訪問準備
「──で、お前は夜会で踊ったことは皆無だよな?」
ライゼルス行が決まったその日の晩、第三王子の宮殿でスカイティアと夕食を共にしていた第二王子クラウディアは確認するように問いかける。
「そもそも参加したことがありません」
「だよな…そうなると、夜会のダンスは見たこともなしか」
案の定、夜会に無縁だったというスカイティアに、クラウディアは少々考え込む。
えぇ、本日、唐突に告げられた決定事項でしたもんね。いきなり「隣国に行って囮になって来い」って、無謀ではないですか。
俺は着いていくけど、あくまでも使用人の立場ですから、踊らないですけど。と言うか、教えられても踊れない。
「えぇ、今まで不要でしたから」
「そうなると、ライゼルスに行く前に付け焼刃でも……いや、基本のステップは完璧にしておいた方が良いだろうな」
「え゛?」
喉の奥から出たようなスカイティアの低い声に、クラウディアは目を瞬かせた。……凄い声でしたもんね。初めて聞きましたよ、スカイティア様のそんな声。
「……声を濁らせるほど驚くことか?というより、拒絶か?」
「運動神経皆無の俺に踊れと?」
怪訝そうな、何処か負のオーラすら纏ったスカイティアは本当に嫌そうだ。
「皆無ではないだろう、乗馬はできるようになったし」
「いえ、ですが…」
言葉を濁すスカイティアだが、顔は明白な拒絶を表している。そこまで表情筋を使ったスカイティアを初めて見た気がする。
まぁ、乗馬は馬との相性が合えば、それなりに回数を熟して乗れるようになる見込みはありますが、夜会のダンスは相手を選べないですし、練習あるのみですよね。
「兄上は踊る機会があったのですか?」
「基本は警備に徹している」
「……騎士の身分に逃げますか」
「誘われれば、踊ることはあったがな……一応、シーザス公爵家の顔を立てる必要がある家とかの令嬢だったか」
思い出すのも嫌そうなクラウディアに、ヒカルはふと思い出した。
そういえば、ヴァイス様が夜会では『赤髪』にも関わらず令嬢方が噂していると仰っていたな。どうやら、家の関係だけじゃないようですよ、クラウディア様。
「夜会と言っても、そこは貴族の社交場だからな……駆け引きは勿論、娯楽の噂は蹴落とし合いだ」
「ますます引き籠りたくなりました」
「あぁ、同感だ。しかし、そこは引き摺ってでも行くが」
他ならぬユエとステラの頼みである以上、クラウディアは実行するだろう。そもそも王命であり、今度のことを見据えた方針ならば、スカイティアにライゼルス行を拒否することはできない。
「……ダンスは必須って誰が決めたんですか?」
「さぁ?俺に聞くな」
異母弟の理不尽な問をばっさりと切り、クラウディアは食事を進めた。そんな淡々とした異母兄の様子に溜息を吐いたスカイティアは渋々フォークを動かす。
「明日からダンスの練習するってことですよね?俺、足を踏む自信しかないです」
「……そこは努力してくれ。相手に失礼だから」
「誰が相手をして下さるのです?ステラ姉上はお忙しいですよね。まさか、クラウディア兄上が女性パートを踊られる訳ですか?」
「無理だ。女性パートを踊れないし、身長的にも現実的ではないからな」
踊れたら踊っていたのですか、クラウディア様。貴方の許容範囲が分かりません。自己犠牲(?)は大概にして下さいね。
「……ヒカルも、無理だろうな」
「俺を巻き込まないでください、王子様方」
「安心しろ、お前の巻き込まれは何時ものことだろう」
「安心する要素が何処にありますか」
唐突に蚊帳の中に入れられ、ヒカルはジト目になる。……何で、俺まで巻き込まれるんですか。
「その点ですが、ルカリア殿下とシーラ嬢がお付き合いくださるそうです」
「「は?」」
レーウィスの情報提供に、二人の王子が愕然と声を上げる。……それ、もっと前に話すことでは?あぁ、確信犯ですか、レーウィス殿。
「初耳なんだけど」
「俺も聞いていない」
「その為の、お二人の来訪のようですよ?仲を深める良い機会と」
レーウィスの言葉にクラウディアは怪訝そうに眉を寄せた。
「……普通、他国の王子のダンスの指南に、王女と公爵令嬢がやって来るか?」
「まぁ、特例でしょう。あくまでもライゼルス訪問前の勉強会のような形ですが、その間にライゼルス内部の状況を知らせて協力を強化したいと言う思惑もあるのでしょうし」
「成る程…指南の時間に託けての情報提供と、来訪後の工程説明か」
納得、とクラウディアは了承したが、却ってスカイティアの顔色は悪い。
「……早速引き籠りたい」
