訪問準備2
「──ターンして」
広間を中央で踊る二つの影。その広間の壁沿いで手を叩いてリズムを取って、声で指示を出す。
綺麗に揃ってお辞儀をした二つの人影は、ルゼノ第三王子スカイティアとライゼルスのリズベルト公爵令嬢シーラである。
ちゃんと踊っている。スカイティア様、凄いわ。いや、三歩しか進めなかった午前中に比べて、マジで成長してますよ!転倒し掛ける回数は勿論、ステップの種類とターンの時機間違えなくなったし。そろそろ一曲分くらいになってるんじゃない?
今日初めてダンスと言うかステップを始めてから、ちゃんと様になっている。
その中央で踊っている二人から少し離れた場所で様子を見守るシーラの兄、クローディアは転倒防止の補助役だ。因みに、彼に助けられた回数は途中で数えるのを止めた。午前中に比べて、彼に助けられる回数が減ったのは確かだが。
「そこで回って、礼」
クラウディアの指示に合わせて、二人の動きが留まる。互いに最後の挨拶をする所だ。
「取り替えず、一曲分はなんとかなりそうか?」
「そうですね、形にはなりましたし。本日は此処までにすべきかと」
えぇ、本当に、とヒカルはクラウディアとルカリアの会話に頷く。
ダンスが終わって足を止めた瞬間、気が抜けたのか、スカイティアは膝から崩れ落ちて今は尻餅をついている。クローディアの手を借りて立ち上ったものの、呼吸の乱れは整わない。
「お疲れ様でした、スカイティア様」
ヒカルは水とタオルと用意して、スカイティアに声を掛ける。その時のスカイティアの視線は疲れから少々機嫌が悪そうと言うか、乱れた呼吸もあって普段の穏やかさが消える程である。……あれだ、警戒心を剥き出しにした、腹を空かせた獣みたいな視線。
「落ち着いて下さい、水もタオルも逃げません」
「別に、取って、食おうとしている訳じゃ…」
「平時のスカイティア様はどちらでしょう?」
息を整えつつも、その目は少々恨みがましい。まぁ、慣れているクラウディアは早々に指導側に回り、スカイティアへのダンス指導は一層厳しいのになっていたから、仕方ないのかもしれない。
とはいえ、俺、関係なくない?八つ当たりは止めて下さいね。そんなスカイティア様も物珍しいですけど、ヴァイス様がご覧になったら幻滅しますよ、多分。穏やかさと清らかさの塊だと思っていますからね、あの王子殿下は。……ま、そんな機会はないでしょうけど。
それよりも、とヒカルは満身創痍のスカイティアから視線を転じて、指導役であったシーラとクローディアを見上げた。体力の有無よりも慣れだろうか。補助役であったクローディアは勿論、相手をしていたシーラも呼吸を乱してない。
彼らのように踊り慣れれば余計な力が抜けて余裕もできるだろうが、一度は身体に叩き込むと言うクラウディアの方針の元、暫くはスカイティアは緊張したままだろう。……慣れれば何とかなるだろうけど、ライゼルス訪問まで余り時間はないみたいだからね。
「スカイティア、立てないなら運ぶぞ?」
「いえ、そこまでは…!」
あ、復活した。流石に十代半ばで、兄に運ばれるのは勘弁願いたいですよね。
「この後は…」
「一先ず、練習は此処までだ。少しライゼルスの様子を聞いておくことになった」
「……あぁ、あちらでの日程ですか」
「目が死んでるぞ、夜会は二回乗り切れ」
「二回も、あるのですか…?」
初の夜会が外国の、それも短い期間に二回もあると聞かされ、スカイティアの顔色は一層絶望的なものになって行く。
そんなに嫌ですか。まぁ、目つきが変わる程にお疲れのようですが……それにしても、夜会が二回か。それでも妙に作為的ものは感じるけど。
場所を移動して話を聞くことになったが、そこからは少々不穏な空気である。……政モードと言うか。
夕食の席にはユエ達が現れるかと思えば、今回は不参加だった。緩衝剤がいない。大丈夫か、この席。
「──では、やはり強硬派の動きが?」
ライゼルスの王宮内では穏健派と過激派が二分されている。今代の王は穏健派だ。次代の王──現在の王太子も穏健派だろう。だからこそ、今の過激派は水面下に潜んでいる筈なのだが、その動きが怪しいと言う。
「えぇ、残念ながら。反王家と言っても差し支えない程に」
