隣国の使者
ルゼノ王宮、第三王子の宮殿には、第一王子を初めとして異母兄弟達が集まっていた。
「さて、ライゼルスの王太子は兎も角、ルカ様の方だけどね」
「何かありましたか?」
「うん…それがね…」
ちらり、とユエの視線が一人の侍女に──白いヴェールを目深に被った女性に──向けられた。……ん?何?彼女が何か関係するの?
「此方、ルカリア王女だ。通称、ルカ様」
はああ…?
ユエは侍女に扮した女性を紹介した。彼女はヴェールを払うと、そこには確かに聞いた通りの漆黒に近い、濃紺色の髪と、それより明るい紫紺の双眸を持つ女性の顔があった。
「あぁ、道理でお見かけした方がいらっしゃると」
愕然としたスカイティアとヒカルに対し、クラウディアとレーウィスは予想していたとばかりに落ち着いていた。
「お久しぶりですわね、クラウディア殿下、レーウィス殿。スカイティア殿下とヒカル殿は初めまして」
「ご無沙汰しております、ルカリア殿下」
「ルカリア殿下もご息災のご様子で、何よりです」
「お、お初にお目に掛かります…スカイティアと申します」
既知の仲である二人はあっさりと挨拶を交わすが、今までに兄弟以外の他人と接触が皆無であったスカイティアの挨拶は少々たどたどしい。
しかし、王子二人と伯爵家子息は兎も角、何故に小姓モドキの俺まで…?俺、関係ないよ?
「それで、何故ルカリア殿下が?来訪のご予定は来月では?」
「えぇ、そうなのですが……どうしても、来月では遅くて」
「遅い…?」
ちょっと待って、俺が聞いていい話?今からでも外出た方がよくない?
レーウィス殿、ねぇ、俺がいていいの?……頷きおったぞ、この人。
「……突然のご訪問に関しては謝罪させて頂きます。この度内密にお邪魔させて頂いたのは、先程のユエ様のお話の続きに関することなのです」
「続き、ですか?」
「ライゼルスの勢力争いの話さ。ライゼルスには穏健派と過激派がある…その過激派の行動が既に水面下から顔を出しているってところかな?」
「えぇ、お恥ずかしい話ですが…」
ほう、と溜息を吐くルカリアは本当に困っている様である。
「……それで、ルゼノに何をお求めなのですか?既にユエ兄上とステラ姉上に相談されているのあれば、我々に改めてお話をされる必要はないのでは?」
クラウディアの問いに、ユエとステラは互いに目配せをすると、ユエが肩を竦めた。
「それなんだけどね、僕とステラは既に警戒されていて、上手く入り込めないんだよね」
「そもそも私達が城を空けると、色々と噂が広がり易いと言うか…」
ユエの溜息交じりの言葉に続いて、ステラが紅茶で口を湿らせつつ懸念を溢す。
……ん?ユエ様とステラ様が動けないって、何か雲行きが怪しくない?
だからね?とユエはステラと一緒に笑みを溢した。
「僕とステラの代わりに、クラウディアとスカイティアにライゼルスに行って貰えないかと思って!」
「「……え?」」
ユエ様、お伽噺の王子様の様な笑顔で言いきった。
ステラ様、聖母の如く慈愛に満ちた優しいお顔で「頑張って」はないでしょう?