「レーウィス、引き摺って行くから縄を用意しろ」
「集合場所はこの第三王子宮ですから、まぁ、いいでしょう」
「そうか、確かに一番人目に付かないしな」
いいのですか、レーウィス殿。貴方の主人が撃沈していますが。……まぁ、成長したいと言ったのはスカイティア様ですからね、今更逃げられないでしょう。
「……何を用意しておけばいいですかね」
「捻挫や転倒の可能性を考慮して、治療用具ですかね」
…自国の王子と他国の王女と公爵令嬢を怪我させたらアウトな気がしますが、良いと仰るなら従いましょう。
◆◇◆◇◆
翌朝、明らかに浮かない顔をしたスカイティアと、やや緊張、或いは警戒心が拭えないのだろうクラウディアが個人授業用の広間にいた。あとは指南役を待つだけだ。
え?俺は勿論、昨日言われた治療用具を持って待機していますよ。
「──待たせたね」
少しして第一王子ユエルディーネと第一王女アルトステラが、ライゼルスの王女ルカリアと公爵令嬢シーラを連れてやって来た。護衛のクローディアも一緒だ。
「ユエ兄上、ステラ姉上もご一緒ですか?」
「あぁ、少しだけ時間が取れたからね。折角だから見ておこうかと」
「「重圧が」」
他国の王女達に指南を受ける状態を異母兄達が見ているという、何とも緊張感が漂う空間である。
「そこまで構えなくていいよ…僕達も暫く踊っていないし」
「あら、それでしたら手始めにユエ様とステラ様が踊られては?」
くすくすと笑うユエにルカリアが提案する。すると、途端にスカイティアの表情が晴れた。
……そういえば夜会でお二人が踊られると注目の的だって、ヴァイス様が仰っていたな。王族ということもあるだろうけど、やはり目を惹く存在感がある。
「……だって、ステラ」
「前回参加した夜会って何時でしたっけ?」
「さぁ?ま、気楽に踊ろうか」
ユエはステラの前に手を差し出し、広間の中央へとエスコートする。……お二人が並ぶだけで絵になるって言うのは凄い分かる。
「では、シュテルイン」
「クローディア、お付き合いを」
「「はい」」
シュテルインは広間の奥にあるピアノを、クローディアは持って来ていたらしいヴァイオリンを構えた。予め打ち合わせはしていたのだろう、二人は目配せをしただけで楽器を奏で始める。ゆったりとしたテンポで、優しい曲だ。曲名は知らないが、夜会では定番なのだろう。
「……一、二、三、四」
「五、六…」
広間中央で数を数えながら、ユエは曲に合わせてステップを踏み出す。ユエに支えなられながら、ステラはターンをする。足の動きを初心者にも分かり易くするためか、ステラのドレスの裾は何時もより短い意匠になっていた。……最初からステラ様は踊る心算だったのでしょうかね。
「……最後に女性が回って、礼」
「こんな感じかな」
ジャン…、と曲が終わってユエとステラが互いの手を放す。音の余韻も早々に打ち切って、ステラとユエが戻ってきた。
「……これ、初心者向けですか?」
「一応、必要なことは入れた心算だけど」
「つまり、これさえ何とかなれば、一通り問題ないということですか」
「まぁ、あとは曲をよく聞いてね」
暫し放心していたようにユエとステラのダンスに見惚れていたスカイティアは、唐突に現実に戻ってきたようである。実際に自分がこのダンスを踊るということのハードルの高さを感じたらしく、絶望的な表情に戻った。
「踊れる気がしない」
「そこは練習しろ」
「……うぅ」
スカイティア様、お客様を前にしても繕う気なしですね。クラウディア様もですけど。本当に仲良くなられて何よりです。
「では、改めまして。ライゼルス第三王女ルカリアですわ、本日は宜しくお願い致します」
「リズベルト公爵家が長女シーラと申します。殿下方のお相手ができることを、光栄に思います」
「ルゼノ第二王子クラウディアです。御指導のほど、宜しくお願いたします」
「第三王子スカイティアです、宜しくお願い致します」
改めて自己紹介して、練習の相手を頼む。クラウディアはルカリアを、スカイティアはシーラをそれぞれ相手にしてダンスの練習をすることになったらしい。
「クラウディアは流石だね」
「ルカ様をリードするくらいですもの、問題はないわね」
「……ただ、スカイティアは要練習だね」
「ふふっ…まぁ、初めてにしては可愛いものでは?」
クラウディアは元々夜会の参加経験があって問題がないらしいが、やはり踊ったことのないスカイティアには厳しいらしい。
……確かにな。まだシーラ嬢の足を踏むことがないだけまだいい。そもそもテンポが合わなくて、先程から三歩しかステップ踏めてないし。転倒前に支えてはいるが、補助役のクローディア殿が大変だ。
