸ばしてくれた人がいる。それでも、また奴隷に堕ちてしまったけれど、彼が逃がしてくれたから『今』がある。

 歴史に刻まれる革命という程の力を、誰かが起こすのを待つなんて死を待つのと同義だろう。

 勿論、これまでの経験から力なき者の声は届かないことを知ってはいるけれど、現状に甘んじず足掻くことや希望を抱くことを愚かだとは思わないし、寧ろ尊ぶべき行動だろう。


(……結果が出なければ、周囲は無謀だと無能だと誹るだろうけど)


 少なくとも彼(・)は、周囲には認められない存在として闇に葬られただろう。きっと彼(・)は今も尚、ヒカルがその名すら知らぬ国の、何処かの屋敷の庭先に埋められている。何か事件でも起こらない限りは見つかることは無い。見つかったところで、それが誰なのかを証言する者もいないだろう。


(あぁ、やっぱり俺は狡いのかな…)


 ヒカルは内心で自嘲する。スカイティアの未来を想っていた筈なのに、不意に重い何かが圧し掛かって来た。


 今も尚、救ってくれた恩人は冷たい土の下にいるというのに。彼を忘れて笑うことを誰かに詰り誹られようとも、俺はきっと今を手放せない。


 暗鬱とした想いは、真綿でそっと首を絞めるようにヒカルを蝕むように存在するのに、目の前で繰り広げられる光景に何故だかとても惹かれていく。


「この理論あらば、生産性は上がっている筈なのですが」

「ですが、日照不足と降水量の関係が…」

「土壌の養分が関係しているのでは?」


 三人はライゼルスのとある地域の貿易額に関して論じていた。……嘗て、この部屋の主は此処まで活き活きとした表情を見せたことがあっただろうか。


 ずっと、誰かと話したかったんですね、集めた知識で議論し合いたかったんですね。これでボッチ脱却ですね、スカイティア様。


 和み要素満載の状況にほっこりしつつ、ヒカルは過去に蓋をする。

 彼(・)への罪悪感はそのまま抱いていくが、引き摺ることは望まないだろう。希望的観測ではあるが、そうでもなければ奴隷を救い出すために命を落とす様な危険を冒さないだろうから。


「だから、この地域の生産額が──」

「いえ、待って下さい。投資額の──」

「ですが、この額ならば──」


 意識を現実に戻した途端、白熱する領地経営らしき会話が耳を劈いた。


 ……うん、俺はそろそろ匙を投げる。スカイティア様、普通に領地の経営できるんじゃない?まぁ、今は卓上の議論に過ぎないけど。


 このままスカイティアが進むべき方向が決まれば、彼自身のルゼノ第三王子としての権力が皆無でも、恐ろしいまでに権力と人脈持ちの異母兄達が力を貸してくれるだろう。


「このまま日が暮れるのでは?」

「有り得ますね」


 話の尽きない三人組を眺めてぽつりと呟けば、微かな笑い声な落ちて来た。見上げてみれば、そこにあった側近の顔は何処か満足そうに見えた。

 スカイティアにとってレーウィスは側近ではあるが、それと同時に兄に似た立場──庇護者側の人間だ。レーウィスの側近という立場も庇護者という立場も、決してスカイティア個人の『友人』という対等な立場にはない。


 そういう点では、一番スカイティア様の孤独を気にしていたのはレーウィス殿なんだろうな。ユエ様は他の弟妹様や面倒なお仕事で、スカイティア様のことばかりを考えていられなかっただろうし。


「良かったですね、レーウィス殿。あ、此処は『おめでとうございます』と言うべきでしょうか?」

「有難うございます」


 ヒカルの言葉の意図を的確に読み取ったのであろう、有能なる第三王子の側近(ひごしゃ)は何時もより優しい、何処か儚い笑みを浮かべていた。


 そりゃ、何時か目の前の王子は彼らの庇護の元から旅立っていくだろうけどさ?

 その時には小姓モドキの俺もお役御免だろうけれど、今の第三王子にはまだ庇護が必要だから、そんな顔をしなくていいと思います。それなのに、まるで自分の役目が終わったとばかりに、満足そうに寂しそうに淡く微笑むのは納得いかないのですけど?


 今でも尚、議論は冷めるどころか熱を帯びていた。三人の口調が砕けたものになっていることに、彼らは果たして気づいているだろうか。

 そんな様子を、まるで子供を見守る親のように微笑ましそうに目元を和らげるレーウィスの表情を見逃す筈はなく、しかし、ヒカルは不服の申し立てをせず、主の方へと向き直った。


 勿論、「今」はですよ?お客様が帰ったら、当然告げ口しますよ。精々、我らが主人のスカイティア様に泣き付かれるといいですよ、側近殿。俺は知らないからね。……って、レーウィス殿、何で気づくのさ。


 不意にレーウィスが此方を見たが、それは知らんぷり。そこは有能さを発揮しなくて宜しいと思う。寧ろ発揮しないでください、心臓に悪いので。

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