お二人の弟殿下達はまだ事情も何も知らないのですよ?お二人が固まっていらっしゃるんですが。
「……ちょっと待って下さい、兄上、姉上。我が国とライゼルスの関係は良好とは言え、私もスカイティアも知り合いなどいないのですよ?」
「えぇ、だから此処にルカ様をお呼びしたのよ?後ろのお二人はルカ様のご友人で、ライゼルスの高位貴族ね」
ステラの説明に、下がっていた侍女と侍従が前に進み、優雅に礼をする。
「お初にお目に掛かります、クラウディア殿下、スカイティア殿下。リズベルト公爵家が次男クローディアと申します」
「シーラ・リズベルトと申します。お会いできて光栄です」
侍従と侍女に扮した公爵家子息と令嬢の自己紹介に、クラウウディアは悟ったように小さく溜息を吐いた。
「リズベルト公爵家と言えばライゼルスでも古来より、王家の忠臣として有名な家系ですね」
「その為の布石でしたか…お二人がご一緒ということは、我々がライゼルスに向かうことは決定事項なのですね」
確認するように伺うクラウディアに、ステラは肯定する。
「えぇ、だって、これは内密でも陛下のご意向ですもの」
「陛下の…?」
おっと、此処で王様登場!?……いや、王子二人を国外に出す時点で、上層部で話が付いているのは当然か。
「スカイティアは勿論、近衛騎士として王家に仕えるクラウディアは客人を迎えたことはあっても、自ら国外に出たことがない。これは君達の今後の選択肢を広げる為、そしてライゼルスの不穏分子を見極める為、ルゼノとライゼルスの利害が一致したことで成り立ったんだ」
「俺達の、今後…?」
スカイティアが漠然と繰り返す。
『金髪至上主義』が強力なルゼノで、髪色の異なる二人の王子の選択肢を広げるというのは、どういう意味だろうか。
ルゼノの在り方を変えると言うならば、反差別・公平を掲げる第一王子を頂点に、第一王女や第四王子、そして騎士団の中でも上位に位置する赤髪の王子の存在は大きいだろう。しかし、それは決して生易しい道ではない。言い方は酷だが、後ろ盾のないスカイティアは一人で自活できるならば、ある程度の体制が整うまで王宮を抜け出した方が良い、とヒカルは思う。彼の母親が迎えに来るならば、その時が契機だろう。
「そうだよ、クラウディアもスカイティアもこの間の陛下のお話は覚えているだろう?」
「はい、勿論です」
「つまり、それは俺達の力量と覚悟の見極める機会、ということですか…」
「まぁ、硬く考えなくていい。補佐は着けるし……言い方は悪いが、君達は囮になる」
ぶっちゃけたな、この王子様。はっきり囮って言うんかい。
というか、お二人には陛下直々に話があったんですね。やっぱり気に掛けてはいたのか、王様。マジであの晩餐会って何だったの。……もしかして、陛下はスカイティア様の成長する宣言までご存知だったりしますか。
「囮、ですか…」
「港の権益を狙う過激派はルゼノの王子が二人もやってくれば、何かしら仕掛けて来るだろう。それが懐柔か、襲撃かは分からないけどね」
あぁ、クラウディア様と婚姻を結んで王位に立てるとか……前にありましたね。あったらあったで、何番煎じかと思うけど。事は国同士であり、前回よりももっと大きくなるか。ライゼルスの後ろ盾を得れば──望んでないけど──、確かにクラウディア様は王位を狙えるのだろうし、そうなれば一端消滅した第二王子派が復活するだろう。……また荒れるなぁ、王宮内。
今後起こりうる可能性に、ヒカルは乾いた笑いを浮かべた。
いくらシーザス公爵家が首輪付とはいえ、クラウディアの妻となる者が隣国の王女や王家に連なる令嬢ならば、後ろ盾として申し分ない。寧ろ国家間の問題となり、簡単に破棄はできないだろう。それこそ強硬策に出られたら、ルゼノとてライゼルスの干渉を排除することは不可能だ。
……二番煎じでも、やはり「身分ある令嬢と一夜を過ごした」とか噂だけでも問題だよね?
クラウディア様、同じ手段は喰らわないと思いますが、一人で出かけないでくださいね。その点では目撃者と言うか、常に侍女・侍従を伴って頂くとかさ。相手が女性ってだけで、男性は弱いからね。
悲しいかな、この手に関しての女性の証言と言うのは強いのだ。まして、身分の高い女性となれば猶更だ。ある意味、女性に於いては人生を掛けた博打になるだろうから、証拠もなしに嘘とは言えない。……高貴なる女性にとっては純潔と言うのは重要らしいからね。
勿論、根も葉もない妄言に尽きればいいのだが、うっかり二人きりになる機会があれば、噂を流され、あれよあれよと責任追及、即婚姻へと持って行かれるだろう。
つまり、此方も十二分に!自意識過剰なくらいにアリバイ証明をしないといけない訳ですよね…!