「……スカイティア様って、音感がないんですか?」
「というより、他人に合わせることが不得手なんだろうね」
「あぁ、根っからの引き籠りですしね」
「辛辣ね、ヒカル……まぁ、シーラ嬢とクローディア殿は弟妹がいるからか、手のかかる子ほど可愛がる性質だから大丈夫よ」
ステラ様、それは貴女方の同類というのでは?……いえ、根気強い方々でないと根を上げそうですけど。
かれこれ見守ること一時間。ステップは飛ばすしターンで手を放すし、と基礎が終わらない内にスカイティアの体力の限界が来た。
「まぁ、あとは練習あるのみだね」
「申し訳ないです、こうしてお付き合い頂いて…」
ユエは微笑ましそうな苦笑とともに練習続行を告げられ、スカイティアは項垂れた。息も絶え絶えである。体力的な問題と言うよりも緊張だろうか。
「いえ、今回が初めてですもの。これからです!」
「えぇ、後半は支える回数も減りましたし」
「……お二人の優しさが良心に突き刺さります」
何度もシーラの足を踏みそうになり、それを避けようとしたスカイティアが足を止めて、シーラと二人一緒に転倒し掛け、クローディアに支えられることを繰り返せば申し訳なくもなるだろう。
まぁ、自然と仲良くなった様で何よりだ。ユエ様達、これを狙っていたり……ライゼルスで敵も味方も分からない状態より、絶対的な協力者との良好な関係を築いておいた方がいいしね。
「じゃあ、そろそろ僕とステラは仕事に行ってくるよ」
「帰りは迎えに来るから、ルカ達のこと宜しく」
「いってらっしゃませ」
ユエとステラ、従者のシュテルインを見送ってスカイティアとシーラは休憩を挟みつつ練習を再開する。自然にクローディアは道連れだが。
「スカイティア殿下、足元に集中していらっしゃると会話ができませんわ」
「話、ですか?」
「えぇ、そういった場では二人きりで話す好機と捉えていますもの」
「ハードルが更に上がりますね」
「まずはダンスを体に覚えさせて、息をするようにステップを踏めれば難しいことはないですわ」
「それが難題なんです…っと!すみません…!」
会話しつつもステップを踏む練習は続き、転倒しかける。しかし、進歩はした。まだまだ一曲を踊るには足りないが。
「スカイティア様、普通に話せますね」
少々意外だが。根っからの引き籠り性質で、人付き合い皆無な場所で長年過ごしてきたスカイティアには対人恐怖症とまではいかないが、人見知りかと思っていた。
「あぁ、きっかけさえあれば仲良くなれる性質だろう。基本的に温厚だしな」
「……そうですね」
クラウディアの言葉に、ヒカルは思わず生温かい目になる。スカイティアの温厚さと言うか穏やかさによって、あっさりと過去を水に流された例が、クラウディアとの関係修復だ。彼にもその自覚はあるのだろう。
「何か言いたそうだな、ヒカル」
「いえ、何も」
クラウディア様、何故睨むのですか。
「ふふっ、クラウディア殿下はヒカル殿と仲が宜しくて?」
「えぇ、それなりに。一番話し易いですよ、聡明と有名な小姓なので」
ルカリアの問いに、クラウディアは肯定する。その内容はヒカルにとって否定したいところであるが、あくまでもこの状況は王女と王子の会話である。身分が下の者が割って入っていいものではないのだ。……後程その代わりに毒を吐きましょうか。
「ヒカル、訂正しないのか?」
ヒカルの言葉にしない、ヴァイス曰く『目は口ほどにものを言う』とばかりの視線に、クラウディアは揶揄するように笑う。
「物凄く目で主張しております。王子殿下と仲が良いとか止めて下さい。その聡明な小姓の噂の出所って何処ですか?聡明どころか、俺のこと一言余計な奴って思っていらっしゃいますよね?本日も、意地悪顔がお似合いですけど!」
「確かに一言余計は余計だな」
「ほらぁ…!」
「仲が良いというのは、本当のようですわね」
話しかけられたことを好機とばかりに口早に言えば、クラウディアはヒカルの癖毛を交ぜっ返すように頭を撫でた。そんな状況を、物凄く微笑ましそうに見られている。
ちょっと、一応、隣国の王女様の前なんですけど?
クラウディア様、こんな『黒髪』の小姓モドキと親しく見せていいですか?何か狙っているのですか?
レーウィス殿、ヘルプ・ミー!微笑ましそうに笑っていないで!
スカイティア様、「何時ものこと」って笑わないで!いえ、ダンスの練習のお邪魔はしませんけど!!
本当に何なの、この状況!?四面楚歌か!!