……物騒だな、おい。というか、俺まで聞くのは同行が決まっているからなのね。
「今回は随分と手筈を調えて下さっている様ですが、それだけの規模の粛清を?」
「恐らくですが。一回目の夜会に招待されるのは、反王家派です」
「そこでライゼルスの王太子殿下と懇意にしているルゼノの招待客が襲われれば、王家派の権威は衰退、と言う訳ですか。……ライゼルス王が病に伏し、その代行をしている王太子殿下が若いことも、気に入らないのですか?」
クラウディアの切り込みに、ルカリアはくすり、と笑う。
結構切り込みますね、クラウディア様。この一件については隠すことがないと言うことか……いや、何処まで情報を開示してくれるのか見ているのかな。
「国に尽くすことも、上層部に取り入ることもできない、無能な愚か者達の行動ですわ」
「国を乱すことで、無力な己の虚栄心を満たしているということですか」
「そんなところでは?打倒・王家を目指すならば、その規模はそれなりでしょうけど。所詮は処罰が怖くて、不満の陳情もできぬ烏合の衆」
「おやおや、それはそれは厄介ですね」
ルカリアの冷笑に、クラウディアは愉快そうに笑った。クラウディアの器用に片眉を吊り上げた歪な微笑みをヒカルは意地悪な笑みと言うが、ルカリアは一層笑みを深めたのだった。どうやらルカリアはその笑みがお気に召したようだ。
「厄介、なのですか?」
「要するに、旗頭がいないということだ」
疑問を口にするスカイティアに、クラウディアが説明する。
「ですが、反王家派という括りなのですよね?」
「目的の為に利害は一致していますが、結束してる訳ではないのです。途中離脱も加入もあり得る、非常に勢力の変動が激しく、規模が読み辛いのが難点ですね」
確認するスカイティアに答えたのは、ルカリアだった。一応、反王家と括っているが、叶えたい野望は別個だということか。
王家が倒れた場合、その後が利権争いで纏まらない可能性が高い。ライゼルスの国の規模を考えれば、王家が倒れた時の余波が大陸中に広がり、ルゼノは隣国である以上、対岸の火事で済む筈もなく混乱する国の動向に注視しなくてはならない。
(政争になれば、難民対策も必要だろうな…)
混乱に乗じた国境越えもあり得るだろう。最悪の場合、ライゼルスが前王朝を倒して沈めた大陸の戦争が再発することもある。
……そりゃ、ユエ様もステラ様も助っ人を送りたがるわ。王朝が倒れるって、実際には一国の問題じゃないんだよね。国交も一時的な閉鎖になるだろうし、戦禍から逃れた難民や、その騒ぎに乗じた犯罪も起こりやすくなるし。
「……え、面倒な」
「だからこそ、その集まった輩を一網打尽にするのだろう。少なくとも、真面な国はライゼルス王家が倒れることを望んでいない」
思わずと言った様子で呟いたスカイティアに、クラウディアが溜息混じりに応じた。
「大変なのですね、ライゼルスも」
「えぇ、こればかりは同情でも頂きたいですわ」
国の情勢はお互い様だが、ルカリアは此処で気を張っても仕方ないとばかりに額に手を当てた。「御労しい」とリズベルト兄妹が言葉を漏らす程である。……超疲れてるじゃん、王女様。
「クラウディア殿下、スカイティア殿下、申し訳ありません。締まりませんけど、我が国の現状はそういうことなのです。どうか、殿下方のお力をお貸しください」
凛然と、けれど真摯な眼差しで頭を垂れるルカリアを、クラウディアが制した。
「お顔を上げて下さい、ルカリア殿下。勿論、精一杯尽力させて頂きます」
「微力ながらお手伝いさせて頂きます」
改めて協力を求め、ルゼノ側が承諾したところで漸く肩の荷が下りたのだろう。ルカリアの何処か気を張っていたような笑みが綻ぶ。
「では、明日からもスカイティアの指導のほど、宜しくお願い致しますね」
「え゛」
急に矛先を向けられたスカイティアの、低い声が落ちた。何処となく瞳が仄暗さを宿した気がするが、クラウディアも察した様で。
「スカイティア、まさか今日だけで終わったと思っていないだろうな?」
「……思って、はいません、けど」
歯切れの悪い異母弟の返事に、クラウディアは困ったように溜息を吐く。「夜会が二回あると言っただろう」と表情を引き攣らせる異母弟の肩を叩くと、スカイティアは「はい」と気落ちした返事をした。