政略結婚ならばまだしも、罠に嵌って泣く泣く婚姻とか悲しすぎませんか。……俺は絶対に嫌だなぁ、政略結婚も自分に利点があればいいんだろうけど。
ヒカルはちらっとクラウディアを伺った。マジで、これに関しては気を付けて頂きたい。
もう一点の懸念事項は、ルゼノ一行をライゼルス滞在中に襲撃し、ルゼノとの間に戦争を勃発させる事か。
婚姻による干渉は限りがあるが、ルゼノそのものを支配下に置けるならば、ライゼルスのやりたい放題だ。被害の概算がどう出されているのか知らないが、大陸に於いて港の利権というのは十分に利益が見込めるだろうから、そこはプラスとして出るだろう。
大陸内の立地が良いだけに、ルゼノって大変だなぁ。ヴァイス様が仰っていた辺境伯の『黒髪嫌い』も侵略者に対する長年の歴史の遺恨らしいし。……何だろう、偏に差別するなって言えないかな。いや、でも俺達には関係ないし、単なる逆恨みで冷遇されれば、俺だって牙を剥きますよ…!
見たこともない辺境伯に同情したり、冷然としてみたりと忙しいヒカルであった。
「では、補佐と言うのは?ライゼルスに詳しい人物ですよね」
王子達の役割が囮になることならば実際の外交担当者は別にいるのだろう、とクラウディアが問えば、ユエはにっこりと微笑んだ。
「あぁ…当然、同行者も気になるよね。今回はシュナイザー伯爵が同行されるよ」
「それで……先程大図書館でお会いしました」
「さっそく準備されているようだね」
行動速いな、流石、シュナイザー伯爵。……ん?でも、その間の第四王子のストッパーは?あぁ、ユエ様とステラ様が預かるんですかね。
第四王子派の筆頭であるシュナイザー伯爵の留守になるという状況に一抹の不安を覚えるが、直ぐに霧散した。この策士な王子と、冷静で聡明な王女がいて、好き勝手にできる人なんてそうそういるまい。
「……ヒカル、他人事のように見ているようだけど、君も行くんだよ?」
「はい?」
唐突に視線と意外な言葉を向けられて、ヒカルは思わず聞き返した。
え?今何と仰いましたかね、このお伽噺の王子様は。
聞き流せないお言葉があったんですけど?
「聞いていなかった?君もスカイティア達と一緒にライゼルスに行くんだよ」
「……何故に、でしょうか」
俺、小姓モドキだよ?しかも奴隷上がりの。
ユエ様、ステラ様、貴方方の中で俺が利用できるモノ・それなりの結果を出すモノ扱いになっているのは分かりますが……遂に、国外出張ですか?ナンテコッタ。
ヒカルはニコニコと微笑むユエとステラ、そして面白そうな笑みを浮かべるクラウディア、何処か不安そうな、しかし期待からか少々そわそわした様子のスカイティアを順繰りに見て、軽い眩暈を覚えた。
「だって、君一人をおいていけないじゃないか。それとも一人残って、押しかける貴族を一人一人対応するのかい?」
それは、もしかしなくとも先日から声を掛けて来る──この『黒髪』を忌避する国の人間でありながら!──妙に着飾った者達のことでしょうか。というか、ユエ様は何で知ってるの。
「……喜んで同行させて頂きます」
「行ってらっしゃい。詳しい日程は後程ね」
にっこりと微笑む為政者の王子様に、ヒカルは白旗を上げたのだった。
いえ、ユエ様に勝つ心算など毛頭ありませんよ?というか、仕掛けた時点で俺が終わるわ。人生ごと。
やっぱり、ユエ様は見た目お伽噺の王子様、中身は立派な策士で為政者な王子様でございます。