「勿論、お時間がある限りはお手伝いさせて頂きますわ。ただ、その項目に関しては私ではなく、引き続きシーラがお相手になりますが」
「宜しくお願い致します、スカイティア殿下」
「はい、宜しくお願いします…」
苦笑を浮かべたルカリアに促され、シーラが歩み出る。スカイティアも避けられない項目であることは自覚しており、素直に受け入れたのだった。
「スカイティア達は引き続き、ダンスの練習として。ルカリア殿下は、明日はユエ兄上とお会いするのですか?」
「えぇ、確認事項がありますので…また侍女に扮して、お邪魔致しますわ」
「では、其方には私が同行致します」
クラウディアの確認にルカリアは感謝を述べ、そこでスカイティアの表情が再び引き攣った。
「兄上…明日はご一緒ではないのですか?」
「隣国の王女殿下を預かっているのだから、当然だろう。明日はシーラ嬢とクローディア殿と頑張れ」
「……はい」
あぁ、レーウィス殿がいるとはいえ、相手は公爵家ですしね。身分的には王族のスカイティア様が頂点ですし……明日のことが不安なんですね。
「では、明日もまた宜しくお願いします」
「此方こそ、宜しくお願い致します」
「明日は本日のお浚いから始めましょう」
改めて明日の約束をして、その場は解散となる。クラウディアが送るからと、スカイティアはその場で見送るだけに留めた。
……ま、王子二人が侍女と騎士に付き添っているって逆におかしいもんね。いや、普通は王子に騎士と侍女が付いていない方が変なんだけど、ルゼノだと『赤髪』の王子と『黒髪』の王子が彼らを連れている方がおかしいもの。
クラウディア様は兎も角、スカイティア様が第三王子の宮殿から出るとか、超目立つし。余計な詮索は要らないっと。
ライゼルス一行を見送って、静まり返った第三王子の宮殿に部屋の主であるスカイティアの深い溜息が落ちた。
「……どうしよう」
「どうか致しましたか、スカイティア様」
「本当に、どうしよう」
「明日ですか。今日は話せていたではないですか」
「だって、それはまだ兄上がいたから…」
心配事は案の定、明日、異母兄達抜きで対応することについてだった。……まぁ、他にないけど。
「多少の失敗は大目に見て下さりますよ、あのリズベルト公爵家の方達ですから」
「そもそもリズベルト公爵家ってどういう家柄なの?」
食後のお茶を啜りつつ、スカイティアはレーウィスに尋ねた。……そういえば、自己紹介されたこと以外は知らないね。
「ライゼルスの現王の妹姫が降嫁された家ですね。ライゼルス建国以来の王家の忠臣で、あのお二人はルカリア殿下の従兄妹に当たります」
「……へぇ、確かに仲が良さそうだった」
「他にも忠臣とされる家は多くありますが、今回はお忍びで少人数だったのでしょう」
「ふーん……兄上も、ルカリア殿下と仲が良さそうだった」
ぽつり、とスカイティアは呟いた。その響きは少々沈んでいて、ヒカルは首を傾げつつ、主の反応に見当を梳けた。
それは嫉妬ですか、スカイティア様。漸くクラウディア様との仲が良好になったのに、外から来た知らない人間が割り込んでくるのは確かに気に障りますよね。……いや、でも、王宮外の世界に出て行くと言うのはそういうことですよ、スカイティア様。
「……もしかしたら、縁談と言うのも、強ち間違いではないかもしれませんね」
「え?」
「いえ、何でもありません」
「えぇ、何ですか。それ」
レーウィスはレーウィスで気になることを呟いたが、にっこりと笑って流された。
……うむ、相も変わらずキラキラとしたお顔ですね、レーウィス殿。きっと、ユエ様と並んでも「お伽噺の王子様と美麗な従者」で通ると思う。騎士にしては華奢な見た目だからね、レーウィス殿。
「明日…明日かぁ…」
「悩んでいても、明日は来ますよ。もう寝ましょう?」
一人唸っている主に向かってばっさりと言い切れば、スカイティアは小さく一言呟いた。
「……無情だ」
えぇ、世の中はそんなものです。悩んだって決定事項は変わりません。
くよくよと答えのない問題に悩むくらいなら、明日に備えて眠りましょう。ダンスの練習を続けるなら健康第一ですよ、スカイティア様。




